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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
5章 ひと時の休息
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32話 挨拶回り

32話 挨拶回り

アメリカから帰国すると、まず桑原に挨拶に行った。

「良子さんも淑女になられている。お前が見たら驚くぞ。早く顔を見せてあげるがいい。」口ぶりはすっかり父親のそれだった。

桑原はもうすでに60近くなろうとしているのに、肌つやはよく髪も黒黒している。

今、最も実力者ぶりを発揮しようとし、多忙を極めていた。

息子同然の正平が帰国して、久しぶりに雑談して息抜きしたかった。

「アメリカの話は後で詳しく聞くことにして、結婚して新居を考えないといけないな。

正平はまず住まいを探すことだな」

正平はこの言葉に少しきょとんとした。帰国早々新居を探す羽目になろうとはほとんど考えてない。

「ありがとうございます。そうですね、しばらくは東京で暮らすことになるかと思いますが、こちらで良い住宅をご存じありませんか?」

(桑原さんはそんなことまで心配してくれたのか)苦笑と共に感謝の言葉が先に出る。そして家探しを頼み込んだ。

「娘婿たちの家探しを手伝わせたものがいる。そいつを使うがいい」

桑原は家扶を呼んだ。

「塚田が家を探している。お前が見つけてやれ」

正平はこの時まで、借家の一室を間借りする生活だった。陸幼から士官学校までほとんどが寄宿舎での共同生活をしており、軍隊に入っても変わりない。アメリカでアパートを借りて、初めて自室を持ったことになる。それも学校で暮らすことが多く、あまり活用はしてなかった。

結婚するにしろ、まだ一軒家を借りようとは思っていなかった。

と言うよりも正平は軍人として、最低限の居住空間があればそれでよいと考えるタチだった。

「男は畳一畳もあれば、生活できる」変な所で、昔の武士気質を持ち合わせている。

「結婚したら家を持つ」そんな考えをどこかに置き忘れていたのだ。

そんな信条を桑原は見透かしてくる。

「いいか。相手は深窓育ちのお嬢様だ。よその家の夫婦喧嘩が壁から聞こえてくるような家に住まわせるなんて出来ないぞ」

全くその通りだ。正平はアメリカで良子が気に入られそうなお土産を探してはいたが、日本での生活を全然考えていなかった。

「よろしくお願いします。」家扶に丁寧に頭を下げた。


その後、山県有朋にも挨拶に行くのだが、面白い逸話が残っている。

山県は16歳年下の妻との間に、7人の子供を儲けるのだが、成人にまで成れたのは娘一人だった。そして彼自身長年リューマチを患っていた。

その心身の疲労を癒す為か、有朋は大名の下屋敷を購入すると、庭園造りに熱中するようになる。

「椿山荘」と命名した自宅庭園をことのほか溺愛し、憩いの場としていた。

趣味に奔る人の多くは、自らの趣味を自慢し、人に見せ見せびらかしたくなる。有朋も同じだ。

訪れた客人が有朋自慢の庭園を見て驚き、褒めたたえてくれ、目を細めてしまっている。

「流石に山県さんですね。こんな立派なお庭を作られるなんて」

「自宅の庭がこんなに綺麗ならいつまでも眺めていられますね」

客人たちの賛辞が山県にとり何よりの癒しになっていた。

ところが目の前の塚田は違っていた。

正平はこの屋敷を何度も訪れている。それなのに一度も庭園のことには触れたことがない。

気になった有朋はわざわざ正平を庭がよく見える廊下まで連れてきた。

それでも正平は何も言わない。

「この庭をどう思うか?」堪らなく有朋は尋ねた。

「綺麗です」それが答えだった。

(お世辞にも『見事です』とは言えんのか)思わず舌打ちしたくなる。

(こいつに庭を見せても無駄だ。こんな奴に趣味を分からせるには百年かかる)

有朋は正平から誉めそやされる言葉が来るのを諦めて、応接に通した。


正平にとっても山県が何を言って欲しいかぐらいは気づいている。

「立派な庭園ですね」と言えば山県を喜ばすだろう。

でもそんなお追従は正平にとって、無駄口にしか映らなかった。

そんなことに気を紛らわさず、用件だけ済ませばいいと思っている。

ともかく、山県は面白い思いをしないまま、正平を目の前に座らせることにした。


正平はアメリカでの事情を説明するとすぐに陸軍の近代化、特に機械化について意見を述べ出した。

日本軍の問題点については、色々思うことがある。

ただそれを全部出すよりも。今は陸軍の機械化を推し進め、その成果が出てからのことにしようと考えている。

山県は陸軍の機械化について、理解し、バックアップしてくれる人物だ。面会できた時を捉えて、話したいことは一杯ある。

「アメリカでは自動車が普及しだしております。これを陸軍で使わない手はないです。

大量の弾薬、兵器の運搬手段として自動車はうってつけです。

丘陵地や荒れ地を走り抜ける自動車は馬車や大八車とは比べ物になりません。

自動車のエンジンは小型ですが、強力な力を持っております。

一台のエンジンで馬の十頭分にも及ぶ力を発揮し、少しぐらいの坂でも大砲を乗せて上がれます。

これから、よりエンジンを改良し、大型化すれば馬の百頭分の力も出せるでしょう。」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 既に英国で履帯式トラクターの利用がはじまっていたはず。
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