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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
4章 アメリカ留学
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30話 鉄鋼王

正平にとってもアメリカの授業で学ぶべきものは多かった。日本の士官学校ではお目にかかったことの無い授業まであったのだ。

変わった授業に『行動心理学』を教えるものがあった。

どうして軍人の教育に心理学が必要なのか疑問に思いながら受けて見た。

不人気らしく生徒数はまばらだ。

それでも面白いものがいくかあった『どのように自発的に人を動かすか』

「人の行動は命令や規律で動かすことができる。だが、それでは一つ一つ命令を下していかなければならない。

部下に対して戦いに勝ってこいと命令すれば部下が動きますか?部下は何をしたらよいか困るでしょう。

『前に進め、銃を構えろ、撃て』などと具体的な指示でなければ動けないのです。

ただこのやり方ではきめ細かく指示をしなければならず、効率が悪い。

最も良いのはただ部下に向かって「勝ってこい」と命令するだけで、部下が最善の努力をして、的確な判断で行動して、成果を出してくれることです。

戦場では指揮系統が乱れ、部下の独自の判断に行動を任せることも考えられます。

全て命令通り動かすことはできないし、部下の判断に委ねるしかなくなる。

そんな時に、連隊の活動に支障を与えるようでは困るのです。

部下が的確な行動を出来るようにする、それが必要なのです。」

授業は人の心理がどのような行動を見せるか考えさせるものだった。


入学して1年たった後、学長から呼ばれた。

「ミスター塚田。あなたのゼミは好評だし、私もあなたの先見的な意見に同意している。

あなたはかねてより、我が国の産業力に関心があり、実業人と面会したい希望を持っていると聞いてもいる。わけてもカーネギー氏と会いたいそうだな」

「はい。カーネギー氏は鉄鋼生産を飛躍的に伸ばし、鉄橋など世の中を変える製品を作り出してきた。私は彼がどのような発想で、鉄を作り出したのか伺いたい。その上で彼の篤志家としての考え方もお聞きしたいのです」

「分かりました。日頃のあなたの勉強ぶりを認めて、カーネギー氏を紹介しましょう」


鉄鋼王と呼ばれるカーネギーはスコットランドの移民の子で、小さい頃に両親に連れられて移住してきた。12歳で紡績工場の下働きをしていたが、ピッツバーグの電信会社に勤めるようになった。そこで彼は町の有力企業の位置と重要人物の顔をすぐに覚えて、信頼関係を築いていった。やがてペンシルバニア鉄道のスコットから秘書兼電信士として引き抜かれ、そのスコットが副社長に昇進するとピッツバーグの責任者に18歳で務めることになった。寝台車のアイデアなど鉄道会社の発展に貢献するとともに有利な情報を得られる立場を利用して株を取得して、自らの資産を増やしていく。南北戦争が起きると兵士や武器食料の輸送の担当を任され、戦争によって寸断されたレールの修繕や敗軍兵の輸送も担当した。また電信サービスを向上させ、北軍勝利に貢献したとも言われる。

戦後、ペンシルバニア鉄道を辞め鉄橋会社と製鉄所を設立する。セントルイスでミシシッピ川を跨ぐイーズ橋建設に置いて鋼鉄を提供し、鉄鋼の優秀さを世に認めさせ鋼鉄需要が広まることとなった。大量で安価に銑鉄を製造できるベッセマー炉を採用し、更に原材料の供給元を含めた垂直統合の経営構造を作り上げた。石炭と鉄鉱石の鉱山、685kmもの長い鉄道、大型貨物船を入手したことにより、製鉄所、そして鉄橋やレール製造まで、川上からか川下まで鉄に関わる会社をまとめて、カーネギー鉄鋼会社を創業した。この頃アメリカの鉄鋼業は世界最大規模となるのだが、彼の会社がその製造の大半を占めるまでになっていた。

19世紀末になると次第に文化面にも傾注するようになる。民主主義の勝利と題する、イギリスの君主制よりもアメリカの共和制のほうが優れていると主張した本を書いた。統計などを駆使して、アメリカを好意的に、理想的に捉え、イギリス王室を批判している。また雑誌にも寄稿して裕福な実業家の人生は2つの部分から成るべきだと主張している。1つめは蓄財の期間、2つめはその富を大衆に分配する期間である。彼は人生を価値あるものとする鍵は人類愛だと主張もした。

20世紀になるとカーネギー鉄鋼会社を売却し、慈善活動を積極的に始めた。

以上が立志伝中の評価だった。


正平はホテルの一室でカーネギーに紹介された。

正平の顔を見て、彼も驚きの表情を浮かべた。

「その傷は戦争で受けたものですね」

「はい。ロシアとの戦争で傷つきました」

もう何度も片目を失ったことに触れられるので、正平は慣れたもので力むこともなく飄々と返す。そんな口ぶりが面白いのか会話は冒頭から友好的になった。

「私に会いたいと言われるが、何を知りたいのですか?」

「3つあります。まずカーネギー氏はどのようにして鉄鋼事業に着目し、発展できたのか。その成功の秘密を伺いたい。」

「成功した要件は色々ですが、一番重要なことは友人との信頼関係でしょう。自分だけ儲けようと考えるのは最もつまらないことです。互いにwin-winの関係が一番良いことです。そのような関係をビジネスで築ければ成功します」正平はこの答えに成程だと頷く。

「次に聞きたいのは、民主主義が君主制よりも優れていると言われたことです。民衆の教養が高く、合理的な判断が出来れば良いのですが、民衆は得てして目先の利益に飛び附きがちです。このような欠点を踏まえないのですか?」

「確かにポピュリズムに陥ることは民主主義にはあるでしょう。でもそんな人気取りの政権はすぐに経済が行き詰まり、やがて民衆もそれに気づくものです。愚かな政権を暴力なしで、選挙で倒せるのが民主主義の良さです」

「なるほどよく分かりました。最後にお聞きしたかったのはあなたがが、実業家から篤志家に変わられたことです。雑誌の寄稿文で蓄財した後、富を分配しなさいと書かれています。わが国ではあなたほどビジネスで成功して、慈善事業を進められている者はいませんでした。どうしたら、日本でもあなたのように、人類愛を持ったビジネスマンが生まれるのでしょうか?」

「私は貴国ことをよく知りません。ただ私は小さい頃に、読み書きを教わり、書物を多く読みました。そこで自分の利益だけを考えるだけでは立派な人になれないと思いついた。貴国でも教育に力を入れ、金もうけだけでは良い人生を送れないことを子供たちに教えていけば、必ず、立派な実業家が現れるはずです」

「ありがとうございます。帰国したならあなたの言葉を胸に刻んで、仕事をします」

「それでは、こちらからも質問ですが、あなたは軍人としてこれからどのように活躍しますか」

「私は軍人ですが、戦争で問題解決をするのはよくないと思います。戦争は最後の手段であるべきと考えています」

「それは本心ですか?」

「はい」

その言葉にさっきまで椅子にどっしりと座っていたカーネギーが立ち上がり、正平と強く握手をした。


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