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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
14章 混乱の1年
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129話 ナチスの躍進2

ワイマール政府はクーデター以後、大胆な通貨改革を行って、ハイパーインフレを抑えていく。そしてドイツの賠償金の支払が減少され、外債を当てにした経済再建が実行されていく。これによりアメリカからの巨額資本が流入して、ドイツ経済は回復するようになった。24年からの5年間、ドイツは以前に比べて安定した時代を迎え、国際連盟に加盟するほどに外交関係も順調になる。


その一方でヒットラーとナチ党はミュンヘン一揆の挫折により、低迷期に入る。

ただ、ヒットラーはここで幸運だった。まず、ヒットラーは国際裁判にかけられることもなく、極刑を課されなかった。これはヒットラーが国際裁判で裁かれるならカールも同じく裁かれることになり、バイエルン州政府司法相が特別裁判を指示したためだ。

そして特別裁判ではヒットラーの熱弁がさえわたる。3時間半に及ぶ陳述で、「自らを悲劇の英雄に仕立て、右派勢力の指導者である」と語った。

彼は「全ての責任は私にある。しかし、国家に反逆の意思はなく、国民の信頼を裏切り続けるワイマール政府にあるのです」と強弁した。

これに対して証言に立ったカール達が自分の責任逃れに終始したため、ヒットラーの潔さが際立つことになった。

国民はヒットラーに同情し、判事も良い印象を抱き5年の要塞役刑になった。

要塞刑とは名誉を失うことなく、懲役に服するもので、ヒットラーは囚人とは思えない待遇で、毎日の面会や飲食も自由だった。


ヒットラーが刑に服している間、ナチ党は分裂状態になる。だが逆に、裁判での英雄的な弁舌により、ヒットラーのカリスマ性は高まっていた。党員はヒットラーがいないと党がまとまらないと思うようになり一層彼の権威が高まったのだ。

さらに獄中期間に有能な部下がシュトラッサ―やゲッペルスなど取り巻くようになる。やがて彼らにより、党の運営が刷新され、政策も洗練されていく。

仮釈放で短期間の収容で終わったヒットラーはそれまでの闘争戦略から合法的な選挙参加に路線変更する。また批判の矛先を政府にではなく、ユダヤ人と社会主義者に向けていく。組織も全国展開し、様々な職業分野に手を広げた。ナチ法律同盟、ナチ医師同盟、ナチ教師同盟など次々と設立されていた。

これに加えて、弁士養成学校を開校する。

ヒットラーやシュトラッサ―、ゲッペルスだけでは選挙演説の手が回らないからだ。優れた語り手は集会に欠かせないし、何よりも「話し言葉の重要性」をよく知っていた。養成学校の生徒には教材が送られ、その中には演説のコツや注意点が書かれており、練習問題もあった。回答文は添削され、それが生徒に送り返される仕組みだった。授業は演説ばかりか演説会での質問に答えられるように、想定問答もあった。

このようにして、生徒たちはナチの宣伝活動を行えるようになり、ヒットラーのカリスマ性を高めるのに一役買った。


更にヒットラーはドイツ国民の自尊心を高めようとする。「民族の名誉」を前面に押し出して、戦没兵士の追悼式を挙行する。大戦で負傷した兵士には施しを授けるのではなく、それ相応の名誉と補償を与えるべきと主張した。これらが傷痍軍人の心を掴み、ナチ党の勢力拡大に貢献する。

農民の取り組みも忘れない。

ワイマール政府は貿易の再建策として関税を引き下げる政策をとった。これが海外農産物の輸入拡大となり、農民を苦しめた。更に生産の集約化と標準化を図る合理化政策だったが、これが農家に土地や家屋・家畜の強制的な競売を生むことになり、農家の反発は大きかった。そして、農民は納税を拒否して、役場や銀行を爆破する騒ぎにまで発展する(農村民運動)。

この事態にナチ党も共感し、農村民運動に加わろうと言う意見もあった。だがヒットラーは破壊活動を許さなかった。

「展望の見えないは破壊活動ではやがて下火になる。農家の命を懸けた運動でも政策を変えられないと知れば、農民は虚脱感に陥る。

我が党はその穴埋めとして入り込むのだ」

その狙いは当たる。過激な農村民運動でも農民の暮らしが良くならないと知った農民はナチ党に関心を寄せるようになる。

ナチ党は30年に農業綱領を打ち出して、「農民は民族の美徳と伝統の担い手」であり、来る第三帝国では「農民は第一の身分になる」訴えた。

農民の心は揺すられ、ナチ党を支援するようになった。


ここに29年から始まるアメリカ発の世界恐慌により、ドイツ経済もまた苦しむことになる。しばらく安定していたワイマール政府の経済運営が躓いてしまう。

共和国政権は財政緊縮政策で乗り切ろうとしたが、落ち込んでいくドイツ経済には悪手となり、これが災厄を呼んだ。

多くの企業、商店が倒産し、町に失業者が溢れることになった。

それまで、ナチ党は恵まれてないと感じる退役軍人や農民には浸透していたが、都市部の労働者には受けが良くなかった。

都市部の労働者は社会民主党などの穏健な政党を支持し、過激なナチ党には拒否反応を示した。農民ほど困窮してない彼らは敢えて支持政党を変えようとはしてこなかったのだ。

だが、町に失業者が目立つようになると、「このままのワイマール政府のやり方では上手くいかなくなる」と懸念するようになった。

「ワイマール政府は国民にいつまで耐乏生活をしいるのか」ナチ党が政府を強く批判すると、都市部でもナチスに共感するものが多くなった。

そして、30年の選挙において、ナチ党は18%の票を集め、第二党に躍り出す。前回がわずか2.6%しか集められなかったことから見れば驚くべきことだった。


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