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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
23章 新たなる展開
233/257

233話 外相渡米

天津での事件は現地の日本軍人と領事館の対処のまずさで外交問題にまで発展したが、外相の謝罪でイギリスとは決着した。ところが、アメリカはこのことを重要視して、イギリスと共に抗議をしていた。

イギリスの租界に日本兵が乱入したのは事実であるが、イギリスと日本の問題であり、アメリカが抗議するものではない。これが日本の考えで、アメリカとはこの問題で協議に応じるつもりはなかった。イギリスと和解すればアメリカも引き下がるだろうと言う読みだった。

それが、アメリカは和解した後でも批判し続け、更には議会内において経済封鎖の声まで言い出すようになった。


この動きに正平と吉田外相は協議する。

「やはり、ルーズベルトは日本にケンカを売ろうとしているようだ」

「そう考えていた方が分かりやすいですね」

「それでも通商条約を破棄されるのは困る」

「ええ、でもいくらアメリカが日本を嫌っていても、理由もなく条約を破棄するのは無理があります」

「そうだな、そこでアメリカと新たに協議を詰めなくてはならない」

「私もそう思っていました」

ここで吉田外相の渡米が決まった。

「だが天津のことではアメリカは完全な部外者だ。これに絡めて文句を言って来たなら、あくまでも強気で押してくれ。」

それが正平の要望だった。


渡米した吉田との交渉相手は国務長官のハルだ。彼はルーズベルトと組んでアメリカ外交を推進してきた人物で、なかなかの相手と言える。

それは日本に強硬な態度に出て、日本の譲歩を引き出すやり方で、これまでも日本から北支日本軍撤兵や中国政府との柔軟な交渉など譲歩させてきた。今度も天津事件と絡めて、何らかの譲歩を日本にとらせるつもりだった。その最終的な狙いは満州からの日本軍撤退である。満州は日本からの投資もあって急成長をしており、それを見込んでアメリカの企業も多く進出していた。満州を横取りすることは無理でも、もっと利権を得たいのが本音だ。それには満州の関東軍が目障りだ。

満州は独立国とは言え、殆ど日本の支配下に置かれており、アメリカとしてはこの状態で満州国を承認してなかった。天津事件を機に、今回の交渉で日本に圧力を加え、将来の満州からの日本撤退の言質を得ることを狙っていた。


一方の日本側、正平にとっては譲れない状況でもあった。塚田政権の外交方針は「諸外国との宥和政策」であり、特に対米関係を重視していた。これが国内の保守派や強硬派からは軟弱、弱腰とみられていた。正平はこれを抑え込もうと、統制派の中央からの追放、近衛文麿の政界引退などで対処してきたのだが、やはり強硬派たちの不満はくすぶり続けている。正平が政権を維持できているのは、国内景気が順調で国民からの支持を受けているからだ。景気や国民の支持などいつ変わるか分からない。そのことを正平は肌で分かっており、これ以上の譲歩は出来ない。特に今回のようなアメリカ側の無理な要求に屈することなどできない。「強気の交渉態度で臨め」と言って吉田を送り出したのはそんな理由だった。


そのようなことで吉田-ハル会談は冒頭から火花が飛び散ることになる。

「今回の日本の侵略行為は目に余る。直ちに中国全土から撤兵をするべきだ」

「この問題は既にイギリスとの交渉で解決済みだ。部外者のアメリカの口を出すことではない」

「それは違う。日本は長い間、中国を侵略続けている。明らかに国際条約に違反している。」

「それを言うなら、イギリスなどは支那にアヘンを売りつけて、戦争まで仕掛けたではないか。残虐なのは欧米列強側だ」

「それは国際条約の整わない頃の話だ。日本は国際連盟ができてからも違反し続けている」

「いや、塚田内閣になってからは、国際協調に徹しており、違反などしてこなかった」

「未だに、満州には多くの日本兵が駐留している。これが問題だと言っているのだ。わが国は日本に鉄や石油を輸出している。それが意味することは分かるな」

ハルは吉田が一向に折れて来ないので、しびれを切らすように最終カードを持ちだす。それが経済制裁を匂わすことあった。

これでぐうの音も出ないと見ていたら、ところが吉田も切り札を出す。

「そうなれば、我が国はソ連から極東を奪い、石油や鉄を掘り出すまでだ」

ハルは内心ぎくりとしたが、表情は変えない。だが、言葉つきは一転する。

アメリカにとってはイギリスを助けるために、ソ連がドイツと戦うことを願っている。しかし日本がソ連の極東を侵略すれば、ソ連はドイツとの戦うことはなくなる。そうなって一番まずいことだ。ハルはこれ以上譲歩を迫ることを控えることにした。

「塚田政権が国際条約をどこまで遵守するのか見届ける必要がある」あきらかにトーンダウンだった。

それを感じて吉田は一歩も退かなかった。

こうして双方が平行線まま会議は物別れに終わる。



国務長官ハルは太平洋戦争の前に、日本へ「満州と朝鮮の独立を迫る」ことを強く要求した人物だ。これはハルノートと呼ばれ、日米通商条約の破棄とならんで、日本への最後通牒になった。これに日本は追い詰められ、後先見ずにハワイ真珠湾攻撃を決行してしまった。

真珠湾攻撃は司令官山本の愚策で、アメリカ艦船を沈めるなどの戦果こそあげたものの、結果的にこれが引き金になって、アメリカ国民の戦争容認に繋がった。この攻撃がなければ、アメリカは日本と交戦することもなかったかもしれない。戦術的には効果は多少あったものの、戦略上の大失敗と言える作戦だった。

ある意味日本はアメリカに戦争を仕向けられたようなものだった。ただ、当時の指導者が日中戦争に拘り過ぎて、世界的な視野での考えができていなかったので、日本の置かれている状況を正確に掴んでいなかった。それが愚かな戦争に突き進んだ最大要因と思っている。


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