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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
15章 新たなる決意
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141話 御前会議

組閣人事が決まり、天皇陛下の認証を受けて塚田内閣は発足する。

新聞は早速にも正平や閣僚の人なりを発表するが、やはり注目を集めたのは正平の顔立ちだった。

日露戦争の旅順攻防戦で片目となったこと、関東大震災で救助活動を行ったことなど、正平の経歴を紹介するのだが、目立ったのが正平の顔だった。何より物語るのが黒い眼帯だった。

「旅順の英雄」「昭和の独眼竜」ともてはやすばかりか、中には正平が“まさひら”と読めることから伊達政宗にちなんで、独眼竜正平“まさひら”とまで書いていた。

一方、正平が現役の軍人であること、首相と陸相を兼務することにあからさまに警戒する声も当然あった。

「あのいかつい顔は信用できない」

「軍人だから、軍事費を大幅に増やすのでは」

などと本気で心配する声もあったのだ。

巷間の話は正平にとっては気にすることではないが、相変わらずの風貌から判断されるのは苦笑する。

「内閣の評判を今は気にする状況ではない。半年あるいは1年後の仕事を見てからの評価でないなら気にしても意味はない。

評価が定まらない前にやるべきことを仕上げなくてはならない。」

(何を狙っているのか知られてない前に、気づかれない前にさっさと仕上げて見せる。)

それが内閣の初仕事であり、それに勝負をかける意気込みだった。


「北支の軍隊をどのように撤退させるか」それが正平の首相を引き受けた時からの懸案だった。

北支部隊を率いている武藤章は永田鉄山の『華北分離政策』を遺言のように思い込み、遂行しようとしていた。

武闘派と知られる石原莞爾さえも内外の情勢から、「華北分離政策」は愚策と考えていた。

「このままでは南京の国民政府と必ず衝突する。そうなれば日本は英米から非難を受けるし、制裁を受けかねない」と危惧していた。

石原は北支にまで行き、武藤には「撤兵して満州に戻れ」と説得をしていた。

だが、武藤は頑として石原の説得に応じない。

「石原さんは満州で暴れまわったのではないですか。今度は私がやりますよ」

かつて石原は板垣征四郎などと図って、強引に満州事変を引き起こしていた。そのことに触れられて石原もそれ以上の説得は諦めるしかなかった。


正平も北支に展開する軍隊をどうやって撤兵させるか、首相を引き受ける時点では定まってなかった。

それを宇垣や勉強会のメンバーと話し合っていると、やるべき道筋が見えてきた。

「これなら武藤を引き戻せる」そう確信すると、正平は組閣後ただちに実行に移す。

「まず、木戸さんと会うことからだ」

参謀本部と監軍本部は天皇の直属機関とされていた。これを盾にとり軍部の上層部は天皇の命令なしに統帥できないと主張するようになっていた。しかし、明治憲法には天皇は陸海軍の編成及び常備兵額を定めるとあり、憲法を制定した伊藤博文によれば陸海軍の編成と常備兵額の決定の責任は担当大臣にあるとされたのだ。だが、昭和になると軍部はこの解釈を捻じ曲げ否定するようになった。

正平は天皇陛下の真意を聞き、伊藤博文の『憲法義解ぎげ』の解釈を再確認しようとした。

「陛下のご意思を伺わなければならない。まず木戸公に会い、こちらの話を聞いてもらわなければならない」

木戸幸一は天皇の信頼の厚い側近だった。彼に正平の考えを聞いてもらわない限り、天皇の本心を確認する術はなかった。ただ彼は近衛文麿とは旧知の間柄で、首相には近衛を希望していた。今回正平が近衛から首相の座を奪った形となり、木戸が正平にどのような思いでいるか分からないのだ。

木戸と会うのも難しいと思われた。

それを西園寺の根回しによって、会談することができた。


「初めてお目にかかります。内閣は発足しましたが、今後の政府の方針を決める上で是非とも陛下の御意を得たく、御前会議を開いて欲しいのです」

「それはどういうことなのだ」

木戸などの側近が最も警戒するのは天皇を政治利用されることだ。だから天皇に政治判断を求められることを極度に警戒する。

かつて若槻内閣の時、満州事変の拡大を怖れた首相は宮中工作をして、軍部の暴走を抑えようとしたことがある。

この時、木戸は「この難局に際し、首相がこれの解決につき、いわゆる他力本願は面白からず」と拒絶している。

難局であろうとも解決するのが内閣の責任ではないか、それを放棄して他人の力を借りるのは言語道断であるという趣旨だ。

結局若槻は軍部の暴走を抑えきれず、後手に回り、軍部の要求に応じ戦線拡大を容認するはめに陥った。その上、安達内相が造反し内閣は崩壊した。

正平は若槻の天皇陛下に裁可を仰ぐやり方では木戸は拒否すると考えていた。


「今、北支に展開する軍隊は、当初は許されていませんでした。私の陸軍大臣時代に満州事変が起こり、満州鉄道の周辺部までの出兵は認めましたが、ソ連国境近くや北支への派兵は認めませんでした。それがなし崩しのまま、今は北支にまで軍隊が出兵しております。

政府は派兵命令も戦闘命令を出しておりません。現地の将校の判断で戦闘が行われているのです。これを陛下がお認めになっているのか御意を得たいのです」

「陛下は認めはしておらん」やや憮然として木戸は言い切った。そんなことは御前会議を開くまでもないと考えているようだ。

「ですが、このまま北支に展開していけば、支那の国民政府と争いになりかねません。戦争に繋がりかねない国事について、陛下の御前で会議を行い、戦争を遂行するかどうか決めなければなりません。

満州事変では陛下の判断どころか、国家政府の承認も取らずに戦闘状態に入りました。いままた、北支で同様な動きがあります。このままでは陛下のご意向を無視する形で軍部が独走するかも知れないのです。

私はことが起きる前に、陛下の前で戦争の判断を決めたいと思うのです。その上で、内閣の責任もって遂行したいのです」

「それは戦争の判断を陛下に仰ごうとすることなのか?」

「内閣は天皇陛下に対して全ての責任があります。国務大臣は天皇を輔弼し責任を負うことが55条に明記されております。

ただこのまま、正式に戦争を認めるのか、講和するのかは御前会議でなければ決められないことです。憲法にも明記されております」

そう言って木戸を凝視した。

その決意を木戸は読み取ったのだろう。

「分かった。陛下にお伝えしよう」


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