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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
21章 第二次世界大戦
215/257

215話 財界との新年会

この話から1940年になります。第二次世界大戦が本格的に始まり、日本にとっても大事な岐路となります。

年が明けると正平は安田留吉を伴って、料亭の門をくぐった。

「選挙の勝利おめでとうございます」待ち構えていた、財閥達から祝福を受ける。

「ありがとうございます。これも皆さんのお力添えのおかげです」選挙では彼らからの援助金が、自由党の成立と全国組織の立ち上げに物を言った。その感謝の意を表す。

財閥との会合は年に数回程度行われて、選挙の後では始めてだった。

「いやあ、初めての選挙でここまでの勢力を伸ばすとは思いませんでしたよ」いつわざる言葉だ。

それはほとんどの国民も同じだろう。新聞各紙も自由党の躍進に驚きを持って伝えていた。

「自由党は立ち上げたばかりで、全国の選挙区に出馬する人材を確保できないだろう。まだ政友会や民政党に比べ組織力がない。十数議席は取れそうだが、50まではいかない」そんな予測がたてられていた。

ただ、新聞社は自由党前身の昭和会内部で起きていた、金と人の動きを全く関知してなかった。金は財界から正平を通して齎されたものであり、人は留吉と宇垣一成が集めてきた。留吉はかねてより、女子生徒たちの就職活動で多くの地方名士と知り合えており、選挙の協力を取り付けていた。

「安田さんには娘がいろいろお世話になっているし、ここでお手伝いをします」と言ってくれる者が多数、名乗り出て、自由党の組織づくりにも積極的になって関わってくれた。

組織で言えば宇垣の退役軍人会のほうが、より効果があった。もともと軍人会は政友会や民政党とも繋がりがあったが、226事件で無力さをさらけ出した既成政党に不満があった。正平が軍組織を改革したことに一定の評価をしていたこともあって、自由党が設立されると彼らはこぞって党籍を変えてくれ、出馬要請にも応じた。

これらの動きを世間には知られておらず、選挙結果に驚くのは無理もない。


結果を受けた新聞社の論評は「民主的に行われた」と好意的なものが多かった。

これまで軍人出身者が選挙で公に立つことは稀で、中には警察組織を使って政党を潰そうとしたこともある。

田中儀一内閣で行ったのはその典型で、選挙前に各県の知事や警察幹部を大幅に入れ替えた上で、警察に選挙違反の取り締まりを与党には緩く、野党には厳しくさせたのだ。このことを新聞は“党色人事”と呼び非難しており、これがたった10年前に行われた選挙で、当時のことを良く覚えている論者たちは、正平の公正な選挙への取り組みを民主的と評価したようだ。

また選挙期間、“自由な経済”“自由な言論”を掲げたこともマスコミには大いに受けた。正平なら言論は守られると考え、選挙期間中から自由党を称賛するような記事を書いていており、彼ら自身が知らず知らずに自由党勝利に貢献していた。


選挙の後、留吉は選挙戦を分析していた。

その結果、女性層が4割、地方票が2割、商業関係が1割でその他残りだった。初めて参政権を得た女性たちが自由党の政策“健康保険制度”や“年金制度”に関心を持っているかが分かる結果だ。地方票の多かった理由は“道路建設”“公共事業”への期待が挙げられる。商業者の支持の理由は景気が好調だったことに加え、“自由経済”を掲げていたことがあった。またノモンハンでの勝利も塚田内閣の後押しになった。

「女性が多く投票してくれたのが大きい。参政権を得た女性がこぞって我々に投票してくれた。」留吉は破顔一笑だった。選挙の責任者として取り仕切り、女性に狙いを定めた作戦があたり、満足感に浸るのも無理はない。

「これからの政策は女性にアピールする者でないと勝てません」

「そうだ。保険制度や年金制度はこれから取り入れよう」当然塚田内閣はその方針を堅持することになり、政策遂行に自信を持って当たれる。

自由党が躍進したことは、塚田内閣が国民から信任されたことである。これだけの結果を見せられると、口うるさい軍人たちでも黙るしかないだろう。

そして今、自信にあふれて財界人との会合に臨んだのだ。


財界もこの結果に喜んだ。

経済界は政治の安定を望むものだ。政治が安定しなければ経済活動に影響を及ぼす。塚田政権は3年も維持しており、この10年2年以上続いた内閣は田中儀一の2年2か月だけで、極めて異例とも言える。今度の選挙を受けて、“長期政権”になるのではと巷で噂が持ち上がっている。

「このまま塚田内閣でいけば好況が続く」それだけ財閥の期待は大きくなっている。

選挙の話題がひとしきり続いた後で、ヨーロッパの戦線に話が移る。

「イギリスとドイツの行方をどう見ますか?」正平に直接疑問をぶつけてきた。

「ドイツはイギリスとは戦いたくないでしょう。イギリスも本気で戦いたくないと思っていたはずですが、ポーランドを守ると言ってしまった手前、参戦をするというしかありません。両国が本気になって戦うかどうかはここ数カ月の折衝で決まるように思います」

「交渉の話は伝わっておりませんが、何か情報でも入っているのでしょうか?」

「それは全くない。ですが9月にドイツとポーランドの戦端が開かれてから4か月も立っているのに何も動きはありません。その間両国が何もしてないと見るほうがおかしいです。」

「両国間では水面下で交渉が進められている。それが上手く行けば戦争にならないと見ているわけですね」

「なるほど、本音で両国は戦いたくないのに、戦う状況に追い込まれようとしている見立てですか。面白いですね。」


「ヨーロッパの状況は分かりましたが、塚田内閣はどのような方針で臨まれるのですか?」

「私の方針はどことも等距離で行こうと思っております。どちらの陣営にも肩入れするつもりはありません」

「松岡外相はドイツとの同盟に積極的と聞き及んでいましたが、総理の考えとは違ったのですね」その一言は正平が突然、内閣総辞職をして国会の解散に踏み切った理由がなんであったのか、示していた。だがそれ以上聞くのは藪蛇と思ったのか、突っ込むことはやめて頷いた。

「戦争が広がれば、軍需物資ばかりか食料品や日用品にも需要がでます。」少し話題をそらすと、その言葉に一同がニンマリする。

「各国との関係を良くしてもらい、貿易をもっと活発にして欲しい」それが彼らの本音だ。

「先の大戦では日本は大いに潤いました。もし戦線が拡大すれば、その時のことが再現され、貿易量が延びるでしょう。どこの国とも争わない方針には、どこの国とも繋がりを持って行きたいからです」

「それは結構な話です。なるべくならアメリカとの関係改善にも力を入れて欲しいですな。」アメリカは最大の貿易相手国だった。それが世界恐慌もあって、アメリカの対日観の変化もあり落ち込んでいた。

「それは分かりますが、相手のあることですので簡単なことではありません」正平はルーズベルトの気難しさを暗に言及し、交渉が容易でないと言った。

「それが外交の難しさですな。いくらこちらが誠意を見せても相手が応じてくれないことは商売でも良くあります。首相には今後ともご努力してください」正平のほのめかしを悟った会合のまとめ役がそのように話を引き取ってくれた。

ともかく明るく正月を迎えたこともあり、会合は和やかな雰囲気のまま終わる。




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