3話 首相候補(改)
この作品は私の妄想から生まれたもので、くれぐれも史実とは違うとご不満されないようにお願いします。正直作品の9割は私の妄想より生まれたものばかりです。それだけをご承知の上でお読みください。
事件後岡村首相は混乱を防止できなかったことを理由に辞職した。その後発足した広田内閣も陸軍批判を強める政党政治家と陸相がもめて、1年も持たずに瓦解してしまう。
広田首相の統率力不足もあったが、軍部の力、特に統制派の力を押さえることができなかったのも一因だ。
首相任命権を持つ長老の西園寺公望は首班指名に動いた。
塚田は西園寺の私邸に呼ばれた。
「君に首相を任せたい。」昭和の代になると明治の元勲たちはほとんどこの世を去り、今元老と呼ばれる存在は大徳寺だけとなっていた。元老院は首相指名を行使でき、事実上の首相指名権を彼が握っていた。
その底意を正平は黙って考えた。この混乱した事態を乗り切るためには国民の信頼を集められる経験豊かな人物が求められる。
衆望の一致するのは宇垣元陸軍大臣と近衛元内大臣の二人である。その二人を差し置いて自分が指名されることに疑問を持った。
西園寺は正平が黙っているので、慌てるようにして理由を説明し始めた
「事件の時にとった君の行動は高く評価している。陛下も君を賛辞されたとも言われている。この事態を切り開けるのは君しかいない。君なら陸軍を掌握できるし、この騒ぎを収拾して将校たちの暴発を食い止められる」
「宇垣さんには話を持っていかなかったのですか?」
「私も彼を押そうとしたが、陸軍参謀達から宇垣君では陸軍をまとめ切れないというのだ」
西園寺の言葉には偽りはない。西園寺はかつて首相として、国際協調の立場から軍備縮小を推し進め、陸軍大臣だった宇垣はその意を受け、陸軍の兵力を大幅に縮小していた。西園寺にとってはこの時の宇垣の言動から首相に第一に押すのが自然であった。ところが、同僚や先輩の頸を切られた陸軍将校の恨みは大きかった。特に軍備増強を考えていた陸軍参謀室は宇垣が首相になれば、軍備拡大の予算要求は実現しないと考えた。
陸軍参謀室は強引にも宇垣が首相にするなら陸軍から陸相を出さない方針に固めていた。特に正平と共にクーデターを反乱軍と決めつけ討伐を出すべきと主張した石原莞爾が強硬だった。
「宇垣が通る道を閉鎖してでも首相になるのを防止しろ」実際に宇垣は東京市内に入ることが出来なくなった。
これには西園寺も頭を抱え込む事態となる。
陸軍大臣は現役の陸軍将校以外なれないきまりがあり、陸軍から人が出なければ内閣は成立しない。
現役軍務官制度の復活が西園寺の頭の痛い問題だった。
かつて山本権兵衛内閣時代に陸軍大臣の任官は現役の将校でなくてもよいとされた。これにより引退した、あるいは予備役の陸軍将校でも陸軍大臣なれることになった。
しかし、事件後発言権を増した石原莞爾などによって、去年から現役軍務官制度が復活して、陸軍の現役の将校でなければ陸軍大臣になれない決まりにしてしまった。
事実上陸軍参謀室の意向にそぐわなければ、組閣できない事態に陥った。石原の狙いはそこにあった。
参謀室から睨まれた人物は首相になれない。このため、宇垣の登用が事実上できなくなったのだ。
西園寺は宇垣の首相指名を、天皇側近から内意まで取り付けていたのだが、あきらめるしかなかった。
もう一人の候補であった近衛文麿は、貴族出身で秀才の誉れ高く、左右どちらの人間とも話ができ、大徳寺も高く評価していた。
「首相になる気はないのか?」人を通じて確かめていた。
「私は皇道派と親しく接していました。今回の件では責任を感じています」
近衛はクーデターを起こした陸軍皇道派の将校と親密であったことから、固辞する気持ちを伝えてきたのだ。
また、皇道派の起こしたクーデターが失敗したことで、統制派の発言権が大きくなっており、彼の発言力は減少していた。
今、首相になっても難しい政権運用を迫られる。それなら首相になるのは不利と考えたようだ。
西園寺は近衛の固辞が強いと見て、それ以上、擁立を進めることが出来なくなった。
二人の有力な候補から首相指名に失敗した大徳寺は、代わりに塚田を選んだのだ。
塚田は軍人出身であったが、留学経験もあり、外国事情に明るく、外交武官としても活躍している。陸軍の派閥争いとは一線を画しており、これまでも政治活動に動いてなく、実務肌の人物と見ていた。
それでいながら、今回の事件においては反逆者に取り囲まれた参謀本部に真っ先に乗り込み、賊徒制圧を強く主張し、混乱を抑えた。
このことは宮内省でも高く評価されおり、陛下の信望も得ているようだった。また永田鉄山とも仲良かったと伝わっており、統制派にも受けが良いはずだ。
「君なら統制派も反対しないだろう」
西園寺は宇垣の擁立失敗に懲りて、統制派の反対しにくい人物を考えるしかなかった。
そのなかで真っ先に目に付けたのが塚田正平だった。
彼は現役将校でもあるし、陸相経験者だ。
派閥争いから一線を画し、政治発言もしたことがない。
政治的には未知数だが、もはや頼るしかなくなっている。
西園寺は陸軍中央から反対されない人物として塚田に白羽の矢を立てた。
ただ、塚田にもおいそれと頷くことは出来なかった。
軍部の暴走の他に、戦局拡大をどうやって防止するか難題が控えていたからだ。
「このまま、支那に兵力を傾けていけば、国が危うくなる。君しかこの難局を収める者はいない」大徳寺は語気を強めた。
だからと言って、正平は簡単に受ける気になれない。
満州と北支に展開する陸軍部隊をどのように撤収させるか、全く自信がない。
北支に展開している陸軍部隊は撤収に応じようとしない。
「敵が襲ってきたから反撃をしただけだ」現地の将校はこう言って、一向に進撃をやめなかった。
現地将校の言い分をどうやって翻意させるか、政治指導者も軍上層部も考えが出せなかった。
これをどう扱うかによって、国の命運が決まる。そこまで考えは固まっていたが、その手段が思い浮かばなかった。