218話 中立宣言
ドイツがデンマーク、ノルウェーに侵攻した時点で正平はあらかじめ吉田外相と打ち合わせしていた通り、中立宣言を表明する。
「古くから友好関係を保ち、人材交流を深めていたイギリス、フランス、ドイツが互いに争い合うのは不幸なことだ。わが国はどこの国とも関係を深め、貿易をしていきたいと思っている。よって、今回起きた戦争にはどちらの国にも加担するつもりはない。
この不幸な戦争が一刻も早く終了することを願う」
声明は短かったが、どちらかと言えば、ドイツに与するだろうと見られていた日本が中立を宣言したことは各国に驚きを与えた。
早速、駐日アメリカ大使が正平に真意を聞きたいと会見を望んできた。
これを良い機会にアメリカとの関係改善につなげたいと応じることにした。普通大使が直接面会できるのは外務省次官か外相で、首相が応対することはめったになかった。
「今日はお目にかかれて、大変ありがたく思います」大使の口調も柔らかになっている。
「私はどこの国とも友好関係を望んでいます。特に貴国とは重要な貿易相手国ですし、一層親密になればよいと願っています」
儀礼的な挨拶から始まっているが、近年の日米関係は友好とはかけ離れた状態だ。
かつて鎖国していた日本を開国させ、近代化に目覚めさせたのはアメリカだった。日本はアメリカから多くの人材や資材技術を取り入れることで近代化できたと言って良い。しかし日本が近代化に成功し、アジアの強国になると、アメリカは次第に日本を競争相手と見るようになり、冷ややかな態度になっていく。特に日本が満州に進出し、武力によって満州国を成立させたことで、対立は決定的となった。
アメリカも中国に利権を求めており、親中国寄りであり、満州国は日本の傀儡政府と映りとても容認できることでなかった。アメリカの外交スタンスは日本よりも中国を支援するようになった。そして、ルーズベルトが大統領になると、日本を敵視するまでになっていた。彼の発した“隔離政策演説”は病気に感染した患者を隔離するように、軍事独裁国を民主国家から隔離しなければならないというものだった。名指しこそされなかったが、ルーズベルトが日本を敵視していることは明白だった。
正平はルーズベルトが大統領のうちは両国の友好関係を築けないと思うようになっていたが、それでも、なんとか改善の糸口を得ようと大使と面会したのだ。
「塚田首相が我が国との友好改善に努力されていることは存じています」大使の言葉はまんざらお世辞だけではない。
「ええ、私は貴国との友好を第一と考えています。」
「ヨーロッパで戦線拡大されましたが、日本は中立を宣言された。これは大変喜ばしいことと思っております」
「私は軍事力を背景にして相手国に脅威になるような外交姿勢には懐疑的です。軍事力に頼り他国に干渉するのは平和を損ねるし、国民の暮らしを悪化させます。ですからどこの国とも与せず、戦争に加わらない。それが今度の中立宣言でもあるのです」
「それなら、ドイツの拡大主義政策に批判するのですね」大使の目がきらりと光る。そこには“本当ですか?”の問いかけが伺われる。
「ドイツだけではありません。イタリア、ソ連も他国に侵攻しております。貴国はそのことをどのように思っておりますか?」逆に正平は“アメリカ政府がドイツやイタリアを非難するのに、どうしてソ連にはしないのか?”と皮肉をほのめかす。
「いや、我が国はどこの国の侵略行為をゆるしません」大使はアメリカ外交の建前を強調した。
短いやり取りの中で、互いの肚の探り合いでもある。お互いに相手の感情を悪化させないように心掛けながら、矛盾や問題をさりげなく口にする。
ただ、大使も正平が北支から軍隊を撤退させたことは高く評価していた。(塚田内閣は長期政権になるのではと噂されるほど、強固な支持基盤を持ち始めている。この政権中に日米関係を改善することはアメリカにとって利益になる。今日の会見でそのことが裏付けられた)そのような判断に傾いていた。
「今日は貴重な会見が出来ました。本国にこのことを報告します」最後に大使は礼を言う。
「是非、日本政府が貴国との関係改善を望んでいることをお伝えください」こう言って和やかな雰囲気で会見は終わった。
大使を見送りながら側近の有田が「これで、少しは改善されるとよいのですが」とつぶやく。
「そうだな。だが、過度な期待はしないでおこう」
正平はルーズベルトに頑固な一面があると感じていた。一度確信したら、状況が変わっても態度が変わらない性格と見ていた。
「ルーズベルトの対日感情は変化しないだろう。日本人に対し強い偏見を持っており、差別意識がある。大統領が変わらない限り、アメリカとの協調はまず無理だ。今はこれ以上悪化しないようにしていくしかない」そのように肚をくくっていた。
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そのころ、イギリスの首相になったチャーチルはアメリカへの宣伝活動に必死になっていた。
「ドイツの脅威はますます強まっている。ベルギー、オランダ、そしてフランスまでがドイツの手に落ちた。ここでイギリスまでが陥落すれば民主国家はヨーロッパから消える。世界平和が消える。絶対にこれを阻止しなければならない。
今イギリスは風前の灯とも言える。是非、アメリカの支援が必要です」
このようなメッセージをことあれば発信していた。
アメリカ国民は伝統的に、ヨーロッパのことには干渉しない、アメリカのことだけを考えている。それが“モンロー主義”であり、中立化政策だった。アメリカからの支援が絶対必要と感じていたチャーチルはこの法律が何よりも邪魔だった。
大袈裟にイギリスの危機を発信し、ドイツの非道性を訴えて、何としてでもアメリカ国民にヨーロッパの戦争に介入することを望んだ。
前にも言ったが、ドイツ海軍は貧弱でドーバー海峡を渡ることができなかったにも拘わらず、今にも残酷なドイツ軍によって、イギリスが破壊されるなどと宣伝した。
そして、事実かどうかよりも人は何度も耳にすることを正しいと思うようになる。
チャーチルの言葉をアメリカ人も聞くようになっていく。
お盆休暇で長く座ったままでいたせいか腰を痛めました。そのため、文章を書くことに集中できず、投稿が遅れてしまいました。
慌てて座椅子を購入し、机の高さなどを調節してなんとか、パソコンに向き合えるようになったのですが、まだ、腰の痛みが残っております。これからポチポチと投稿していきますので、見限らずに読んでいただければと思います。




