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英雄の末裔を探して  作者: 一枝 唯
第1章

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03 悪い魔法使いの王様

「ではできないと言うの?」

「当たり前だ」

 脅しの利くような小さな子供なら、無理に剣を持たせて怒鳴りながら命令するという方法もあるかもしれない。シュナードとしては子供にそんなことをしたくはないが、父親となった元戦士が我が子に剣を教えようと大騒ぎしている様子は訓練所で目にしたことがある。

 果たしてあれが奏功したのか、はたまた子供が母親に泣きついて夫婦喧嘩の挙げ句家族崩壊にまで至ったか、そんなことはシュナードは知らないし興味もない。ただ、あの親父はあまり趣味がよくなかったな、などと思う程度だ。

 もしも彼自身が父親になれば息子に剣を教えたいと思うかもしれないが、強制したところで父と剣を嫌うだけだろう。それよりは「親父のようになりたい」と思わせるよう、振る舞いたい。彼とて、それくらいの理想は持っている。

 もし「無理強いをしてでも教えろ」という依頼があったとしてもシュナードは請けたくない。子供を泣かせたくないという気持ちだけではない。時間が無駄だからだ。

(全く、まさしく時間の無駄だった!)

 町の郊外までてくてくとやってきて、出会ったのは拒絶の言葉ときたものだ。

(所長にはそのまま言うしかないな)

 本人にやる気がないものを押さえつけて教えるのは無理だ。依頼金が幾らであったのか知らないが――乗り気だったのだから高額なのだろうが――ミラッサに返させるか、嫌だと言うのなら彼以外の人物に任せてもらうしかない。

「待って! 待ちなさいよ!」

 苛立たしげに小さな家を離れた彼をミラッサが追ってきた。

「仕事を放棄するの!?」

「仕事にならん、と言ってるんだ」

 渋々と足をとめてシュナードは振り返った。

「『走り込め』だの『素振りをしろ』だの言ったところで『嫌だ』と返ってきたら俺はそれ以上どうしようもない。だいたい、お前さんはあの坊ずが剣に興味なんてないことを知ってたんだろう? どうやって俺が、いや、誰だって、あいつに教えられると思ったんだ?」

「彼には剣技を覚えてもらわなくちゃならないのよ!」

「そんなこと、俺が知るか。どんな事情があるにせよ、説得なら俺じゃなくてあいつが先だろう。坊ずがうんざりするくらい(かよ)ったようではあるが、もっと頑張って続けるか、或いは諦めな。金は返させるさ」

