2月22日
「わしも、すっかり年老いてしまったなぁ」
暖かい日差しの降り注ぐ縁側。
作務衣姿の年老いた男が白く蓄えた顎のヒゲを触り膝に乗ったキジトラ柄の猫に声をかける。
「お前もすっかり年老いたが……そろそろ猫又にでもなる齢じゃないのか?」
膝の猫に問うてみても当たり前だが返事はない。
拾った時は既に成猫だったこの猫が今何歳なのかは分からない。
分からないが人の言葉を理解していないのを見るに猫又ではないらしい。
いつも通り勝手気ままに膝の上で日差しを堪能している。
「ふむ、猫又にはならぬのか」
妖怪というのを見てみたかったのだがまぁ、どちらでもいい。
猫又になろうとならまいと今まで通り共にいることに変わりはないのだ。
「お前もいい歳だ、今まで一人で生きてきたのだから……終わりの時は共に迎えようではないか」
「にゃーー」
ニッコリ笑って猫を見れば今度は言葉を理解しているのか……返事をするように声が上がり腕に頭を擦り寄せてくるので可愛い奴だと頭に手をやり撫でくり回せば……力が強かったのか抗議するように尻尾で足を叩かれたので申し訳ないと今度は喉を撫でた。
※
(……変わらにゃいな)
微睡みの中で見た懐かしい夢に目を覚ましたクックは変わらない庭の景色とポカポカと体を暖める日差しの差す縁側に丸めていた体を伸ばす。
猫又になって早幾年……色々な場所を転々としてきたが結局、ここに帰ってきてしまった。
「なんじゃなんじゃ!こんな所におったのか!」
静寂を切り裂くように突如として響くけたたましい声にヒョイっと抱えられる体がその膝の上に乗せられる。
いつもどこでも騒がしい奴だと尻尾を一振りして不満を表すように今の飼い主である六道加持の腹にぶつける。
「そうかそうか嬉しいか!」
「にゃーー」
何故そうなるのか。
どこまでもプラス思考で鈍感な加持の思考はいつものことなので抗議をしても無駄だと諦める。
しかし、こんなところで油を売って大丈夫なのか……お勤めはどうしたと体を起こし声を上げる。
「心配せんでも今日のお勤めは終わりじゃ、暇だから付き合え」
ならばいい、お勤めをサボってよく嫁に娘に孫に怒られて肩身の狭い思いをしているのできちんと終わらせているのならば許そうと加持の膝の上に甘んじて寝転ぶ。
「いやぁ、良い景色じゃ……お前はよい場所をわしよりよく知っておる」
当たり前だ……クックを猫又にしたのはこの龍刻寺の住職だった男だ。
加持より長く住んで生きてきたのだから加持の知らない隅の隅までよく知っている。
「クック、わしはお前が猫又だと知っておる……見世物小屋などに売ったりせんからいい加減、言葉を話しても構わないぞ?」
「………………」
妖怪好きてクックを猫又だと信じて疑わない加持、そのどうでもいい方向に働く勘は見事に的中しているもののクックだって「はい、そうですあたしは猫又です」なんて話すわけがない。
憮然とした態度で尻尾を振り無視をする。
「手強いな……」
なにが手強いのか分からないがいつも直球勝負で猫又であるか確認する加持と隠れてコソコソ調べる孫娘である蓮香の執拗な探り合いにそろそろ鬱陶しいので出て行こうかとも考えてしまう。
考えてしまうが、これもまた長く生きている間のちょっとした遊戯であり暇つぶしなのだ……どうせいつか終わってしまうのだからもう少し楽しもうと出て行くすんでのところでいつも思い直す。
「まぁ、お前が猫又であろうとなかろうと関係はないがな!勝手に出て行くでないぞ!」
関係ないと、出て行くなと言うのならば調べてくれるなと……言っていることとやっていることが違う加持に呆れる。
まったくもって人間というのはどれだけ共にいても計り知れない不思議な存在だと思う。
「クック、よいか……お前は一人で生きてきたのだ、もし一人で迎える終わりが寂しいというのならば共に迎えようではないか」
「………………」
顎を触りながらあの男と同じことを言う加持にフッと笑みが溢れそうになる。
そう言って一人で死んでいったではないか……何度でも何回でも……一人繰り返し。
(そう言って……あと何回生まれ変わったらお前はあたしと一緒に死んでくれるんだい?)
「にゃーー」
「おお、そうかそうか嬉しいか!」
守られない約束を飽きることなくするのがおかしくて一つ声を上げ、腕に頭をぶつけて撫でるように促せば嬉しそうに頭を撫でる暖かい掌。
変わらない……何度生まれ変わってもきっとこの男は変わらず一人死んでいくのだろう。
それでもきっと探してしまう。
いつか一緒に終わる日を信じて猫又であり続ける。
(馬鹿にゃのはあたしも変わらないにゃ……)
騒がしさとはかけ離れた、ゆっくりと穏やかに頭を撫でる優しい掌と変わらない暖かい日差しに包まれた体は飽くなき続く微睡みの世界へと誘われるように静かに落ちていった。




