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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
3章 日露戦争
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19話 乃木参謀室

1週間後、顔の包帯が左側だけとなって、無理して参謀室に入った。

「塚田か、そんな傷で、出歩くな」上官が怒って立ちふさがってきた。

「私の部下はどうなったのですか。それだけでも教えてもらわなければここを動きません」

「ばかやろう」そうは言ったが上官は部下の状況は教えてくれた。

一緒にいた部下は二人死亡、三人は重傷で後方に送られ、無事、軽傷だったものは半数もいなかった。

「お前が悔やむことはない。あれは防ぎようがなかった」上官はそういって慰めた。

塹壕は爆弾などの直撃を受けないように深く掘られ、一応安全とされていた。またミサイル技術の無い当時、大砲の飛距離は知れており、ロシア陣地から正平の居た場所まではまぐれでもなければ当たるはずもなかった。それが運悪く正平の部隊に直撃してしまった。正平としては自らのミスではないかと疑念を持ち、このままでは亡くなった部下に面目ないと思うばかりだった。

そして怪我がようやく癒えて、左の目は黒い眼帯だけがかけられていた。

再び参謀室に入ると「随分、怖い人相になったな。まるで柳生十兵衛だな」などと同僚、上司からからかわれてしまう。

だが、正平はあくまでも強気だ。

「このままでは、亡くなった部下に示しがつかない。戦場に出ます」

「馬鹿を言うな。そんな体で何ができる」

「片目でも指揮はできます」と上司に前線での配置を願い出た。

だが当然不許可となった。

「塚田。そんなに言うなら参謀室で我々の意見を聞いておけ」あまりうるさく言って来たので、参謀が会議参加を認めてくれた。

少尉に過ぎない正平を異例ではあったが会議室に入るのを許した。

正平が生来有望な者と見なされていて、いろいろな現場を見させておくのも良かろうと考えられた。

また幹部候補の正平を戦場にだして、また怪我どころか死なれるのも困ると考えたのだろう。

それで、参謀室に入らせてもらえることになった。

ここで、正平は人生観が変わることを目撃することになる。参謀室、作戦本部の考えがあまりに異常だった。


このころ、バルチック艦隊がアフリカ喜望峰を回り、マダガスカルに達したことが報告された。これにより日本海軍本部はロシア艦隊の日本近海到着が明年1月になると予測した。

迎え撃つ準備のためには到着前の2カ月は必要と考えられ、遅くとも旅順艦隊を12月までにはせん滅して欲しかったのだ。

海軍は「旅順の攻略よりも、旅順艦隊を高地から攻撃し、沈めてくれ」と強く要求してきた。

つまり旅順の要塞の攻略よりも、28センチ砲を使ってロシア艦隊を直接砲撃し、破壊してくれと言ってきたのだ。

この要請には乃木軍の参謀室も断れなくなって、旅順周辺の地形を点検する。

「ロシア艦隊を狙う良い攻撃地点はないのか?」

「港を一望できるのは203高地です」測量班は艦隊を攻撃できる地として203高地を選んだ。

「そこからなら、ロシア艦隊を砲撃できると言うのだな」

「そうです。旅順港を一望できます」

このときになって、旅順要塞の弱点を見つけることが出来た。

『203高地を重点的に攻撃し、奪取した後は速やかにロシア艦隊を砲撃する』参謀室の作戦がようやく決定された。ただ、少し弱点を見つけるのが遅すぎた。


戦争では相手の陣容が簡単につかめない。それでも最大の情報網を駆使して敵情を探り分析しなければ、攻略できないし成功しない。

旅順要塞を攻略するためには如何に弱点を早く見つけ出し、かつ敵情を探らなければ攻め落とせない。

この時点でロシア側がどのように守りを固めているのか、うかがい知れなかったのだ。

ただ、ロシア側が最大の人員を掛けても出来る作業は限りあるものだ。

203高地からの砲撃もたかが知れている。正平が被ったロシア側の砲撃も日本側から比べれば少なかったのだ、

つまり203高地などの丘にロシアも大砲をあまり構えられなかったし、砲弾を準部出来てなかったのだ。

どんなにコンクリートで固めようとしても、次々と砲撃されれば崩れてしまう。

それなら203高地に向かって、28センチ砲を集中歩化すればよい。

丘の形が変わるほど砲撃してしまえば敵の堡塁は崩壊してしまうだろう。

正平はそう考えていた。


すでにロシアも203高地の重要性に気付き守備強化に乗り出していた。高地周辺に塹壕や堡塁を設け、コンクリートで固めて、守備兵を置いていた。

彼らは出来る限りの人足工兵を集中して203高地を固めだしていた。

それなのに、参謀室は日本側の事情だけで作戦計画を練っていた。

一つには満州総司令部は「旅順をまず攻略すべし」と言う方針だった。ロシア艦隊せん滅よりも旅順要塞を攻略すると言うことだった。旅順司令部は総司令部の意向に配慮して、203高地だけでなく、旅順へも全面攻撃もすることにしたのだ。

「旅順要塞に全面的に攻撃をすれば、203高地の防御が手薄になるに違いない。そこに突撃するのだ」参謀室は全面攻撃に拘った。


正平が見る所、参謀室の作戦会議は合理的な判断よりも、感情面が優先されているように思われた。

「旅順を落とさないで、敵艦隊だけを沈めるなんて面目が立たん」そんな考えが参謀室にはあったのだ。

「全面攻撃をすれば、203高地の守備も手薄になる。そこを攻め落とす」その意見が主流だった。

「ロシア側だって、当然203高地の弱点を見抜き、防御陣地を築いているだろう。それで大丈夫か?」黙って会議を聞きながら正平は思った。

将棋でさえ、相手の指し手で何を目指しているのか読み取らなければならないのに、参謀室は余りにロシア側の対策を軽んじているように見られた。

「203高地だけを集中して攻めないと失敗するのではないか」そんな懸念を持ちながら聞いているしかなかった。


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