プロローグ序
とても良い天気だ。
煌々と輝く月、ゆっくりと流れる星、天高くそびえる山々の黒い影、その間を我が物顔で飛び回るドラゴンの魔力を溜め込んだ皮膚が薄らと輝いているのが遠くからでも見える。
私がこの世界にやってきたのもこんな夜だったと思う。
中学を卒業し高校生になる準備をしているような期間。
私は母方の祖父の暮らす田舎にいたのだった。
虫すらも泣かない静かな夜。私は空を見ていた。
街の光のない天然物の輝く星空、それを見上げていた時、ふと月がいつもより青く見えたのだ。
気がつくと私の足元にはアスファルトで舗装された道路はなく土が剥き出しになった道になっていた。それも人や動物が通った後が踏み固められて土が見えているだけの荒れ放題の道だ。そして目の前には横転した馬車(私は本物の馬車を見た事がある訳では無かったがそうとしか見えなかったのだ)、人や馬の死体。その視界に入った情報量に呼応する様に私の耳にあらゆる音が急に流れ込んできたのだ。鳥や虫の鳴き声。泣き声。空回りするタイヤの音。肉を食む音。そして獣がグルルグルルと唸る声。それは恐らくこの馬車を襲った主犯たちのものだろう。しかし五感が状況を正しく判断しているにも関わらず私の思考回路だけがそれらの理解を拒否するようにそこから動けずにいた。
(何だこの生き物は?ここは何処だ?なんで馬車が倒れている?血が出てる?本物?まだ生きている?)
そのようにして狼狽えている私を尻目にその獣達が次のエサとの距離を縮めていく。
馬車の陰に隠れて見えていなかったが子供の泣き声が聞こえている。この場所で初めて生きた人間の存在とその危険を確かに感じた私の体はやっとなにか行動を起こさなければと1歩踏み出した。短くも長かった自身の身体によるストライキから解放された私のとった行動はしかしなんとも考えなしであった。
「わああああああああああああああああああ!」
大声によって注意をこちらに向ける。場しのぎ的に人を救うことにおいてこれほど効果的かつ無意味な行動もないだろう。案の定既に手詰まりとなった私は駆け出し反射的に馬車から落ちたであろう荷物の中から何故か鞘に納まっていないがために麻袋を突き破っていた剣を手に取り息切れで尻すぼみ気味になった大声を引きずりながら獣との距離を詰めていた。勿論剣術など中学の頃に剣道部に入っていた程度のものしかない。
“剣を振ってください”
後先考えずに突っ込む私の耳はその言葉に気づかない。
“剣を横に振ってください”
もはや叫ぶことすら忘れた私は何も考えていない。
“…失礼”
私の体が急に立ち止まり剣を構えた。勿論そうしようなどと考えていなかった私の脳は今日何度目かの混乱を起こす。
“剣を、横にして、振ってください”
声の為かそれともちょうど飛び掛ってきた獣に対しての反射かは分からないが私は剣を振っていた。剣から放たれた衝撃波(後で聞いたがこれは魔力の塊らしい)が獣を吹き飛ばす。ついでに反動で私も吹き飛ばされ尻もちをつく。それを見た獣達が私を獲物ではなく敵と認識したらしく食事中だったものも中断し私の方を向いた。
“敵位判別機能よし、もう一度剣を振ってください”
効果は今見た。私はもう一度、次は敵を全て薙ぎ倒すつもりで全力で剣を振った。仲間の半数を1度に失った獣達は次は私を敵ではなく天敵であると認識したらしく撤退を選んだのだった。
“周囲の敵意の消失を確認。お疲れ様でした。”
「…」
“master殿?”
「…うっ」
去ってゆく災難達を見送り安全が確認された私はこの5分程度の間に起こったことを思い起こし、理解しようとし、そして吐いたのであった。