43話 サッカー
ドイツ軍人との関係も良好に推移した。
日本の扱いは正当な対応だったし、ドイツ将校もそのことには満足し、謝意を示してくれる。
そして、しばらく付き合っていくと、顔なじみになり親しくなるものだ。
正平はドイツ語を話せないが、片言なら通じるようになったし、相手にも英語が分かるものがいて、交流していた。
ドイツの事情を知りたいこともあって、彼らによく話かけ、そんな正平をドイツ将校も受け入れてくれたのだ。
彼らからも質問や要求をするようになっており、気さくに接してくれる正平が一番頼みやすいようだった。
「塚田中佐。頼みがある。サッカーをしたい」
3人のドイツ将校が言って来た。
「我らは部屋に閉じこもってばかりで、体を動かしたい」
「俺達はボールに触ってないと落ち着かないんだ」
「そうだ。練習だけでもいいから外でボールを蹴らしてくれ」
早口にまくしたて、相当要求が高まっているようだった。
「分かった。何とかしよう。ところでそんなにサッカーは面白いのか?」
「やれば分かる。正平も俺達と一緒にやろう」
最初は堅苦しく階級付きで呼んでいたのが、願いが聞き入れられると分かると、途端に馴れ馴れしく名前を呼び捨てにしてくる。
それが、欧米人らしく面白い。
野外でボールに触れると知って、ドイツ兵20人以上が集まって来た。
「パス。パス。」ボールに触れただけで、彼らの眼の色が変わる。
誰もがボールを追いかけ、獲り合うことに懸命になっている。
正平はこの時まで、サッカーを知らなかった。アメリカで見たのは野球ばかりで、公園でサッカーボールを蹴っていた人を見たこともなかった。
「正平。ボールを蹴って見ないか」
非番だった正平は朝から彼らに付き合い、汗を流すことにした。
触ってみて、正平は意外に難しいと感じた。
手を使えないことで制約され、ボールを自由に扱えない。
見よう、見まねでボールを受けたり、蹴ったりするが思った方向に転ばないのだ。またそれが面白い。
サッカーはボールの奪い合いだと知らされる。
ドイツ人に交じり、ボールを追いかけまわすのがこんなにも楽しいと感じた。
やがて、ボールに触っているだけでは飽き足らなくなったのか、試合をすることになり、正平は駆り出されてしまった。
「俺はサッカーなんて碌にルールを知らないぞ」
「あのゴールにボールを蹴りこめばいいんだ」
ゴールと言っても2mぐらいの棒を2本立てただけの簡易なものだった。
「人数が足りないんだ。入ってくれ」
正平はよく説明されないまま、試合に入った。役目はDFの前で守る、今で言うスイーパーに相当するポジションだ。
正平が抜かれても後ろで何とか守れるので、その役目になったのだろう。
練習で、ドイツ人達のボール扱いの上手さはよく知った。
足の速さや素早さでは、負ける気はしないが、足の長い彼らとボールの奪い合いになるとまず勝てない。
身体をうまく利用して、正平の足の届かない場所にボールを置くようになれるので、まずボールを奪うことはできない。
それなら、ボールが体から離れる瞬間を狙うのがいい。
ドイツ将兵もプロではない。トラップすれば皆、ボールが体から離れる。
そこにすり寄り、ドイツ人とボールの間にさっと体を入れるとボールは簡単に奪えた。
試合前、正平は戦力と見なされていなかった。ただ人数合わせで加わらせただけだ。
スイーパーをやらせたのもそんな理由だった。
それが、正平が思ったよりも守備に効いた。正平を越してボールをなかなか運べなくなった。
下手にパスを送ればボールを奪われるので、正平の近くにボールを送れなくなる。ドリブルで突破しようとしても正平の足が速く抜けない。
そしてボールを奪われた相手は大きな体で押さえつけようとするが、するりと躱す。
剣術で鍛えた素早さを発揮して、ボールを前方の味方に出した。そこから逆襲が始まる。
インターセプト成功だ。それが試合中に何度も成功した。
ただ試合は3対4で負けた。
だが、正平の活躍は彼らも認めてくれた。
欧米人は実力がないと鼻から馬鹿にする。でも実力を認めると誰でも対等に接してくれる。
「正平、今度俺達のチームに入らないか?」ドイツ人が真顔で言って来た。
こういう所が面白いと思う。
そんな会話をドイツ人達と行えた。
会場の公園を出ようとしたらメアリが現れた。
「塚田少佐。サッカー面白かったです。少佐があんなにサッカーがお上手だと思いませんでした」笑いながら声かけてくれた。
「実はアメリカに帰れることになりました。本当にありがとうございました。」
「そうか。ニューヨークに行ったら日本の領事館に行き、私の名前を告げなさい。領事館はあなたに有益な情報を教えてくれるでしょう」




