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竜胆を戴く戦士

 今日は雨が降っている。

 夜の雨は何とも物悲しく熱を吸いこむ。寒さのためにつけた暖炉のぱちぱちとなる音に交じって隣の部屋で何やら秘密の話でもしてるのか押し込み切れていないなくすくす笑い声が聞こえる。そういえば私がこの世界で初めて覚えた魔法は小さな火をおこすものだった。

「このこの外郭で生きていく上で魔法を覚えることはとても大切だ。」

 そうジンはいっていた、確かに浮浪者である身の上火をつけたり簡単な怪我を治すためにお金を使わず済む魔法が使えることはメリットになる。しかし私は今まで生きてきて魔法という言葉は(ゲームや漫画を除けば)縁遠い存在であったため感覚を掴むためにかなりの時間を必要とした。それとは対象的にこの世界の法則に慣れ親しんだルーナは持ち前の物覚えの速さで色々な魔法を覚えて行った。

「言い方は悪いけど君は召喚された勇者達についてきた不純物だ。都には入れてもらえない。私が生活に必要な知識を教えてあげるからしばらくここに住むといい。」

そうジンに言われてから約2年かけて私はあの洛外でジンからいろいろなことを教わった。それはこの世界の言葉から始まり日常生活で使える簡単な魔法、狩り、護身術、買い物の仕方まで。何せ時間だけはたくさんあったのだ。生きていくための食糧を狩り、食べ、寝る以外はすべて勉強の時間に充てられるのだ。

「ようジン、まだいきてるかい?」

 ある日隣のテントに根を据えているシャールという男が来た。

「って、お前らか、まだ居たんだな。」

「先生ならライザさんと魚を取りに行きましたよ」

 ルーナが丁寧に対応する。

「げっ、あのバァさんとかよ、あのおしゃべりばあさんと釣りなんてあいつは被虐趣味でもあんのか?」

「もー、そんなこと言ってー、また川に突き落とされますよ!」

 軽口を叩くシャールにルーナが眉をひそめる。

「しかしまあ、あいつとは長い付き合いだがほんとお人好しというかなんというか…」

 恐らくそれはライザさんだけでなく私たちをテントに住まわせていることも言っているのだろう。よくしてもらっている身としては肩身の狭くなる話しだ。私が反応に困っているとルーナがふと思い出したように「そういえば」と切り出した。

「なんで先生は外郭に住んでるんですか?」

 確かに彼は世界を救うためにこの世界と契約した転生者で勇者や英雄に属する人物だ。性格を見ていても犯罪を犯すような人物には見えない。頭も切れるため借金をしていたとも考えずらい。そもそも彼ほどの才能があればほかの街でもやっていけそうに思える。しかしその疑問に対してシャールは

「…さあね、俺も英雄様御一行の一人がこんな所に住み始めた時は驚いたもんさ」

 と肩をすくめるのみだった。

「だけどあれが来てからここの治安は馬鹿みたいに良くなったのは確かだな、後暗い連中ばかりなのにちょっとした待ちみてぇになっちまったもんな!あれは領主の才があるね」

 ガハハと笑うシャールに

「当たり前です!先生は凄いんです!」

 とルーナが褒めちぎっていると「ただいま」と柔らかい声が聞こえた。

「おう、ジン、邪魔してるぜ」

 とシャールが声の主の名前を呼ぶ。

「おや、シャールじゃないか。僕に何か用でもあったかい?」

 そういうジンを見つけるとシャールは急に真面目な顔を作る。

「おう、最近この辺で[災厄]の気があるらしい。」

「…それは本当かい?」

「街に出入ってる行商からの情報だ。」

「…」

「と、そう言う訳で最後の晩餐にその魚で宴でも開こうぜ!」

「そうだね、詳しい話は晩御飯の後に聞こうか。」

 そういうのを聞くと私は料理の支度を始める。この世界の法則になれない私にとって普遍的な料理は数少ない役に立てる仕事なのだ。概ねそんな感じで私達はこの外郭でそれなりに楽しく暮らしていた。しかしやまない雨はないように雨はいつか必ず降る。この世界にきてから私にとっての最初の雨はしかしそれとは裏腹によく晴れた日に降り出したのだった。

