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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
4章 アメリカ留学
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31話 アメリカの明と暗

その後正平はアメリカ経済の実情に触れるため、多くの工場の見学もした。

カーネギーとの面会は経済人の理想像の参考になったが、経済、特に最新の工業技術の参考にはこれらの工場見学のほうが大いに役立った。

特に自動車会社の工場ではフォードが流れ作業を向上に取り入れ、自動車の各部の組み立てなど専門の職工の作業を分担させていた。

「これは各パーツが規格通りに作られていないと、出来ることではない。一部の部品に規格外のものがあればこの流れは全てストップします」

工場の説明を聞きながら感心するばかりだった。ねじの1個でも規格通りに作られていないと、使い物にならない。ねじ山の溝や高さ、そしてピッチまで全て規格統一されて初めてボルトとナットが機能できるのだ。鉄板が設計通り細断され、穴あき加工出来て、ようやくいくつものパーツに組み合わされていく。一万以上もある部品が設計通り作られていなければ、流れ作業は中断する。自動車を組み立てることが如何に大変か、そしてどれだけ巨大な工場が回っていることに気づかされた。

(このような流れ作業は大量生産によく向いている)

事実、アメリカにおける自動車生産は飛躍的な伸びを示していた。

(効率的な生産体制により、安くて使いやすい車が作られる。安いから人々は車を買いたがり、その需要を満たすために生産が高まっている。日本でもこのような効率的な工場が作られるようになればいい)

メモに正平はアメリカ人の合理的な生産法を記述していった。

それと共に自動車を購入できる民衆が多くいることにも注目した。

「目の前でこれだけの車が作られていくのは、これを買う人たちが存在していると言うことだ」

日本では自動車がまだ物珍しい頃だった。

ニューヨークではありふれてどこにも走っている車が、日本では車を見ようと人盛りが出来てしまっていたのだ。

(日本人が誰でも車を持てるようになるのはいつになるのか。)

車を買える人がいるから大量の車を作れて安く売れる。安いから大勢の人が車をかってくれる

鶏が先か卵が先かではないが、日本に車を普及させる大事さと難しさを痛感していた。


正平はこんな手紙を日本に送っている。

「良子さん。アメリカ人はこちらが驚くほどの合理性を持ち、優れた自動車の生産をしています。ところが、とんでもない無茶なことも思いつくのです。

田舎町に住む自転車屋が自転車に大きな翼とエンジンを積んで空を飛ぼうとしたのです。エンジンによって、羽を廻し、風を興して、その力で空気より重い機材で空を飛ぼうとしました。

その結果、彼らの実験は成功して、アメリか国内で大評判になっています。これはもしかすると日本にも伝わり、お耳に届いているかもしれません。

面白いのはこれからで、彼らの実験を評価するものと、否定するものがいます。

評価するものはこれを使えば空を自由に飛べると主張している。否定するものは空気より重いものを空に飛ばせるはずもない。たまたま実験が上手く行っても当てに出来ないと言うのです。

これから、彼らが実際に試して評価をどのように変えるか見ものです。

ともかく、アメリカ人は新奇なことに飛び附く精神は驚くものです。」

飛行機はライト兄弟が発明したが、懐疑的に見られてもいた。正平も仲間と飛行機が軍事的に利用できるか討論し、その時はまだ実用には不向きと結論付けた。

ただ、それから10年も経たない期間に世界大戦がはじまり、自動車も飛行機も長足な進歩をして、強力な武器になるとは思いもよらなかった。

戦争は科学や技術を飛躍的に発展させ、それが人類にとって便利で役に立つ工業製品を生み出すもとになる。皮肉な面を持っていると言えよう。


またこんな一文も送っている。

「良子さん。今日はアメリカの暗い面をお話しします。

アメリカは人種のるつぼと言われ、多くの国から人々が移住して国を作ってきました。中にはアフリカから強制的に連れて来られ、奴隷として働かされてきた者もいます。

南北戦争により黒人は奴隷解放されましたが、今でも差別は残っております。

例えば、公共交通には黒人だと乗れないこともありますし、黒人の入店禁止を張りだしている店も町のいたるところにあるのです。

彼らの所得水準は低く、学校にも病院にも行けません。彼らは病気になっても医者に診て貰えず苦しみ死んでいきます。また学校にも行けないので、文字を読めない者が多く、それゆえ、良い就職先もありません、それがまた彼らを貧困に追いやっているのです。

日本人の私は黒人ほど差別を受けてきていませんが、有色人種と言うことで偏見もありますし、特定の店に入ることは出来ませんでした。

アメリカは民主主義を謳歌する国です。

確かに身分制度の無い社会は素晴らしいのですが、それでも明らかな差別は存在しています。」


正平が見たのは豊かなアメリカ人と生活に苦しむアメリカ人だった。

アメリカ人は効率よく金もうけすることを優先している。合理的な反面、弱者には厳しい社会だ。

特に、碌な教育も受けられない黒人は文字も読めないから、良い職業にありつけない。それがまた貧困を生む。

無限の貧困ループを黒人は抜け出せないでいた。

「日本は単一民族だから、国民の共通した認識を得られやすい。でもアメリカは多様過ぎて、共通意識が持てないのではないのか」

アメリカの良い面と悪い面を正平は実感した。


このように多くのことを学び経験して、アメリカ留学は二年半に及んだ。

「良子さん。ようやく日本に帰れる日が来ました。

良子さんとお便りだけでしたが、お会いできるのも長いことではないでしょう、

お身体に、お気をつけて、お土産を楽しみに待っていてください。」


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