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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
2章 少年期
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10話 寄宿生活(改)

『自分で決断しろ!』吉岡が東京に送り出してくれた時の言葉だ。

「お前が偉くなればなるほど、責任はお前にのしかかる。それを他人に押し付けるな!他人の意見を聞くにしろ、最後は自分で判断するしかない。自分で責任を取る気持ちがあれば、決断できる。偉くなればなるほど、判断に迷う場面に陥る。それでも決断するのが責任者というものだ」

「前に、先生は聖徳太子の、『皆で和議をしなさい』と教えてくれました。いまのは少し違うように思いますが」

「よく覚えていたな。そうだ皆と相談するのが第一だ。しかし皆の意見が賛成と反対に分かれたときはどうする?お前はその時、自分で判断しなければならない。それができる人物になれ!お前には俺の知識を全て教え込んだ。今度はお前自身で学び取る番だ。そして己の判断で行動できる人物になってこい」

別れの挨拶で吉岡はこう言った。その言葉を胸に正平は陸軍幼年学校の門を潜った。


「自分で判断しろ」吉岡の言葉は胸に響いた。

始めての東京暮らし。頼れるものは自分しかいない。正平はそのことを改めて感じていた。

確かに桑原の家は他人様の家であったが、温かく迎えてくれる雰囲気だった。だが、陸幼では全て平等であり、どのような甘えも許されるものではない。

(今、頼るべきは自分だけであり、自分の責任で行動しろ)そのことを正平は噛みしめていた。


陸幼では13から16まで入学でき、小学校からすぐに入学した正平は同学年でも最年少であった。

そして陸幼は寄宿舎付きで正平も6人の相部屋で寝泊まりをすることになった。

勿論、部屋の中の最年少で、体ももっとも小柄だった。その上、殆どが東京在住か近辺の者ばかりで、伊豆の片田舎から入学したものはいなかった。

そのこともあって宿舎に入った当日から同学年の、体の大きな年長者から格好のくみしやすい相手と目されたようだ。

「お前の話は訛りがあるぞ」

面と向かって言われてしまった。そんなこと言われても直せるはずもない。無視をして自分の物の片づけを始めていた。

それが、部屋の仲間達には面白くなかった。

「あいつ、ちびのくせに生意気だ」

「田舎者が、口のきき方も知らん」

子供はいつも、つまらない違いなどで差別を始め、つまはじきをしてしまうものだ。今でいう、いじめである。

正平が小卒からストレートに入ってきたことがまず気に食わなかった。

「あんな子供のくせに、陸幼に入れるのが気に食わん」だれもが苦労して難関の試験を潜り抜けてきただけに、まさか小学校からそのまま、それも早生まれの奴が入学したのが年長の者にとって腹立たしかった。


正平は部屋の仲間からつまはじきの待遇に陥りかけていた。

ただ、正平には何の気後れすることは全くなかった。同じ学年なら年下であろうと同等であると思っている。

寄宿舎に入って3日目の事だった。

「おい、そこの荷物を持ってこい」鈴木というこの部屋で最も体格の大きな者が正平に荷物を持てと命じてきた。

「それは俺に言ったことか」正平が確認するように聞き返した。

「他に誰がいる」

「俺は校則をすべて読んだが、身の回りのことは全て自分で行えと書いてあったが、他人の荷物を運べとは書いてなかった」

「何を、屁理屈を言うな」鈴木はまさか正平が理路整然と言い返してくるとは思わなかったようで、次の言葉が出なかった。

「だったら、教師に言えばよいでしょう」しばし睨み合ったが、鈴木はそれ以上言えなかった。

正平は何事もなく身の回りの荷物を片付け始めた。

周囲の者は喧嘩になったらどうするか考えていなかった。正平を生意気と思っていたが、部屋の中で問題になるのはまずいという思いだ。

その空気が鈴木にそれ以上の行動にとらせなかったようだ。


その後鈴木とまつわることが起きた。

正平は子供の時から身の回りのことは全部してきたし、弟や妹の世話までしてきた。寄宿舎生活に何一つ不便を感じるものはなかった。

だが、他の生徒にとっては簡単な物ばかりではなかった。

生徒の中には家が金持ちで身の回りの世話を全て、親や女中などにしてもらっていた者たちもいた。彼らは寄宿生活に大変な不便さを感じていたようだった。

鈴木がその一人だった。

正平より二つ年上だったが、身の回りのことは雑な面が多くあった。特に裁縫など針を持つのは全くできなかった。

ある時、皆が部屋で身の回りの雑巾や布巾を拵えている時だった。

「いてえ!」鈴木が針を指に刺して大声を出した。雑巾を縫うだけの簡単なものだったが、彼は全くの不器用だ。

正平があらかた縫い終える頃、彼はまだ雑巾の一回りも縫うことが出来なかった。

見れば、布の何か所に血が付いていた。

「寄こして見ろ」正平が縫い方を教え始めた。

「全部は縫ってやらんからな。俺のやり方を真似しろ」そう言って、器用に半分近くを縫ってあげた。

「すまん」鈴木はそう言って頭を下げた。

他の部屋の者も、正平が最も身の回りきちんとし、鮮やかに片づけているのを感心していた。

それ以来、正平に裁縫や掃除洗濯など、物周りのことについて教えてくれと部屋の者達が言うようになった。


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