序章
サイコパス。
この言葉を目にして、或いは耳にして、どのような光景や人物像を思い浮かべるだろう。
殺人、犯罪者、反社会的行動。そういった概念が一般的かもしれない。
ご存じだろうか。
サイコパス達は、現在も普通に、元気に暮らしている。
そう、殆どが。
彼らは決して反社会的でもなく、犯罪者になり得るような人間ではない。ただ少しだけ、通常の人間と違う心理をその片隅に宿すのみである。
心理学的に、ある意味において共通したサイコパスの定義がある。
「良心の欠如、他者に対する思いやりの欠如、他者を平然と見下す心。冷淡な心の持ち主にして、平然とつく嘘。その嘘は慢性化し、罪悪感も後悔の念も皆無。自尊心が過大で自己中心的、自分勝手に欲しいものを奪い、好きに振舞う、無慈悲でエゴな人間」
ところが現実はどうか。
一見では到底判り得ないのが通常で、一人きりでいる無口な人間でもなく、常常周囲から疎まれるような行動をとることもない。極々一般的な、ありふれた人間像。一般社会に溶け込んでいるかのように見える彼らは、口達者で表面的にはとても魅力的なのだという。
普段はきさくで明るい人。それが多くのサイコパスに共通する外見である。
そう。あなたの隣で、あなたの向かいで、明るく笑う。その人こそが、本当はサイコパスかもしれないのだ。
もしかしたら、あなたの隣にも、サイコパスがいるかもしれない。
警察庁刑事局特殊犯罪対策部サイコロジー捜査研究課。
サイコパスの犯罪を心理学的観点から検証し、警視庁及び各道府県と情報を共有、日本の警察機構が未だ成し得ていない反社会的行動=サイコパス犯罪を未然に防ぐ手法を確立することを目的として設置された部署である。
物的証拠を収集し犯人検挙に奔走するのが捜査一課や鑑識課、科学捜査研究所であるとするならば、サイコロジー捜査研究課は物的証拠の無い事件で、事件前から事件後に及ぶ犯人の心理プロファイルを取り纏め、捜査本部に情報提供する。
その他、未解決事件における犯罪者の心に潜む行動心理から事件にアプローチし、同一犯罪の起こり得る可能性を見極め、連続した事件に発展するのを防止する。いわば、表に出る捜査部隊がハードとするならば、サイコロジー捜査研究課はソフト。お互いが背中合わせとなり、科学捜査の一助を担う存在とも言えよう。
犯罪心理、行動心理、認知心理、児童心理、発達心理、臨床心理、等々。課の全員が、入庁前から何らかの形で心理学に携わり、入庁後も心理学的観点から各地で事件解決に尽力した精鋭たちだ。
精鋭という、インテリジェンスを感じさせずにはいられない扇情的アピール。外国映画の日本バージョンを彷彿とさせるキャッチコピー。日本人が不得手とされる横文字を効果的に使用したセンセーショナルな触れ込みにより、昨年開設された新部署である。
果たしてその実情は。
どうしようもない心理通の集合体というお粗末なピエロの軍団であり、日中はのんびりとタブレットやパソコンを眺めながら、過去のデータを洗い出し、これといった特徴も無い事件に関わるサイコパスのプロファイルを述べ続ける毎日が続く。
警察庁内では、「サイコロ課」と呼ばれ変人扱いされている国内各地のプロファイラー。
そのメンバーは、5人。
和田透、(わだとおる)、28歳。
自他ともに認める北国のシャーロキアン。
弥皇南矢、39歳。
気障で素性の知れない独身アラフォー男。一説には、とんでもない金持ちという噂もあるが真実を知る者はいない。
佐治嘉元、46歳。
奥方と娘から疎まれながらも、人には言えない可哀想なお父さん。
麻田茉莉、41歳。
美女にして猛者、T大出身お一人様。今でこそ独身驀進中だが、密かに弥皇との噂も耳にする。和田情報では、限りなく「クロ」
市毛那仁、55歳。
課長。唯一の警察庁出身者だが出世欲など皆無。妻がいるが、どうやら市毛妻と上層部の間には何かしら繋がりがあるらしいとの、和田情報あり。






