第2章 第5幕 F-4ファイル
牧田が逮捕されたその夜。
市毛は、犠牲になった清野だけが闇のターゲットだったのか、ずっと不思議に思っていた。25年前のあの時から、牧田は見た目も腹の中も全然変化が無い。タラレバの話を警察官がしてはいけないと思いながらも、考えずにはいられない。
25年前、夫の不倫を知った時から、用意周到に練られた計画だったのではないかと。夫が無理心中すれば残された牧田の家族も非難されるが、ただの心中なら、不倫した女も非難される。
自分の親友であり妻の兄、小山内がその女性とどういう関係にあったのかなど、本人たちしか知らない。事件の内情など、牧田にはどちらでも良かったのだ。総て牧田自身は蚊帳の外、という理屈で、可哀想な妻を演じながら今迄厚顔無恥に生きて来たのではないか。25年前の事件時子供を遠ざけたのも、夫や不倫相手を貶めることに成功した歓びが大きかったからかもしれない。
それなら、どうして25年経った今になって全てを白日の下に晒そうとしたのか。
牧田の心情は判り切っている。市毛をとことん追い落としたかったのだろう。
サイコロ課に転入し、市毛を見た瞬間に新たな計画を思いついたに違いない。課員を次々に襲うことで、市毛の立場をじりじりと攻めていく計画だったのに、肝心の市毛妻の兄に関して、充分な検証を行っておらず、中途半端な怪文書となってしまった。
市毛を追い込むつもりが、反対に犯人として浮上したなどとは夢にも思わなかった牧田。自信過剰の為せる技だったのだ。
25年前、市毛の義父の指紋認証を使用してサーバーに侵入したとすれば、義父も事件を公にはしたくなかっただろう。義父が関わっていたかは知る由もないが、牧田は25年以上前からスパイ工作をしていた可能性は高い。通常は金が報酬で、場合によって殺人依頼。
ちょうど夫が不倫騒動を起こした25年前と今回だ。そして、犯人でないというアリバイ作り。本人は緻密に計画を練ったのだろうが、もうスパイの容疑は掛けられていた。
その傲りや不遜な心が油断を招き、今回、逮捕の切っ掛けとなった。
何をどう整理しても、親友は戻らない。妻と自分、二人だけの時間しか思い出すことができない。あの事件が元で妻は子供を産めなくなったのだから。
今はただ、亡くなった方々のご冥福をお祈りするばかりだ。
やがて産まれてくる弥皇と麻田の子供に、夢を託そう。
◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇
1年半が経った。
弥皇たちの秘密の部屋、一族のマンションは最上階が改装され、2戸あった住戸が1戸になり、広々とした空間に変わっていた。
ある朝のこと。
其処には弥皇と双子の赤ちゃん、そして麻田の姿。超高速ハイハイで麻田の後を追いかける男の子2人を、弥皇がくい止めるのが日課だ。
「ふぎゃ!」
「ぴー!」
「ママお出かけなの。ごめんね」
二人を抱きしめ頬にキスする麻田。スーツに着替え、化粧を5分で済ます。その頃、二人の赤ん坊はパパに捕まっている。その光景たるや、まるで猫か犬のような捕縛状況。
「完璧ですよ、麻田さん。こちらも大丈夫。いってらっしゃい」
弥皇は、サイコロ課に席だけ残ったものの育児休暇を取得、机の上には麻田と赤ちゃんの写真だらけ。須藤、和田、神崎の独身軍団が辟易とした表情で会話していた。
「須藤さん。弥皇さんイクメンですって?いつまで休むんです?」
「3年だとさ」
「3年も?もう机無くなるでしょ、唯でさえサイコロ課なのに。怖い者なしだな」
「ほら、弥皇、小切手帳の君だから」
神崎が訝る。
「何です?小切手帳の君って」
須藤が面白がって笑う。