 ■■

 よく晴れた空、沈みかけた日が最後まで世界を照らそうと躍起になるように世界をおぞましいほど鮮やかな赤色に染めあげていたことを覚えている。

 災厄。そう二つ名を表記される怪物、ドラゴン。

「おい!起きろ!戦えるやつをかき集めろ!」

 ジンが切羽詰まった怒声を挙げながら各テントを回っている。私はただ茫然とその理不尽な暴力が生き物を、無機物を壊し燃やしている。その足元では嵐のようなマナ流にアテられた魔物達が人々を襲い死体を増やしていきまたドラゴンの攻撃の巻き添えをくらい死骸となっていく。

 普段は自らのテリトリーから出ようとしない彼らだが時に私たちには想像も及ばないような理屈に準じて町を襲うこともある。それがたまたまこの日でこの洛外だったのだ。街を守る騎士たちが洛外の人間たちを黙認する理由、それはこのような魔物の襲撃のためだ。浮浪者たちを食い荒らして満足してくれればよし、それに飽き足らず街に矛先を変えても自己防衛のために戦った後なら手負い、討伐してくれるならなおよし。冷酷だが、効率的な判断だ。誰も攻めることはできない。

 “master殿!自分たちも加勢しましょう!”

 私はビクトリアをつかんだ。この2年間で何度もやったことだ。体勢をしっかりと保持し空に飛びあがったドラゴンに向けてビクトリアを振る。もうあの頃のようにしりもちをつくことは無い。指向性を持った魔力の塊がその鱗に当たり…そして食われる。

「兄さん!」

 ルーナの声がする。そういえばジンに兄弟のようだといわれたときにそう呼ぶことをいたく気に入ったらしくあれからずっとそう呼んでくるようになったのだった。

「ぼさっとするな!」

 ジンが私の服を掴み投げ飛ばした。すんでのところでドラゴンの吐き出した炎が足を掠める。

「皆は雑魚を頼む!できるだけ距離をとって2人1組で飛び道具を使え!ええい糞!なんで今ドラゴンなんだ!ドラゴンに狙われたらすぐ引くんだ!」

 ジンが悪態混じりに指示を出している。いつもの優しげな青年の面影は今はない。

「ビクトリア!前線に出れるか!」

 “はい、master殿が体を預けてさえいただければ。”

 ジンが私に顔を向ける。この2年間で見せたことの無い真っ直ぐな瞳だった。

「大変な役目を押し付けて申し訳ない。頼む!」

 おそらく自分がこのあと酷い目に会うであろうことは何となく察することは出来たが私には2年間お世話になったこの洛外の人々を、そして師の真っ直ぐな瞳を裏切ることは出来なかった。

 “auto support機能に切り替えます。”

 私が頷くと同時に体の自由が効かなくなる。私はこの感覚を知っている。この世界に来た夜に一瞬体が動かなくなった時と同じ感覚だ。

 “しっかり握っていてくださいね。”

 不思議な感覚だった。まるで海で力を抜いて浮いているような感じなのに私の体はドラゴンと対等に戦闘をしている。ドラゴンの爪を避け、ドラゴンの肉を切り裂く。まるで英雄にでもなったかのような気分になりそうだが車酔いの要領で気分が悪くなってくる。ふと見るとジンはナタでドラゴンと戦っている。当たり前だ、ジンの武器は売りに出され今私の手元にあるのだから。しかしそれでもジンは強い、転生時にさずかった奇跡のうちの一つに体力の増加があったらしいがこれはそれだけでなく今までの経験によるものも大きいのだろう。

「GAAAAaaaa!!!!!」

 ジンがドラゴンの気を引いている間に私がきり私に注意が向いた隙にまたジンがきる。そんな繰り返しをもう何時間したであろうかと思い始めた時、誰かの放った弓がドラゴンの目に深々と突き刺さり今まで聞いたことの無い叫び声をあげる。それを見て私は気が緩んだのだろう、ビクトリアを握る力が無意識に弱くなっていたのだ、そして運悪くドラゴンの暴れた尾が私の手から件を吹き飛ばす。それと同時に今まで自らのパフォーマンスをはるかに超える運動量を行っていた私の体がいっせいに悲鳴をあげる。痛みで動けない。

 ドラゴン

 あ、今

 目が

 合

「そういえば」

 昨日まで聞いていた筈なのにいたく懐かしく感じる優しい声が聞こえた。

「君の名前を聞いていなかったね」

 私とドラゴンの間にジンがたっている。

「2年間も一緒にいたのに不思議だね」

 そう言うとフッと柔和に笑った。それが彼との最後の会話だったような気がする。

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