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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
6章 大戦
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44話 誤報

その後、ひと月経ってからアメリカでとんでもない情報が広がった。

日本軍が青島で野蛮な行為をして、現地人を殺し、白人の女性が暴行を受けたとニューヨークの新聞が報じたのだ。

それにはアメリカニューヨークの日本大使館も慌てた。

「どこからそんなデマが出たんだ」

「どうする。これが広まれば日本の評判は一気に落ちるぞ」


その翌日ライバル紙が次のように報じた。

「○○紙のニュースは誤報です。

青島では殺害された人はいないし、暴行事件もなかった。

写真で分かるように日本兵は白人女性に親切に対応してくれた。

ドイツ兵とも一緒にフットボールもしていた。

何よりも○○紙の記者が青島に取材に訪れてもいない。

○○紙の記者は想像で記事を書いたのだ」

新聞には桟橋から船に乗ろうとしている白人親子に手を貸している日本兵が写っていた。

「何だ。日本兵は暴行していないじゃないか」読者はそう思ってくれた。

これはメアリの記事である。

メアリはこの報道が出るとすぐに日本領事館に行き、真相を確かめた。

彼女はこの記事が全くのデマだと確信した。

すぐに日本領事館に行き真相を確かめに行く。

すると彼女が正平の紹介状を持っているのも幸いし、領事館は彼女に知りたい情報を渡してくれた。写真もその一つだ。

「良かった。これで日本の悪評はなくなる」領事館は胸をなでおろしていた。

そしてアメリカ東部で○○新聞の記事はいつしか忘れ去られていた。


アメリカでの日本に関する話題はそれだけとなるが、「大戦」のニュースは連日続いている。

「〇△にて英仏軍勝利。10月13日英仏軍はフランス〇△にて大勝利し、10000を超えるドイツ兵を殺害、捕虜にした。なお連合軍の損害は小さかった。」

「ドイツ軍が反撃。11月4日ドイツ軍がロレーヌ川を渡ってきたが、連合軍は撃退した」

アメリカは参戦してないが、連合国側と友好関係を持っており、新聞記事も英仏に有利な情報は大々的に報じ、不利な時は短めになることが多い。

そして、アメリカ人の声は参戦に消極的だった。

「戦争が起こりやすいのはヨーロッパが多い。アメリカはモンロー主義に基づいて戦陣に加わるべきではない」

モンロー主義。第5代アメリカ合衆国大統領ジェームズ・モンローが、1823年に年次教書演説で発表したもので、

ヨーロッパ諸国の紛争に干渉しない。

南北アメリカに現存する植民地や属領を承認し、干渉しない。

南北アメリカの植民地化を、これ以上望まない。

独立に向けた動きがある旧スペイン領に対して干渉することは、アメリカの平和に対する脅威とみなす。

がその主張だ。

「南北アメリカはヨーロッパ諸国の植民地にされないこと、ヨーロッパの国から干渉も受けない替わり、こちらも手出ししない」宣言だった。


「戦争はヨーロッパでやればいいんだ」そんな意見が多数派を占める。

それでも「いや、イギリスとは歴史的につながりを持つ。連合国の見方をするのは当然ではないか」つながりの深いイギリスを支援しようとする人はいたが、少数派だった。

この国内の雰囲気がアメリカ政府の参戦にためらわせ、さらに戦争がどちらに有利に傾くか予断できなかったのも大きい。

当時のアメリカ大統領ウィルソンはメキシコの混乱した状況を見て、14年に派兵したことがある。しかしかえって混乱を増すことになり失敗する。この経験があって、海外派兵には消極でもあった。


ここで連合国側とはイギリス、フランス、ロシアであり、それに対しドイツ、オーストリア側を同盟国側と呼ぶ。

この両陣営は戦争が長引くようになると、食料、武器弾薬など自国だけでは賄いきれなくなって、その調達先を陣営の外に求めるようになっていた。それが、自陣に入るよう諸外国に働きかけ、外交戦にも繋がっていく。

そして、それまで態度を保留していたイタリアは連合側に、トルコは同盟側に加わり新たな役者が「大戦の舞台」に立った。

それでもまだアメリカは動こうとしない。

そして日本は、戦争は膠着状態のまま2年を過ぎようとして、その間、ほとんど傍観者の立場であり、日本人は大戦を他人事のように思っていた。


一方戦争に巻き込まれた当時国では、国民の意識に戦争が大きく占めていた。

それは国内が戦場にならなくても参戦し、若い兵士を戦地に送り込んだ欧州以外の国の人々も同様だった。

例えば『赤毛のアン』で有名なモンゴメリ女史は『アンの娘リラ』で息子や恋人たちを戦場に送り出した女性の眼で書いている。

「このフランスの地名はどう読むか分からないわ」

「ドイツが子供たちの乗っていた船を沈めたわ。何て残酷なの」

「アメリカ大統領はこの記事を見ても何とも思わないのかしら?」

遠いヨーロッパの見知らぬ地名を難読しながら、彼女たちは毎日新聞記事を熱心に読み、戦況を見て一喜一憂していた。

息子や恋人たちの安否に繋がるような記事がないか毎日目を皿のようにして新聞を読む。

そしてドイツ軍の野蛮な行為を憎みながら、なかなか参戦してくれないアメリカに対しいら立っている。

それはカナダ人から見た一面であるが、多くの国でも同じ気持ちを持っていた。

この戦争を終わらせるのはアメリカだと認識していたのだ。


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