「お前知らなかったのか?清野が弥皇獲得に動き出した大元の事件。弥皇、東北で何億って小切手帳を白紙で渡したんだよ、ホシに」
「白紙の小切手帳?だから清野さん、あんなに執念燃やしたの?」
和田も会話に混じってきた。
「そうですよ。で、あとは、ブラックカードの君」
「そうそう、ブラックカードで支払いして、プラチナカードもお持ちなんだとさ」
神崎はヒューっと口笛を吹く。
「仕事舐めてるでしょ。流石の僕でも普通のカードしか持ってないのに。それにしても清野さん、冗談だとばかり思ってた。金目当ての女の手伝いしたのか、僕は」
神崎の向かい側に座っていた須藤がチッチッっと右手一指し指をメトロノームのように振った。
「神崎。お前、騙されやすいタイプかもな」
「そういえば情報です。麻田さんがこちら警察庁方面に復帰するらしいですよ」
「げっ、嫁に働かせんのかよ」
和田がフォーローに回る。
「まあまあ、須藤さん。かねてからの弥皇さんの口癖なんです。より役立つ人が働くべきだって。麻田さんT大だし。猛者だし」
「そういう弥皇はどこの大学出身なんだよ」
「僕の情報によれば、K大みたいですね」
「すげっ。有り得ねえ学歴夫婦。おい和田、あいつらなんでサイコロ課にいるんだか」
「不思議夫婦でしょ。でも、男の子2人がこれまた可愛いんだ。モデルできちゃうかも」
男盛りの部屋の中に、何故か女性の声がする。
「ちょっと、誰が嫁ですって?夫婦とか嫁とか、弥皇くんの前じゃ禁句だからね」
背後から聞こえる、太い声。皆、緊張したような顔つきになり、汗がこめかみ周辺に滲む。すーっと振り返ると、麻田がいた。
「ご無沙汰。今日、弥皇くんとオチビワンツーが来る予定なんだけど、まだ来てない?」
須藤が組んでいた脚を組み直す。
「職場を待ち合わせ場所にすんなよ、お前。公私混同だろうが」
「スーちゃん、言いたいことはわかる。でもね、あたし忙しいのよ。異動内示あんの」
「あ、そういえば弥皇さんの代わりに誰か来るらしいですよ」
「今度は真面なのが欲しい」
「右に同じ」
市毛課長が姿を見せる。
「課長、新しい人って、何処から来るんです?ちょっと楽しみ」
「あー。某県警からだな。麻田茉莉。今日から働いてもらう。弥皇の代替だ」
「うげっ。あ、貴女が麻田さんですか、僕、神崎といいます」
神崎の名を耳にした瞬間、麻田の顔つきが鬼のように変わる。声は1オクターブ低くなり、ゆっくりと話す姿は、まさしく赤鬼の麻田。
「あら、貴方が噂の神崎くん?その節は世話になったわね。今度じっくりとお礼するから。楽しみに待っててちょうだいね」
「麻田さん、落ち着いて。彼、悪気ではないみたいだから」
和田のフォローも耳に届いていないのか、麻田が首から腕に掛けてボキボキと鳴らしている。神崎は、顔が引き攣りはじめた。
「柔道やレスリングはできるわね、学校で習ったでしょうから。是非とも一度、お手合わせいただかないと、踏ん切りがつかなくてさあ」
周囲に涙目でヘルプを求める神崎だったが、皆冷たい。麻田に思い入れのある須藤は特に手厳しい。
「神崎。諦めろ。清野に加担した段階で罪だったんだ。罰は受けにゃいかん」
「洗礼ってやつですか」
麻田はもう、巨人と化して神崎を飲み込もうとしている。
「このクソガキが。反省しやがれ。あの写真騒ぎで大変だったんだから」
「すみません、情報収集が未熟すぎました」
「これ以上はお節介しないことよ。噂話も程々に」
和田が神崎に言い含めるように、肩越しに話す。
「そうですよ、神崎さん。情報はね、小出しがいいんです、ね?麻田さん」
「そう。折角此処に来たんだから、何か1つ以上、エキスパートになってちょうだい。和田くんは情報収集、弥皇くんは心理、スーちゃんはオールラウンド、あたしは武術。神崎くんも何か自分しか出来ないことを見つけて」
