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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
24章 危険な賭け
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242話 ハルノート

吉田とハルとの会談はのっけから厳しいものとなった。

ハルは「ヨーロッパの戦乱が拡大している中で、極東にまで戦火が及ぶのは非常に問題だ。日本には自重してもらいたい。」

それに対し「アメリカは以前から、日本に対し経済封鎖するぞと脅迫めいた言動をしていた。それで日本はやむなく、石油や鉄などの資源をアメリカ以外の国から求めることを模索した。ソ連は広大な国であり、広大過ぎて国土が未開発な地域が存在する。日本はあまり活用されてないソ連の極東地域の割譲を望むのはそのような事情からだ。アメリカが経済封鎖してまで、日本をドイツ側に追い込もうとした結果がこのような事態を生んだ。アメリカの対日政策をまず変更すべきだ。」と吉田は答える。

双方の主張は全くかみ合わず、会談は平行線をたどる。


「日本は近年、朝鮮や中国を侵略して、極東地域の安全と平和を脅かしている。」とハルは近代歴史を遡り非難を繰り返していく。

「いや、アメリカこそフィリピンを植民地にするなど、アジアを侵略しているではないか」と吉田も応酬。

「フィリピンはアメリカがスペインから譲り受けたもので、決して侵略ではない。しかもフィリピンには将来の独立も保証している。」

「それなら、日本も満州国を独立させており、行政、軍事面ばかりでなく教育や厚生にも援助して、国づくりを手助けしている。いまだにアメリカがフィリピンを独立させていないばかりか、満州国を認めないのは、アジアを侵略しようと考えているからではないのか?」

「それは断じてない。アメリカはアジアの国の自立心を尊重している。フィリピンが独立してないのはまだ、十分に国としての基盤が整っていないからだ。満州についても日本が実効支配していることに、独立国として疑問がある」

「日本は満州民族の自立政策を採り、現地の言葉である満州語や満州文字の普及に努めている。学校や病院を建設して、満州民族の自立を進めている所だ。いずれは教育を受けた者達が満州国の指導者になることを望んでいる。アメリカは英語教育をフィリピンで行っていて、現地の言葉を消滅させようとしている。真の自立になるかはなはだ疑問だ」

「フィリピンは多数の島で構成され、島固有の言語に別れ共通語がない。満州とはまた違う。日本が満州を支配しているのに違いない」

「支配しているかどうかを問題にするのなら、近年ソ連はバルト海諸国を脅迫して、軍事基地を建設した。事実上のソ連支配であり、独立国と言えないのではないのか。

それぞれの国には国内問題や歴史の違いがあり、一概に独立の判断を決めきれないはずだ。他国の政策を非難ばかりしていては建設的な話になりませんよ。」

この発言にハルも言い方を変える。

「アメリカとしては満州国を認めるのはやぶさかではない」最初こそは厳しい態度のハルだが、幾分和らいだ。

「日本も決してフィリピンの独立を早めよと主張するものではありません。」

双方は互いの権益に手を突っ込むことはしないと暗に言うようになる。その上で今後の折り合いを探る。


「日本がソ連を攻撃しないなら、アメリカも制裁を加えない」

「ソ連が何度も日本を侵略しているのに対し、どうして日本だけがソ連への攻撃を認められないのか理屈に合わない」

「だから、日本とソ連で不可侵条約を結べばよいのではないか。ソ連から申し出も出ている」

「ソ連はこれまで何度も条約を破っている。バルト海諸国やフィンランドの悲劇を日本は味わいたくない」

どうしても、日本にソ連への攻撃を思いとどまらせようとするハルと、日本の先制攻撃権を縛られたくない吉田の主張の違いだ。


「日本は国土が狭く、アメリカのように地下資源に恵まれてない。海外に進出しての地下資源を確保したい理由だ。他国を侵略する考えはなく、満州国のように住民の独立を認める。決して植民地を目論んでいるのではない。」

「それは他国の権益を侵すことに繋がる。現状の世界の支配体制の変更を意味しており、認められない考えだ」

「日本はこの地域から資源を輸入しているが、相応の対価をオランダやフランスの亡命政府に支払っている。現状維持と言うが、実際の東南アジアの地域を見れば、オランダやフランスはドイツに支配されており、植民地経営に手が回っていない。もし東南アジアの治安が悪化しても両国は派兵もできない。両国に代わって日本なら治安回復できるし、両国からの信頼も得ている。アメリカはこれすら認めないのか?」

「いや何もそこまでは言ってない。」

「日本周辺で暴動が起こり、現地の日本人が危難すれば救援に派兵を行う。これは国際上許される範囲だ」

「それは認めよう。しかし、中国やソ連に侵略するのは認められない」

激しい応酬の末に、

「日本はソ連への極東地域の割譲をすぐに求めない。」

「日本周辺で暴動などがおこれば、治安のための部隊を派遣できる。」このような妥協案になった。

2月末までにソ連に対して、極東地域の割譲を受け入れるかの回答期限としていたが、ハルのメンツを考えてしばらく回答を待つことにした。

アメリカの国務長官が来日したのに、手ぶらで追い返すことはできない。日本はソ連からの回答期限を先延ばし、その代わりとして、日本周辺に治安回復のための派兵を認められる形となった。


ハルは帰国して、報告する。

これを聞いてルーズベルトは「日本の猿共にいずれは煮え湯を呑ませてやる」とつぶやいた。


実際のハルノートは、太平洋戦争の開戦直前、1941年11月26日に日米交渉の席でアメリカ側から提示された文書。この交渉はアメリカ国内で行われ、日本側は駐米日本大使が出席している。日本側の記録には冒頭で「極秘、且つ一時的な拘束力なし」と記述されているように、アメリカ政府の議会承認を得たものではなく、ハルの「覚書」であった。

内容は4つの原則案と10項目の具体案からなり、日本に対し中国からの全面撤退を要求するものだった。この当時の日本は蒋介石政権と泥沼の戦闘状態に陥り、退くに退けぬ状態で、撤兵などとてもできなかった。その前から始まっていた経済制裁と相まって、事実上の最後通告に等しく、日本はこれを呑むことができず、太平洋戦争に繋がった。


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