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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
3章 日露戦争
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18話 負傷

10月になって、乃木軍もようやく本格的に28センチ砲を使い始めた。

28センチ砲はイタリア式榴弾砲を参考にして、国産化されたもので、砲身は鋳鉄製で、砲身後半に鋼鉄製の箍を二重に嵌めて、砲弾は鋳鉄製で弾頭部を焼き入れした。大口径砲であるため、砲弾の装填は砲身を水平にしてクレーンで吊り上げた砲弾を人力で押し込んでから装薬を入れる後装式であり、発射速度は高くない。これに乃木参謀室はロシア艦隊の攻撃力よりも劣っていると判断し、採用に消極的だったのだ。

それでも寺内陸大臣が強硬に28センチ砲の採用を主張したため、東京湾の防衛のために作られた要塞などに備え付けられていたものを外し、移送されてきた。

乃木参謀室から見て「現場で動いているのは俺達だ。現場のことが分かるものか」というプライドがあったのかもしれない。

それと大砲の据え付けは床をコンクリートで固める必要があり、これを現地では丸太を組み合わせて代用した。人と馬の力だけで設置するのだから、簡単な作業ではない。それも乃木参謀が嫌がった理由だろう。それでも、当初1カ月は準備にかかると言われた作業期間を、わずか1週間程度で設置できたのだから、迅速にやり遂げたと言える。

ただ、ここでもまた参謀室は判断ミスをしてしまう。

乃木参謀室は28センチ砲の威力を「ロシア側の堡塁に多くの損害を与えたのだが、敵の堡塁に損害を与えることができたが、主要な建物に損害を与えなかった」と分析してしまったのだ。ここにおいてもまだ、乃木軍の参謀は28センチ榴弾に懐疑的であった。

これに対し、ロシア側は「砲撃によって多大な被害を受けたが、日本軍は塹壕と塹壕を結ぶ移動用の建物を破壊しないまま、突撃してきたため失敗した」と言っている。

つまり乃木軍は堡塁の破壊などに専念して、周囲を破壊しないまま、突撃したため、ロシア側の後続部隊の反撃を受け撤退してしまったのだ。

ここまで乃木軍参謀は28センチ砲を有効に扱えなかったし、戦い方が統一取れず、不徹底だった。


そして10月の3次攻撃に、正平も参加し、堡塁の一つの攻撃の指揮を執ることになった。

これまでの戦闘で、数多くの戦友が亡くなっている。

正平がこれまで無傷だったのは、将来の幹部候補として、比較的安全な場所を担当したこともあるが、それ以上に運が良かったとも言えた。

28センチ砲の発砲を合図に、戦闘が始まった。

日本の各部隊はそれぞれの攻撃目標に向かって行く。

正平は部下を率いて塹壕に入り攻撃機会を待っていた。

その時だった、ヒューという音とともに爆弾が近くに落下した。

思わず体を伏せたが、正平の左側に10mも離れてない場所に着弾した。

何かが顔に当たったようだ。

轟音と共にあたり一面に土埃が舞い上がり周囲が見えなくなり、何が起きたのか分からなくなった。

何秒かして埃が消えると、うすぼんやりした鹿の中で何人かの部下が横たわっているのが見える。

慌てて、確認しに行く。

「おい、大丈夫か?」そう声を掛けても、返事がない。

「少尉殿、大丈夫ですか」逆に右隣から無事な部下が声をかけてきた。

「俺は大丈夫だ」

「いや、お顔が・・」

そういわれて、手を顔に当てると真っ赤になっていた。

気を張っていたため、顔に怪我を負っていたことに気づきもしなかった。

この時なって、ようやく相当な痛みが襲ってくる。

その痛みを懸命に堪えて、部下の安否を確認しに行く。

その時に、退却命令が出た。

死亡者や重傷者を運ぶ指示を出し、独力で後方に退避し、ここで衛生班に怪我人を引き渡すことができた。

ここまでは意識を持っていた。

ただ、部下を救護テントに入れたあたりで、急に意識を失った。


病室のベッドで気づくと顔の殆どに包帯が巻かれおり、あいていたのは右目と口の所だけだった。

「気づかれましたか?」最初に声をかけたのが看護兵だ。

「俺の傷はどうした?」

「は、少尉殿は左目に傷を受けました」

もしやと失明したのではと思っていたが、やはり現実はつらかった。

「私の眼は回復できるのか?」医師に問いかけたが、否定的な答えが返って来た。

「残念ながら。少尉の眼は回復できません」

そしてもう一つ気がかりなことがあった。

「一緒にいた部下はどうした?」

「こちらではわかりません」

「俺を参謀室に連れていけ」

「それは駄目です」しかし、簡単に病室を出る許可が下りはずもなかった。

病室には他のけが人もいたが、同じ部隊のものはおらず、部下の安否が気になる。

そして何よりも攻撃目標を落とせなかったことが何よりも悔しい。

顔の傷の痛みをこらえながら、病床で横になっているしかなかった。


日露戦争の時、日本は死傷者を多く出したが、病気などによって亡くなった者はロシア側より少なかった。それは日本が明治維新から取り組んできた医療技術、とりわけ衛生面の充実を示すものだ。正平が片目だけ失うことですんだのは衛生兵のおかげだった。


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