和田が俯いて呟く。
「もしかして、今日から僕がまた、入力役なんですね」
神崎が和田の肩を叩いた。
「いや、僕がやってもいいよ。ただ見ているより打ち込んだ方が覚えるし、皆に声掛けすればいいんだろう?」
「いいんですか?神崎さん」
「こういう作業は、全然苦にしないから。心理で皆とディベート出来るわけでもないしね」
「難しい事例も増えているけど、サイコパスの基本は同じ。亜種が多いだけなのよ」
麻田の言葉を引き取って須藤が後押しする。
「解り易い事件と、そうでない事件もあるしな」
「聞いていれば、おいおい解るようになるから、安心してちょうだい」
課長の号令がかかる。
「そろそろ始めるぞ」
「はいっ」
データベースへの打ち込みを続ける神崎。少しずつ、サイコパスとサイコパス以外の精神的な症例に違いがあることに気が付いたらしい。
ある日、打ち込みを続けながら、定期的に親兄弟が死亡していくという事例を見つけた。
神崎の頭に、何かが響く。
「課長。F-4ファイルの事例なんですが」
「おい、みんな開いてくれ。F-4ファイルだ」
「えーと、この内容によると親兄弟や叔父叔母など9名のうち、数名ずつ、計7名亡くなっています。勿論、死亡原因は違いますが」
麻田も反応した。
「神崎くん。最初に亡くなったのは誰?で、今の生存者は?」
「20年前は父親事故死。10年前に叔父叔母、母が自死。今年の2月、兄姉が全員焼死」
データベースを探していく神崎。須藤も一緒に探してくれる。
「おう、あった。最初は親父だ。後部を鈍器にぶつかるような格好だ。外部侵入の形跡はなし。当時、子供はまだ小学6年生から小学1年生。現在の生存者は、26歳の末っ子2人、男性の双子」
父親が亡くなったのは20年ほど前。
当時高額の生命保険に加入しており、保険金狙いの殺人事件とも目されたが、父親は普段から夜、酒に酔うと家族に見境なく暴力を振るっていたらしく、常に泥酔状態だったという。
暴力的背景の証拠に、参考人聴取を受けた家族8名全員が何らかの傷をその身体に認めている。小学1年生の子供までが。
父親を殺害したのは、家族全員の総意だった可能性もある。家族全員のアリバイも鉄壁であり、結局事故で処理したようだ。とはいえ、100%、事故にも思えない。
生存する家族の現在を追う。男性の双子で、同居。二人とも働き慎ましく生活していた。
和田と麻田で生存者である2人に会いに出かけた。大人しそうな青年たちだった。
双子の兄弟に会ってみると、二人の手首に凄まじいリストカットの痕を見つけた。
和田が、申し訳なさそうに頭を下げながら尋ねる。
「失礼ですが、このキズ、誰かに傷つけられたものでしょうか」
「いいえ、お恥ずかしい。いつごろからかな、中学の辺りだったかな。生活が荒れていて。二人ともリスカすることで、日頃の鬱憤を晴らして紛らわしていたんです」
「中学でリストカットですか、辛かったでしょう。親御さんはその時?」
「無視されていましたから、気が付かなかったと思います」
「食事とかは?」
「何も与えられなかったので夜中に冷蔵庫を漁りました。残飯ですよ」
「食べ盛りの身体にはきつかったですね」
「それより、冷蔵庫を漁ると叔父叔母が気付いて、だいぶ折檻されました」
「お兄さんやお姉さんは、何と?」
「笑って見ていました。兄たちからも叩かれたり蹴られたり。一度叩き返したら、首を絞められて。その後はナイフを喉元や腹に突き立てられたり、ライターの火を当てられて、火傷もしたかな」
「大変な思いをされたのですね。言葉が見つかりません」
双子はそこで、大き目な拍手を1回だけ相手の顔の前で行うと、お互いの顔を見合わせて楽しそうに笑い、二人で高らかに叫んだ。
