第1章 第3幕 D-7ファイル
サイコロ課に舞い込んでくる本当の意味で物騒な事件は、1年に多くて数件だ。他は、必死になって過去の事件を洗い出し犯人像をプロファイルし、似たような傾向の事件が起こらないよう、警視庁及び各県警をつうじて日本中の所轄に啓発していくところにある。
サイコパスが絡んだ事例は、なかなかあるものではない。
神崎が、ある日データベースをみて、皆に尋ねた。
「D-7ファイル 中学生万引き事件。これって、うちに来たってことはサイコパス絡みなんですか?」
皆でファイルを読んでいく。
概要
都内N区で、3名の男子及び女子中学生【中学2年】A・B・Cがコンビニで万引きをした。店主及びアルバイト男性、男性客に取り押さえられ、所轄の生活安全課少年係に引き渡された。店内の防犯カメラからも、3人の犯行が裏付けられた。
未成年の犯罪であることから、保護者を呼び状況説明、身柄引き渡しの予定だった。
全員、別室で事情を聴いていた。
A(男子)の父親が最初に来た。
父親はAに向かい、親に恥をかかすなと、Aの両頬何度も平手打ちしてAに土下座させた。結局、商品代金は払ってやる、と店長に凄んだ。
続いて来たのは、B(女子)の母親。
Bを怒る様子は一切なく、札束を放り投げた。金さえ払えば文句はないだろうと嘯いた。さ、Bちゃん、帰りましょう。それだけ言うと、さっさと警察を後にした。
C(男子)の両親が最後にやってきた。
両親は、コンビニの店長や警察官を前に、土下座して謝った。お金がないのは親のせいだと貧乏を嘆き、欲しい物を言ってくれればお金を準備したのに、と悲しんだ。Cに対して謝ることは強要しなかった。最後に両親が謝った時、Cはほんの少しだけ頭を下げた。
その後もコンビニでは万引きが続いた。
AとBは常習者になった。
Cは、一切万引きに手を染めなくなった。
万引きに目を光らせていた店では、再度A・B・Cを取り押さえたが、万引き映像を解析したところ、Cの関わりが無いことが明らかになった。
コンビニの店長は、両親のことを思い出し何気なくCに聞いたという。
なぜ、万引きを止めたのか。
Cから返ってきた答えは以下のとおり。
「親が泥水を舐めるような真似をしたのが許せない。うちの親は恥だ」
しかし、本心は違っていたようである。親に土下座させたのが申し訳なかったのだ。
自分の罪に対し親が謝るのが辛かったのであろう。
AとB、他の二人は、万引きを続けた。それにも理由がある。なぜか。
親が子供より体裁を気にしたからである。金で片を付けようとしたからである。
子供の心を推し量ろうとしなかったからである。
市毛課長が答える。
「この万引き自体は、サイコパスとは限らないな。将来的な可能性は別だが」
神崎が首を捻る。
「じゃあ、どうしてここに回ってきたんですか」
和田と弥皇が同時に言葉を発した。
「その下。見てください」
「少年犯罪の変遷」
何十年に1度の割合で、日本中、いや、世界中を震撼させるようなサイコパス事件が起きている。
主として猟奇的に殺人を行うものが多い。
その年齢層は今や成人男性に留まらない。
少年法の改正が行われた以降も少年たちによる猟奇的連続殺人が増えているのが事実だ。最初にそういった事例が発表されたとき、周囲はその行為にばかり目を向けた。
少年の背景、家族と良好な関係を保っているか、親が拒絶していないか、善悪含め、子供を受け入れているか。そういった内部事情を世間が知る必要はないまでも、事件の特殊性にのみ、メディアは特化した形で報道を続けた。
その特殊性だけをテレビで見た小さな子供たちが、今、同じことを繰り返そうとしている。特殊性を伝えるだけでは、巡り巡って何十年後の犯罪を引き起こす可能性を忘れてはならない。子供たちを、サイコパスの世界から遠ざけなくてはいけない。
しかし、一見特殊な少年犯罪に見えても、多くの場合、守ってくれた肉親との別れ、慕った肉親との別れを経験している。それを契機として動物狩りを始める場合も多い。
動物狩りの前に、少年たちは学校など公共の場で何らかの事件を起こしていると考える。その時、肉親は泥水を舐めることをしたのか、それとも体裁を取り繕ったのか。そこがターニングポイントになってくると思われる。子供を怖れた場合も、それは虐待と同じ効果を表すことに繋がりかねない。
親に拒絶されたか、受け入れられたか、それしかヒナには判らないのだから。
以上
須藤が溜息を洩らす。弥皇も緑川的な女性を一番に思い出した。須藤と市毛課長が掛け合いを始めた。
「そうなんだよ、簡単に見ればサイコパスなんだ。でもな、違うんだよ」
「一番最初に話しただろう、サイコパスの定義。全て当てはまるものと違うものがある」
「両親の愛に飢えた場合は、特にその傾向が強い」
「一方で、愛に飢えていないのに一方的にサイコパス要素を膨らませる者もいる。これは緑川事件の緑川のように自己愛性パーソナリティ障害という見方もあるが、何れサイコパスの中のサイコパス、というカテゴリに分類される」
「いずれ、少年犯罪はこれからもっと難しい局面を迎えるだろうなあ」
「俺達が『宇宙ヒーロー』を好んだように、今の少年たちは悪のカリスマを求めている可能性もあるからな」
神崎が、科警研時代の話として、ぼそっと口にする。
「神サイト、闇サイト。どちらも殺人依頼サイトですからね」
須藤が神崎の顔を覗きこんで聞いた。
「そんな物騒なサイトがあるのか?」
「科警研では潰しきれないから、サイバー室にお願いしていると聞きましたけど」
弥皇は、サイバー室の体質に手厳しい。
「サイバー室?清野の様な阿呆しかいないんじゃ潰せないな。助長させる一方だ」
腹を抱えて笑いながら須藤が答える。
「だからサイコロ課に捨てていった」
「うちはゴミ箱じゃないんだから。失礼だよねえ、神崎くん」
そう呟きながら、今度は弥皇が神崎の顔を覗きこむ。
今度は神崎が目を丸くして、弥皇の目を直視した。
「え。僕もゴミのひとつ?」
弥皇は、にっ、と猫のような口元になり神崎の左肩に手を置いた。
「さあ、キミ次第ってところかな」