249話 スターリン折れる
スターリンは国土とはソ連人の体の一部であると思っており、たとえ陸の一塊でも譲ることを出来ないと考えていた。
日本が以前から極東地域割譲を要求してきても、考慮することもなくこれを断った。
「祖先が手に入れた大切な土地を手放すことなど絶対できない」日本との交渉に全く応じようとしなかった。
また軍首脳は「ウラジオストックやチタなどを落とされても、バイカル湖南岸は急峻の地で、日本軍はここを簡単に抜けて来られない。ましてイルクーツクまで進撃するとなると兵站線が伸びすぎてしまうので、まず、極東地域を押さえてからにするはず。」と読んでいた。極東地域が占領されてもヨーロッパ地域までは遠く、大勢に影響はないと考えていたのだ。
ところが日本軍が真っ先に、イルクーツク攻略を目指して来て、あっさりとバイカル南岸を通過して基地を建設し始めてしまった。イルクーツクが落とされることは、中央から西シベリア、ウラルの都市までが影響を受ける。何よりもシベリアからの物資が得られなくなると、何とか踏み堪えていたドイツとの戦いで不利になる。首脳陣は焦りを感じた。
「日本が、イルクーツクに軍事基地を設けようとしているのに、なぜこれを奪い返しに行かない?」スターリンは苛立った声で詰問する。
「ドイツとの戦いを重視してシベリアに多くの兵力を割くことができません。」
「それなら、極東の住民に日本の兵站線を攻撃させろ」
スターリンはソ連軍がゲリラ的にドイツの背後を襲って、兵站を何度も分断しているのを承知している。極東地域には軍備が整ってなくてもゲリラ攻撃ならできると見た。
独ソ戦では国民が勇敢にドイツ兵に立ち向かい、抵抗を続けていた。意外にも国民は愛国心に燃えていた。それを日本軍にも当てようと考えた。
しかし、日本軍はチタとイルクーツクのシベリア線を厳重に守っていた。
ゲリラ活動するにも、チタより西は制圧されており、極東からの車両では目立って使えず徒歩では距離があり過ぎた。バイカル湖を渡るにも、日本軍機によりソ連の船は機銃で破壊され、一隻も残ってない。また常に日本艇が湖上から線路を警戒して、線路に近づくのも困難な状況だ。イルクーツクに基地を置かれてひと月経っても何らかんばしい成果はでない。
「ソ連の軍用機で、日本基地を攻撃できないか?」スターリンはゲリラ攻撃が仕掛けられないと見て、空からの攻撃を提案。
「残念ながら日本軍機は優秀で、我が軍は不利です」しかし、これも難しい。
すでに、シベリア上空で日本機とは何度も交戦していた。だが撃墜されるのはソ連機がほとんどだ。
速度では両軍の飛行機にそん色はない。しかし、旋回性や運動性でははるかに日本機が上回り、ソ連機はすぐ背後を取られ機銃掃射される。
機体の性能の差と操縦士の熟練度の違いだった。
「ゼロ戦は怖い。ゼロ戦を見たら逃げ出せ」ソ連操縦士にはそんな言葉が広まっていた。
事実上、シベリア上空は日本に制圧されたような状態になった。
さらに、対地戦闘機による被害が甚大だった。
ソ連製戦車は鋳造により大量生産された。曲面の製作に向いており、これが砲撃を受けた時に、砲弾が垂直に当たらないことになり、破損しにくい利点があった。ドイツの誇る戦車部隊と数では圧倒し、戦車戦では拮抗していた。ところがソ連の戦車は空からの攻撃に弱かった。
鋼板に比べ鋳造では弾丸で貫通されやすく、特に日本の戦闘機は貫通力に優れた機銃を使用しており、ソ連の戦車は格好の標的となった。
「何故だ?我が軍の飛行機・戦車はドイツ軍とも互角に戦っておるではないか?」
それに返答できる軍部首脳はいない。「日本のパイロットの質や戦闘機の性能が我が軍よりも上回っています」と正直に話せばスターリンの怒りを買うだけと知っていた。
下手なことを言えば、スターリンから無能呼ばわりされ、粛清されかねない。
無言の側近たちの様子に、スターリンも日本側に負けていると認めるしかない。
ただ、スターリンは“鉄の男”と言われる。そのような状況でも諦めてはいない。
「アメリカがもう少しでやって来る。その時まで、耐えればこちらの勝ちだ」
アメリカ軍が海を渡り、各地でドイツ軍と戦う状態になっていた。
「いずれはフランスやオランダのどこかに上陸して、ドイツ軍を打ち負かすだろう」そう確信していた。
アメリカ軍が来ればドイツ軍を圧倒するのは目に見えていた。
だが、アメリカ軍が到着するまで、ドイツと日本に挟撃されてソ連が敗北してしまう可能性が出てきてしまった。
日本の爆撃により、シベリア中央からウラル迄の都市が次々と破壊されていく。
大型の爆撃機が高空を悠々と飛行しても、ソ連側から何の手出しも出来ない。高射砲などが開発されておらず、大型機が飛ぶ高度まで砲撃できなかった。何よりもシベリア方面に軍備を多くさけないのが悩みだ。
爆撃機からは一発の大型爆弾が投下され、それが空中で100以上に別れ、1キロの範囲に落下する。その後は爆風と火災が発生して、円内にいた者で無事なものはいなかった。
住民は日本機を怖れて、都市から逃げ出す以外対策はない。
側近は堪らず、日本に極東を割譲してでも、休戦しようと進言する。
その進言を聞いていた時、悪魔の囁きがスターリンの耳に入った。「ここで日本と休戦して極東を明け渡しても、ドイツに勝った後から奪い取れば良い。」
スターリンは条約など破ることは気にも留めない。
「アメリカ軍が来ればドイツ軍は撤退する。その時になってから奪われた土地を奪い返す。今は日本と停戦するが、必ず日本を叩き潰す」側近に強い決意を示した。
それは独裁者特有の自分勝手の考え方であるが、部下もその考えに納得する。
「極東の割譲交渉をまとめて、すぐに日本と休戦しろ」
外交部に指示を出した。
ソ連から停戦が申し込まれて正平は「勝った!」思わず口に出てしまった。ソ連がようやく折れて極東地域の割譲を認めたのだ。
正平にとってもアメリカ軍の動向を何時も気にしていた。
「ドイツもアメリカと戦えば勝利は難しい。アメリカ軍がヨーロッパに上陸したら、ドイツ軍は東西から挟み撃ちになる。そうなればドイツはソ連から撤退し、日本とソ連は本格的な戦いとなる。その事態は避けたい。」
そして、今のアメリカはドイツとの戦争にかかりきりだが、いずれ日本に直接圧力を掛けるようになる。その前に決着をつけたい。
正平と石原莞爾は短期決戦で戦争に臨んだのはそれが大きな理由だ。
「ソ連との戦いは長引けば日本の勝利は遠ざかる」そんな焦りもあった。
スターリンがようやく折れた。正平から安堵の声が自然と漏れた。
これで24章が終了です。
次からは、最終章に入ります。
大団円に向け、何とか話しを終わりにしようと考えています。
ただ、話しをどうまとめるか悩んでおり、投稿は不定期になるかと思います。
どうか最後まで見ていただければ嬉しいです。