「でもね、今は2人だもん。すごく幸せ!」
「そうだよね!今が一番幸せ!」
麻田と和田は、最後の2人の言葉に、異様な違和感を抱いた。
サイコロ課に戻り、双子の様子と今迄に至る経緯を説明した。
生まれてから程なく起きた、父親からの暴力。
その父親が亡くなり、待っていたのは母親のネグレクト。それも、養育放棄と無視という惨い仕打ち。食べる物すら与えられず、リストカットし冷蔵庫を夜中に漁る日々。それでも叔父叔母に折檻されるという過酷な生活。大人から守ってくれなかった兄や姉たち。そればかりか、暴力、犯罪紛いの苛めを助長した。
麻田が報告する。
「大人しい男性2人でした。生活では相当苦労したようですね。私の見立てですが、あの2人、どちらも解離性同一性障害かもしれません。確たる証拠はありませんが」
「僕も、最後の言葉に違和感ありました。麻田さんの考えに賛成です」
課長が聞く。
「男性2人は、なんていったんだ?」
麻田が答える。
「『でもね、今は2人だもん。すごく幸せ!』『そうだよね!今が一番幸せ!』です」
「なるほど」
「大人しい26歳の男性にしては、少し人格的に幼い発言かなと」
「そうか。心のバーストがいつだったかはわからないが、コントロール不能になって別人格を形成した、ということか」
須藤が殺人の可能性も指摘する。
「たまに狂暴な別人格が2人一緒に出てきて、叔父叔母を絞殺し、母親にナイフを突き立てた。3人がいなくなり、兄姉に邪魔にされた時、また別人格が出て家の中で火を放った。その火は、ライターで火傷した、その怖さが引き金になっていたのかもしれないな」
神崎は話を聞きながら自分の中で纏めるように話し出す。いくらか想像も入っていたが。
「要するに、計画的な殺人ではないけれど、一家皆殺しってことですよね?すみません、ちょっと時間貰っていいですか。今回の情報集めて整理したいので。3日ください」
ちょうど3日後。
神崎が自分のタブレットに入った情報を、読み上げると言い出した。
「あくまでこれは情報であり、事実かどうかわかりません。万が一事実だったとしても僕にはデータベースに入力する気になれない。弥皇さんが以前、心理は残酷だと言いました。本当に心理は残酷だと思います。では、読み上げます」
20数年前に保険金目当てで夫を殺した母と、母の弟夫婦。叔父叔母である。子供たちも全員暴力に悩んでいたことから、これは家族全員の総意であり、アリバイも確実に封じた。
一方、その後は、長男長女二男の子供3人こそ可愛がったが、何故か双子を疎んじた。母の故郷で、昔双子が忌み嫌われたからかもしれない。
叔父叔母と母の発言内容は、すべて母の故郷にいる友人や親戚筋からの情報。
母親のネグレクトで養育放棄され、無視され、食べ物され与えられなかった。リストカットし、痛みによって自分の存在を認識する毎日。中学生という食べ盛りに食事を与えられず、冷蔵庫を夜中に漁る日々。母の弟夫婦だったからか、叔父叔母にその度折檻されるという極度の緊張と疲労。兄や姉たちまでが犯罪紛いの暴力に走り、苛めが続いた。
兄や姉たち3人は全日制の私立高校に入学した。双子は、高校に行くことを許されず、勿論お金も1銭たりとも出してもらえなかった。成績の良かった双子を案じ、中学校の先生が奨学金で全日制の高校に通うことを提案してくれたが母は許さなかった。家に帰ると、叔父叔母共に半殺しの目に遭うほど折檻された。当時の学校担任がその傷を覚えていた。
中学卒業の春から、双子は働きながら夜間高校に通い出した。
その頃からである。大人しかった双子に変化が現れた。
最初は面白おかしく生きる人格が出た。
そして、次に母親のように優しく庇ってくれる人格も出た。
