240話 クーデター計画
42年の新春を迎え、好景気も相まって世の中は一層華やいだ空気が漂っている。
正平ものどかな雰囲気につかりながら、このまま無事に正月を過ごしていければと願っていた矢先だった。警察官僚の桜井がやって来てそれがはかなく消えた。
「関東軍で不穏な動きがあります。統制派とそれに同調する将校たちで反旗を翻す計画が持ち上がっています。」
彼の話の内容は次の通りだった。昨年の春先から統制派が何度か会合を持っており、それが年末から司令官や朝鮮総督とも会合を持つようにになっていて、見過ごしにできないものだった。
正平は政権を握ってから、統制派の締め付けをずっと行っていた。全てを陸軍中央から追い払い、地方の現場に置いていた。その者達が関東軍の中で、次第に発言力を増していて、勢力を伸ばしていた。彼らは連絡を取り合って、政治状況や人事について協議をするようになった。正平の行った軍部改革によって、陸海空3軍体制となり、国防相に統合されるかたちとなった。関東軍も国防省に組み込まれたが、満州に駐留し、満州国の政治に深く関わっていたことから一種の独立機関の様相ももっていた。その為に中央からのにらみが薄らいでいる状況でもあった。
関東軍の統制派の会合の内容は次のような感じだった。
「塚田政権が長く続きすぎている。政権の中枢はほとんどが塚田派もしくは親しい者達で占められており、他の者達は何一つ政権に関わることができていない。」
「天皇陛下のお言葉を利用して、支那から撤退したことは、最大の判断ミスだった。支那の利権を失ったばかりか、地下資源まで手放したことになる。」
「それにヨーロッパで大戦が起きていると言うのに、我が国だけが関わらないというのでは、今後の国際の場において発言力がなくなることを意味する。」
彼らの多くは正平によって陸軍中央から追放された統制派のメンバーだった。ほとんどが満州や朝鮮で現場の仕事に就いており、いわゆる冷や飯を食わされている状況だ。
彼らは永田鉄山の考えをそのまま受け継ぎ、「欧州で起きている戦争はソ連まで拡大して、世界大戦に発展しようとしている。世界大戦は日本が積極的に関与し、世界のリーダー役に躍り出すまたとない好機だ。そのためには大陸に足場を固めておく必要がある。」と考えていた。しかし、塚田内閣は好機と言えるこの段階でも、動こうとしないばかりか大陸から徐々に撤退を続けていた。そのことが国際政治から日本が取り残されていくと感じて、外交政策に疑問をもっていた。さらに中央から飛ばされ、冷遇されている状況もあり、大いに不満だった。
「そして、聞いているか、塚田首相は朝鮮を手放す気でいると言うことを」
「自由党内での政策論議で出た言葉だろう。あの首相なら考えそうなことだ。経済政策一辺倒で、外交など全く考えてないからな」
「だがいくら何でも『朝鮮を独立させる』のはやり過ぎだろう。このまま塚田を首相にさせておいては海外の日本資産を次々手放しかねない」
彼らの耳には自由党の会合での正平の言葉が朝鮮独立と伝わり、不満を一層掻き立てた。
「だが、どうする、このまま満州や朝鮮にいてはどうすることもできない」
「だからそれを利用するのよ。今の朝鮮総督も朝鮮独立に面白くはない。そして関東軍司令官も軍事費が削られて不満だった。朝鮮軍と関東軍が反旗を翻せば日本国内を騒然とするし、塚田首相の責任も問われる。実は朝鮮総督に意向を確認したが、やはり塚田首相の発言には相当不満だった」
「総督は宇垣派で、塚田首相と親しいはずではないのか?」
「いや、塚田は宇垣派と言ってもほとんど会合に出たことがなく、面識のない間柄だそうだ。むしろ、これまでの朝鮮統治を蔑ろにするような塚田の政策に相当頭に来ていたよ。」
「それじゃあ、関東軍司令官次第では反旗を翻さるな」
「それも、問題ないと思う。これまでの塚田政権は満州民族の独立心を煽るようなことばかりしているからな。満州文字や満州語を普及させようとして、漢人たちには極めて不評だ。満州族が尊重され漢人たちは不公平に扱われると思っており、その不満で治安が悪化しかねないからな。ようやく関東軍の努力で満州が安定してきたと言うのに、塚田政権はこれを打ち消しかねない。
それに鴨緑江のダム工事の予算が大幅に削られ、ダム建設が大幅に遅らされている。満州の工業化には電源開発が必要だと言うのに、待ったがかかった状態だ。これでは一大工業生産地にしようと考えている満州国の考えとも会わない。司令官が不満を持って当然だ」
「朝鮮総督と関東軍司令官を巻き込めばほぼ計画は成功だ」
このような話が統制派のメンバーで行われていた。
「どうやら、かれらは首相が朝鮮の独立を認めていると信じているようです」
「私はそんなことを言ったこともないが」
「いや、昨年の自由党との会合で朝鮮なんか捨ててもいいと言う言葉が独り歩きしたようなのです」
これを聞いた正平は桜井に指示して、関東軍の統制派の検挙に踏み切らせる。
「まだ証拠は出そろっておりませんが、よろしいのですか?」
「朝鮮軍と関東軍が中央に反旗を翻す話をしているだけで、十分国家反逆罪に問われるものだ。はっきり言って、証拠はなくてもいい。軍法会議にかけられるだけの資料を取りそろえるだけのことだ。ここで鉄山に薫陶する者達を一掃しておく。反逆の芽は小さいうちにむしり取らなければならない」
「朝鮮総督や関東軍司令官はどうしますか?」
「動いているのは統制派のグループだろう。彼らは利用されているに過ぎない。統制派が処分されれば、彼らも言動に慎重になる」
いつにもまして強い決意だった。それは自分がふと漏らしてしまった失言を早めに回収しようとする表れとも言える。
軍部に残る統制派は皆、事情聴取と言う名目で取り調べを受けた。その結果、秘密の会合に出席を否定したもの以外の7人が軍事裁判に掛けられ、予備役に回されることになる。
また、朝鮮総督と関東軍司令官はこの企みに関与しているとはみなされなかったが、責任を取らされる形でこの年の3月の定期異動で交代させられた。




