33話 陸軍近代化論
正平の説明は続く。
「旅順で28センチ砲が威力を発揮しましたが、その陸上運搬を馬と人力でしか使うことが出来ず、大変労苦いたしました。
馬と人力だけで重い砲台を運ぶのは非力すぎたからです。
旅順で自働車があればどんなに楽に運搬できたか分かりません。
今後、戦場では銃器の使用が盛んになり、塹壕戦が繰り広げられます。
その時、遠距離にも届く砲台があれば、塹壕に籠る敵陣を粉砕できます。
この砲台を自動車に運搬させれば戦場に運び込むことが出来ます。」
「蒸気機関に比べ自動車に使われている内燃機関は小型であり、軽いので戦場への物資の運搬に適しています。
1例で言えば、蒸気機関車は重いので鉄路の上でしか走らせることが出来ません。地面が柔らかいと、自重で沈み込んでしまうからです。
そこに行くと自動車の内燃機関は軽いので、地上を走らせることが出来ます。
さらに言えば、これから戦場に向くエンジンはガソリン車よりもディーゼル車です。
ガソリンが揮発油をベースにしたものなので、燃えやすくエンジンの構造を軽くも出来ます。ただしガソリンには適した油性分が肝心で、悪質なものだとエンジンが始動できず、不規則な燃焼をしてしまう。何よりもガソリンは揮発しやすく、爆発もします。戦場には向いておりません。
それに比べて、ディーゼル機関は軽質油を使い、少々品質が悪くてもエンジンに支障が起こりません。軽油は爆発しにくいです。
戦場で使うとしたら、ディーゼルエンジンを積んだ・・・・」
山県は正平の説明をあきれ顔で聞いていた。さっき庭を見せてやったのに、一言の感想で済ました奴が自動車の活用を熱弁しだした。
「こいつは大村さんにそっくりだ」
大村益次郎はオデコが大きく、目もぎょろりとして、見るからにいかつい風貌だった。目の前にいる青年も黒い眼帯を着けて、見る者をぎょっとさせる風貌をしている。
何よりも風流や趣味などに全く眼中にないのがそっくりだった。
山県にとって大きな影響を与えてくれた先輩上司は二人いる。高杉晋作と大村益次郎だ。
高杉は己の情熱を他人に伝染させ、巻き込み、計画に引き込む天才だった。
一見すると無謀なような計画でも高杉には成算があった。勝つための筋書きを考えていたし、実行すると勝利を勝ち取っていた。
功山寺での挙兵、小倉城の陥落など高杉がいなければ計画し、実行できなかった。
結果を見れば大成功に終わっている。どうしてこんなことになるのか分からないまま、高杉の指導の下、山県は突き進んでいた、
「あんな人はもう出ないだろう。」天才と言いようない人物と思っていた。
若かりし当時の山県は高杉の指示通りに動き回っていたと言える。
もう一人の大村は高杉と対局の人物だった。
いつも戦陣の後方に鎮座し計画を練り、自軍には損害を受けないように配慮しながら、敵陣の急所を的確に的確につかみ、最大の損害を与えた。
戊辰戦争では早くから長岡藩を率いる河合継之助を警戒し、彼を孤立させるように戦略を考えだした。
大村がいなければ戊辰戦争は更に長期化し、紛争が拡大していたと思っている。
(風貌もさることながら、こいつの言動は大村さんにそっくりだ)
大村は医師でありながら軍事家になった変わり種だ。
医者時代、医術の腕は高かったものの流行らなかった。
患者が「今日は暑いですね」と言うと「夏は暑いのが当たり前です」と返したという。
それでは流行らなかったのは当然だ。
軍隊を指揮するようになっても、冗談一つ言わず、兵士には規則正しい行動を叩きこみ、軍事訓練させていた。
農民や町人からかき集めてきた兵士に、近代化の理論を植えつけたと言って良いだろう。
部下から慕われることには無頓着で、笑い声など聞いたこともなかった。
だが、軍事技術などを説明しだすと途切れることはなかった。
前述の河合継之助の持っていたガトリング銃について、有朋に事細かに説明し、恐ろしさを伝えてくれた。
「いいですか、山県君。河合継之助を侮ってはなりません。特にガトリング銃の前に立ってはいけません」
実際に前線に立って河合継之助に相対した時、その怖さを身に沁みて感じ、改めて大村の分析力に舌を巻いた。
どんな優れた武器を持っていても、後方部隊に支援が受けられなくては威力を発揮できない。
大村は河合の居る長岡藩を奥州から切り離し、戦った。援軍の得られない継之助を孤立させ、奥州に逃げ込むしかない状況に陥らせていた。
(塚田は大村さんに似ている。お世辞の一つも言えないくせに、自動車エンジンの説明になると延々と続ける)
「自動車を普及させるには庶民の生活が豊かにならなければなりません」
正平の説明はいつしか自動車産業をどうやって伸ばしていくかに移っていた。
自働車をどのように日本で普及させていくか、軍事論だけを述べてもいない。
「自動車を大量に安く作れるような企業が現れないと、戦場を走り回れることができません」
山県はそれも認識していた。だから正平の話に釣り込まれていたのだ。
気が付けば、正平が来てからすでに一時間を過ぎている。
目の前の青年はもうすぐ結婚を控えていると言うのに、軍事オタク振りを発揮していた。
「塚田。陸軍の近代化の話はそのくらいでいい。今日は終わりだ」
他にも用事がある山県は塚田との会話を強引に打ち切った。
「面白い奴だ」正平を送り出して山県は思わずつぶやいた。
「俺の後を任せられるのはあいつかもしれない」