年齢の割に大人びたことを言う人格や、子供っぽいことを喜ぶ性格も出た。
そのうち、狂暴性のある男性人格が現れるようになった。
別人格は、少なくとも5つにわたったと考えられる。
働き出して3ケ月。双子は、母親が叔父叔母の生命保険金を増額したことを耳にした。何も考えることなど無かった。生きるのに精一杯だった。そんなときだった。夜中に冷蔵庫で残飯を漁っていると、ナイフを持った叔父叔母が来た。中学を出て働き出したばかりの双子に、金の無心に来たのである。
一瞬間、双子の中で二人同時に狂暴性のある男性人格が現れた。
2人は勤め先で使っていたロープで叔父叔母の首を絞め、軒先に吊るした。自殺に見えたらしい。次の日起きて双子は驚いた。疑いの目は、当然母に向いたが、母にはアリバイがあった。双子は自分たちに罪を擦り付けられると思ったが、母は黙っていた。何か考えがあったと見える。良い考えでなかったのは確かだが。
母は保険金を受け取ると、兄姉たちに小遣いを与えたが、双子は無視された。
その晩、母の寝室に狂暴性のある男性人格と大人びた人格となった双子が現れる。
母はナイフをその手に握らされ、そのまま双子によって壁に押し込まれた。一見、自殺に見えるように。ナイフは母自身が握っていたのだから。
事情聴取でも、大人しい二人は、容疑者リストの下位に置かれた。兄たちの方が余程狂暴だったからだ。
父母や叔父叔母の財産を相続した兄姉たちは、自分たちに身寄りが無くなったことを知った。そして、相談を始める。兄や姉たちの職場周辺から、相続に関わる相談があったとされる。双子を始末すれば、双子が受け取った財産すらも、兄姉で分けることができると考え協議したのか。或いは双子が聞きつけたのかもしれない。
ある冬の日、兄姉に怒られ薄着のまま庭に放り出された双子。周辺の住民が目撃している。怒られる前、やはり兄姉は双子の殺害計画を話していたと思われる。
聞いていた双子に狂暴性のある男性人格が現れた。
台所に行きフライパン鍋に油を入れ、火をつけた。自宅は寒いため、台所と茶の間は、ドアで仕切られていた。
30分、1時間くらいしてからだろうか、家の中から火が上がった。
もう、大人になった兄姉だ、通常なら逃げられないわけがない。
ところが、兄と姉は、いつも双子を外に出すと、家の至る場所に鍵を掛けた上に、外から開けられないようアルミ製の雨どいを中に取り付け、玄関すらも動かないようにアルミ板を張っていた。ガラスを壊しても無駄だった。中に入ろうにも時間がかかる。
絶対に双子が中に入れないようにした仕掛けが、自分たちの首を絞めた。
家は全焼し、兄姉たちは焼死した。
双子は、元の人格に戻っており、兄と姉を泣きながら呼ぶ双子の声が響いた。
その後、財産は双子のものとなった。別人格が出ることは殆どなくなった。
極稀に、理不尽に苛められたときくらいだろうか。目つきが変わり、言葉が変わるのは。誰も双子が解離性同一性障害と気付かず、現在に至る。
神崎がやるせない、といった面持ちでタブレットを仕舞う。
「彼らを犯罪者とみるのかどうか、僕には自信がない。此処まで壮絶な人生で別人格を作らないと生きていけないほど切羽詰まっていた。誰が彼等を責められるっていうんです?」
「この事件は、全て確たる証拠がないから被疑者として捕えても刑法第39条における責任無能力が証明できるか否か、だ。出火時の状況を考えると、双子は外で震えていたという多くの目撃証言がある。親の自死事件は既に自死と断定され、常々周囲から双子への同情は多かったらしい。事実が何であったにせよ、せめて、こういう事例が減るような世の中にしないといけないだろうな」
課長の言葉に、麻田、須藤、和田も同意見だった。皆、深く頷いた。