「お金なんてどうでもいいの」

 大胆な台詞に彼は思わず目をしばたたいた。

「駄目なのよ、どうしても、彼に剣術を覚えてもらわないと!」

「何で無理に習わせようとする?」

 改めて、彼は不思議に思った。

 一体どうして、こんなに頑なに。

「――になるの」

「あん?」

 ミラッサの声は小さく、彼は身を乗り出して聞き返した。

「彼は何も知らないわ。でもいまに彼は」

 少女は少し間を置いて、それから更に声をひそめた。シュナードはますます身を乗り出すことになる。

「命を……狙われるようになるの」

「何だって?」

 唐突な言葉に、戦士は目をぱちくりとさせた。

「彼の存在を疎ましく思う者がいるのよ」

 顔を上げて少女は言った。ふざけている様子は、生憎と言うのか、ない。

「……奴さん、どっかの大富豪の隠し子か? 遺産争いにでも巻き込まれそうなのか」

 シュナードは思いついたことを尋ねてみた。だが少女は首を振った。

「その程度だったら安心よ。相手は限られるし、対抗する手段もあるもの。企みを暴いてもいいし、相続を放棄することもできるし、護衛を雇うというのでもいいでしょう」

 ミラッサは肩をすくめた。

「でも次々と、いったい何人、何十人の刺客がやってくるか判らなかったら?」

刺客(・・)ぅ!?」

 戦士は素っ頓狂な声を出した。

「何だ。何だ何だその大げさそう(・・)な話は。金持ちどころじゃない、実はどこかの王様の隠し子か。秘密を知ったほかの継承者に狙われてでもいるってのか」

「王の庶子というような話ではないわ」

 彼女は首を振った。

「でもこのままでは彼は命を狙われるの。それは間違いないのよ」

「命ねえ」

 まるで絵空事に聞こえる話。シュナードは顔をしかめた。

「だが、それが本当だとしたって、俺が知るか、だな」

 彼はひらひらと手を振った。

「自分で言った通り護衛を雇うか、何よりまず本人に納得させろってのは変わらん」

 ちょっと剣の訓練をしたくらいでは「刺客」と言われるような暗殺者に敵うまい。だが剣の扱いを少しでも知っておいた方がましだろうという考えは判る。

 しかし、ここで彼が「すわ、それは大変だ」と引き返す理由にはならない。彼には何の義理もない。

「レイヴァスには、言えないの」

 ミラッサはうつむいた。

「彼は知ってはならないから」

「はあ?」

 意味が判らない。戦士は顔をしかめた。

「彼は知ってはならないのよ。彼は自分が特別な存在であることを知らない、穢れぬ魂のままでなければ」

「……何じゃ、そりゃ」

 ミラッサの様子は真剣だったが、シュナードは同調するどころか思いきり不審そうに言った。

「――シュナード」

 そこで少女は足をとめ、ゆっくりと彼を呼んだ。先ほどまでは足をとめる気がなかったシュナードだが、深刻そうな様子がどうにも気になって振り返る。彼女は静かに視線を上げて彼と目を合わせた。

「魔術王と呼ばれたエレスタンの物語は知っていて?」

「あ?」

 男は目をぱちくりとさせた。

「魔術王?……ガキの頃、聞いたことのあるような気はするが」

 彼は記憶を呼び起こした。

「確か、ふるーい王国を滅ぼした、悪い魔法使いの王様ってやつだったような」

「そうよ」

 ミラッサはこくりとうなずいた。

「古代王国ドリアーレ。栄光の頂点を極めた巨大な王国が滅びた原因となった禁術師エレスタン。それが『魔術王』の正体」

「禁術師?」

 聞き慣れない言葉だった。

「魔術師たちに通常、禁忌はないわ。町のなかで人を傷つける術を使ってはならないという決まりはあるけれど、それくらいね。彼らには『悪い魔法』も『よい魔法』もない。でも『禁じられた魔法』は存在するの」

「はあ」

 何の話かさっぱり判らない。シュナードは相槌にもならない声を発した。

「エレスタンはそうした禁術を追い求めた魔術師よ。協会を追放となり、多くの魔術師や、戦士にも追われたわ。でも彼はことごとくそれを返り討ちにした」

「はあ」

「増長した彼はドリアーレ国王に取り入り、王を傀儡(くぐつ)のようにしてしまうと姫を(めと)って、次の王となった。それからドリアーレ国の恐怖がはじまった」

「だいたい、知ってるさ」

 シュナードは顔をしかめて遮った。

「国民を魔術の実験体にしたり、魔術で強くした兵隊で他国に攻め入ったり、やりたい放題だったんだろ? んで、ある日、ついに英雄に倒された、と」

 彼は大いに端折って話したが、それで充分だと思った。

「英雄の名前は何だったかな?」

 子供の頃に聞いた話だ。概要は覚えているものの、「登場人物」の詳細までは忘れてしまった。

「アストール」

 ミラッサは言った。

「そうそう、確かそんな名前だったな」

「アストール・アルディルム」

「へえ、完名はそんなふうに言うん……」

 待てよ、とシュナードは思った。

「その姓は、何だか、聞いたことが、あるような?」

 嫌な予感がした。

「そうよ」

 少女は真剣な眼差しのままだった。

「レイヴァス・アルディルムはアストール・アルディルムの血を引く者……英雄の末裔なの」


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