248話 占領計画
その後、日本軍はイルクーツク近郊まで到達し、大規模な軍事基地が作られた。
荒野に鉄条網が張られ、鉄道を引き込み、大量の貨物と人員が運び込まれた。その中で持ち込んだ大型重機を使い、整地する傍からコンクリートブロックが置かれ、その上に建屋が乗せられていく。極めて安直な急造のプレハブ工法ではあるが、速成優先だった。
わずか2週間で宿舎が建築されていき、最終的には兵員10万人を収容できる大規模なものを目指した。
また、食堂、休憩室、娯楽室などの他にも大浴場、演芸場なども作る予定だ。
正平はシベリア出兵において、兵士の住居環境があまりに悪く、兵士の士気にも影響したことを見ていた。
「戦い終えた兵士が基地で十分に休養して、次の戦いに備えられる環境でなくてはならない。シベリア出兵では長期の出征で、厭戦気分が多くの兵士が持つようになった。また娯楽もなく性欲のハケ口を求めて買春に走り、その結果、梅毒が流行した。その轍は二度と踏まない」そう言って、基地建設の費用が増えることを心配する国防省の調達課に発破をかけた。
その基地の環境は、兵隊たちに歓迎された。
また、「戦場には半年以上の、長期出征はさせない」と言明していたことも良かった。
「半年なら、妻や恋人に会えなくても我慢できる」そう考える兵士がほとんどとなる。日本兵は自信を持って出撃していた。
飛行場や修理施設、格納庫なども急ピッチだ。
土地を重機で平坦にすると、厚い鉄板を敷き詰めていく。コンクリを打設すれば固まるまで日にちがかかる。鉄板を敷き詰めるだけなら一週間で飛行機が発着できる。
正平は石原に「イルクーツクより西には無差別爆撃をしてよいが、東は爆撃を控えてくれ」と言っておいた。
日本側の狙いは極東地域の割譲にある。首尾よく日本領になった時、現地の住民に悪い感情を待たせ持たせたくなかったからだ。家屋を壊されれば、住民はいつまでも恨みと抱き続け、統治は困難になると考えた。
「それにイルクーツクを押さえてしまえば、ソ連は極東に人員も物資も送り込めなくなる。極東に残るソ連軍が兵糧不足に陥るのは時間の問題だ。いずれ白旗を上げる」
石原もウラジオストックとチタを攻略し、補給路を確保した後は、急いで極東最大の主要都市ハバロフスクなどを目指そうとしなかった。
「まずウラジオ、ハルピン、チタの路線確保が最重要で、そこからイルクーツクに大量の銃器、爆弾を送り込み、シベリア西部の都市やウラルの都市を爆撃する」
時間をかけてハバロフスクなどの主要都市に進軍しながら、占領していく方針だ。逆にイルクーツクの飛行場からほとんど毎日のように、爆撃機が西に飛び立つのが見られるようになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
イルクーツクは日本軍が進軍するまでに爆撃で破壊つくされていた。
モンゴルの基地から襲来する爆撃機で、町の主要施設はほぼ壊滅し、住民の多くは家を焼かれ北西の町に疎開していた。残っているのは守備部隊だけで、日本軍が町に侵攻してきたなら決死の覚悟で迎え撃とうとしていた。
守備隊の隊長は日本軍が基地を建設している状況を見て、町を出て攻撃することを諦めていた。多重に張られた鉄条網、その奥には戦車や装甲車の砲塔が見える。それに対しソ連側には小火器しかなかった。圧倒的な戦力差に攻撃は無意味と感じていた。
「モスクワからは日本軍基地を攻撃しろと命令されているが、こんな兵力差で何ができると言うのか」
隊長は町に日本兵が侵攻してきたなら、建物の中から狙撃して抵抗するつもりだ。ただ、日本軍は町を占領するつもりがないのか、基地の建設が始まっても、一向に攻めてこない。
拍子抜けするとともに、このまま町に留まることに意義も感じなくなる。
「日本軍がこの町に進撃してこないのは、この町を占領する価値がないとみているからではないのか。実際に爆撃機が毎日、飛び立って他所の町を爆撃しているのに、もうこの町を爆撃してこない。この町は破壊つくされ、これ以上攻撃する価値もないというのか?」
同じことはソ連軍首脳部も考えた。イルクーツクにまで日本軍が進撃してきた衝撃は大きかった。
日本が宣戦布告してきた時、以前から日本は極東地域の割譲を要求しているので、ウラジオストックやチタとともにハバロフスク、ニコラエフスクやアムールスクなどの主要都市などが攻略されるのを想定していた。それを甘受してバイカルから西への備えはして置こうとしていた。しかし日本軍が極東攻略より、イルクーツクを目指し、そこから西シベリアやウラルの都市が爆撃される事態を想定してなかった。
「日本が極東の主要都市の占領よりも、イルクーツクから西への攻撃を目指している。」イルクーツク基地建設の情報がもたらされるとショックは大きい。
彼らは、シベリア西部やウラルの工業都市が爆撃されることに危機感を抱いた。
「このままシベリアの都市を破壊されていけば、シベリアからの物資の補給が途絶えてしまう。そうなればドイツとの均衡が崩れかねない。」
「今、ドイツとレニングラード、モスクワ、スターリングラードの攻防に忙しい。ここでドイツと日本が協力して、東西から攻めて来られると防衛ラインは持たない。」彼らの畏れは日本とドイツが連動してソ連を侵攻してくることだった。
「日本が進撃してきたら、どこで防衛するか?」
防衛ラインをどこに引くのかも協議するが、結論はでない。
「イルクーツクに基地を設けられた以上、エニセイ川で防衛するのは無理だ。同じ理由で、オビ川で防衛線を張っても、苦しい。そして、ウラル山脈で防ぐのはシベリアを放棄することになる」
「シベリアからの物資が届かなくなれば、戦い続けるのは困難だ。やはりオビ川あたりで食い止めないと」
「いや、爆撃が常態化しているオビ川近くで防衛ラインを張るのは苦しい」議論は交錯する。
そんな中で次の意見が飛び出す。
「いっそ、日本に極東を割譲して、日本と休戦をした方が良いのではないのか?」
「ドイツと違って、日本は極東の割譲だけを求めている」
「そうだ、無理して日本軍を食い止めるより、どうでもよい極東地域を捨てて、日本との停戦を考えるべきだ」
ソ連軍首脳は、日本と戦うより、極東を放棄して日本との停戦をスターリンに提案した。




