172話 入国制限
「朝鮮人の内地への移動を制限しろ」内務省と拓務省役人の前で正平が強調した。
全国各地で道路の拡幅や新設工事が進められていくなかで、工事作業者に朝鮮人が入る事態になっていた。
朝鮮では仕事がなく、失業者が多くいた。日本で道路建設がブームになろうとしており、これに目を付けたブローカーが日本国内に朝鮮人を送り込んできたのだ。
正平の道路工事の発注は国内農家の失業対策でもある。朝鮮人に工事を請け負わせては失業対策にならない。
「国内の農家のための道造りだ。道路作業に朝鮮人を雇うのは許さない」
朝鮮人への差別ではあるが、内地への移動制限を強化しなければならなかった。法律としての区分けはないが、内地とは本州、九州、四国を示し、それ以外の北海道や台湾などは外地と考えられた。
「国民を豊かにするには、貧乏な朝鮮人を入れさせてはならない」そう言って憚らない。
これは朝鮮人を差別する発言で、正平の人気取りに使おうとした発言でもあった。
この頃の政治家、指導者は多かれ少なかれ人気取りに人種差別的な言動を行っている。
ヒットラーのユダヤ人差別がその筆頭だ。
ナチスは裕福なユダヤ人から財産家屋を奪って、国民に分け与える政策を行った。
ベルリンなどの市民はユダヤ人居住区を見て回り、「今度、あの家が貰えるようになる」と品定めをしながら、会話をしていたほどだ。
ナチスはユダヤ人の財産を奪い、ドイツ国民に分け当てることで、人気を得ていた。
この差別が極端になった結果、ユダヤ人のホローコーストに到った。
毛沢東は貧農、小作農に「共産党を支持するなら土地を与える」と広言していた。
その土地を何処から得ていくかと豪農や大地主からだった。
中国共産党は金持ちや大地主をターゲットにして、人気取りに走った。
人種差別ではないが、階級闘争として富豪たちを、貧農たちの憎悪の対象にしたのだ。
「金持ちは悪者だ。あいつらを懲らしめてよい」とんでもない論理で貧農を焚きつけ、憎悪を膨らませた。
毛沢東は自分たちの懐が痛まないやり方で勢力を伸ばしていったのだ。
スターリンも相当な人種差別を行った。
国内のユダヤ人をアムール川の岸辺、中ソ国境地帯に押し込めた。湿地帯で夏は蒸し暑く、冬は酷寒の過酷な地であり、極東でも人が最も住みにくいと言われる場所に住まわせた。また沿海州などに住んでいた朝鮮族を日本から離れた遠い地である、中央アジアなどに移住させた。何故かスターリンは朝鮮族が日本のスパイになると思い込み、カザフスタンやウズベキスタンに朝鮮人を強制移住させ、集団農場で働かせた。
スターリンの場合は人気取りを狙ったと言うよりも、保安に重点を入れたものだが、人種差別を堂々とやった。
以上と比べると正平の行おうとする内地への移動制限は人種差別としては手ぬるいほどだ。
「朝鮮人を無制限に内地に流入させれば、内地の失業者は一向に減らない。対馬や福岡から上陸してくる朝鮮人を制限しなくては失業対策に穴が空く」
「朝鮮人も日本国籍を持ちます。制限するには朝鮮からの交通を制限することになりますが」役人が正平の考えの穴を指摘する。
「出生地を明示させる方法で、判別できないか。戸籍を辿ることで朝鮮人か分かるはずだ」
「その確認方法では手続きが煩雑になります」
「だがこのまましといたら、失業対策が無駄になる」
役人たちはなにかと理屈をつけて、韓国人の労働制限が難しいと主張した。
「だったら、お前が失業者を減らす方法を示せ」強く詰問する。
「それはありません」役人は答えられない。
「失業対策もなくただ反対だけか、四の五言わずに俺のやり方を進めろ」正平は少し苛立った言い方をする。
役人がこの件に反対するのは朝鮮人だけを対象にするのは法の裏付けがないことだ。それなら役人たちに根拠となる法律を考えさせることだ。
メアリと結婚し、それぞれの考え方、意見の違いをよく分かるようになった。
「これだけ親密になって、ようやく互いの考え、意見が分かったのだ。これが多数の者が急激に一緒になるとしたらどうなる。
アメリカでは今でも、白人と黒人では互いに認め合ってない。同じ国で生まれ言葉が同じでも、肌の色が違うことで差別があった。黒人は教育も受けられないから、良い就職先が見つからず、収入がなく、それで子供に良い教育を受けさせられない。アメリカで白人と黒人が協力して良い社会にするのはまだまだ時間がかかる。
今、朝鮮人が日本国内に大量に入り込めば、あらたな差別が生み出される。
それは互いの民族にとって、良い結果をもたらさない。」
「台湾や北海道、樺太の土着民族は数が少ない。内地に流れてきて多少の争いは起きても、大きな問題にならないだろうが、朝鮮人は日本人の半分もいる。それだけの民族が内地で暮らすことになれば、必ず衝突や問題が起こる。アメリカ、ヨーロッパの国が複雑な国内事情を抱えているものの多くは複雑な民族の構成が影響をしている。
日本はあまり異民族との衝突が問題になったことはないが、朝鮮民族の流入が続けば必ず、衝突が起こるだろう。」
正平は、将来の民族紛争が国内に生じることを怖れた。
「それなら、それぞれの民族を別々の地域に暮らす法律を作らせればよい」
正平は渋る役人の尻を押し、朝鮮人の国内流入を制限する法案を考えさせた。
労働基準として、公共事業に携わる工事において、原則として現地の住人を採用すべきという法案だった。
日本国内においての公共工事では、日本内地に戸籍がある者と制限されたのだ。
国内の工事現場において、内地の戸籍の有無が取り調べられ、朝鮮半島出身者は制限されることになった。
以上で17章における外国交渉はおわります。一部国内のことにも触れましたが、37年当時の外国の事情を理解していただけられたと思います。




