彼女との会話にブラックコーヒーは欠かせない
「ねえ、知ってる? お互いに一目惚れしたカップルって、未来永劫幸せになれるんだって」
喫茶店のテーブル席に座る僕の目の前でガトーショコラを頬張る彼女は、なんだかとても嬉しそうだった。
「本当に? そんなの聞いたことないけど」
僕は手にしたコーヒーカップを口に運びながら鼻で笑った。
ブラックコーヒーの苦みが口中に広がる。
「あー、信じてないな!」
彼女は少し怒り気味に、でもちょっと楽しそうにむくれた。
その表情がとても可愛くて、僕は思わずコーヒーを噴き出しそうになってしまった。慌てて口元をおさえ、ごくりとコーヒーを喉に流し込む。
ホッと一息ついて、僕は言った。
「信じてなくはないけど……。未来永劫っていうのがちょっとね。なんだか非現実的で」
「もう。ロマンがないんだから」
「現実主義者って言ってほしいな」
パクパクと大きな口を開けてガトーショコラを頬張る彼女を半ば感心しながら見つめる。
こうした喫茶店で人の目を気にせずガツガツとスイーツを食べる姿は、なぜかとてもキュートに見える。
「じゃあさ、私の嫌いな部分を言ってみて」
彼女はおいしそうに顔を綻ばせながらそんなことを聞いてきた。
「嫌いな部分?」
「リアリストのあなたなら、私の嫌な部分とか見えてるでしょ?」
「そんなの、ないよ」
「ええー? 4年も付き合ってるのに?」
「“まだ”4年だよ」
未来永劫に比べれば、4年なんてほんの一瞬だ。
そりゃあ大学時代に出会ってから就職を経ての4年間といえば長くていろいろあったけど、全部楽しい思い出しかない。
嫌な部分を見つけることのほうが難しい。
「そうね、“まだ”4年よね」
「そういう君はどうなの? 僕の嫌な部分とかあるんじゃないの?」
「うーん、ロマンチストの私としては、ひとつだけあるかな」
その言葉に、内心ドキッとする。
いつも甘えてすり寄ってくる彼女は、心底僕のことが好きなんだと思っていた。
だから期待していた回答と違って少し動揺する。
「あ、あるの……?」
震える声で尋ねる僕に、彼女はいたずらっぽく笑った。
「ええ、あるわ」
「ど、どんなところ?」
「えー。言いたくないなあ」
「教えてよ。直すから」
「無理よ、絶対直らないもの」
直らない、と言われて僕はムキになる。
「直すさ。リアリストが嫌いだったら君に合わせてロマンチストにもなるし、未来永劫の幸せを望むなら、君を永遠に幸せにしてみせる!」
「それ本当?」
「本当」
真剣な表情を向ける僕に彼女は「じゃあ教えてあげる」と言った。
「あなたの嫌いなところはねえ」
「うん」
「嫌な部分がひとつもないところ」
「へ?」
思わず、間の抜けた声を出す。
「それ、どういう……」
「つまりあなたは私にとって完璧だってこと。ひとつくらい欠点があればいいのにっていつも思ってる」
その言葉に僕は「はああああぁ」と大きなため息をついた。
なんてこった。騙されてしまった。まさかそんな回答をされるとは思ってもいなかった。
「ふふ。安心した?」
「安心した」
安堵の想いと共に、コーヒーを口に運ぶ。
口の中が苦みでいっぱいになる。
僕が彼女と会話をするたびにブラックコーヒーを求めるのは、目の前に彼女がいるからなんじゃないかとふと思った。
「それよりも、あなたがさっき言ったことなんだけど……」
「なに?」
「未来永劫の幸せを望むならって言葉……」
「ああぁぁ……」
僕はカチャンとコーヒーカップをソーサーに置いて頭を抱えた。
なんだか恥ずかしい。一人で誤解して必死になって。我ながら滑稽だ。
チラッと見ると、彼女は何かを期待する眼差しでこっちを見ていた。
僕はちょいちょいと彼女を手招きした。
ぐい、と顔を近づける彼女。その耳元でそっとささやく。
「わかった、約束する。僕は未来永劫、君を幸せにします」
彼女は顔を近づけたまま、嬉しそうに笑った。
「それって、プロポーズ?」
「う、うん……」
僕は恥ずかしくてうつむいてしまう。
何もこのタイミングで、とは思うけれど、彼女の何かを期待している眼差しを裏切りたくはなかった。
彼女はとても嬉しそうに顔を真っ赤にさせて僕の耳元で同じようにささやいた。
「ありがとう、嬉しい」
「それ、オーケーということでいいの?」
「もちろん」
僕と同じように恥ずかしそうにうなずく彼女がものすごく可愛くて、心の中で悶えてしまう。
すぐにでも目の前の彼女を抱きしめたいという衝動を必死におさえた。
でも今は我慢しよう。
それは帰ってからいくらでもできるから。
「あ、それから」
彼女はさらに耳元でポツリとつぶやいた。
「私も未来永劫、あなたを幸せにします」
その言葉に、僕は慌ててコーヒーカップに手を伸ばす。
けれど、もはやブラックコーヒーの苦さは彼女の甘い言葉にはかないそうもなかった。
おそらくこれから先、僕はもっと苦いものを求めるようになるだろう。
お互いに一目惚れしたカップルは、未来永劫幸せになれる。
それはきっと真実に違いない。
お読みいただき、ありがとうございました。
※こちらは「一目で恋に落ちる春」企画参加作品です。と言いつつ春の描写がなくてすいません。