表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

恋愛もの

彼女との会話にブラックコーヒーは欠かせない

作者: たこす

「ねえ、知ってる? お互いに一目惚れしたカップルって、未来永劫幸せになれるんだって」


 喫茶店のテーブル席に座る僕の目の前でガトーショコラを頬張る彼女は、なんだかとても嬉しそうだった。


「本当に? そんなの聞いたことないけど」


 僕は手にしたコーヒーカップを口に運びながら鼻で笑った。

 ブラックコーヒーの苦みが口中に広がる。


「あー、信じてないな!」


 彼女は少し怒り気味に、でもちょっと楽しそうにむくれた。

 その表情がとても可愛くて、僕は思わずコーヒーを噴き出しそうになってしまった。慌てて口元をおさえ、ごくりとコーヒーを喉に流し込む。


 ホッと一息ついて、僕は言った。


「信じてなくはないけど……。未来永劫っていうのがちょっとね。なんだか非現実的で」

「もう。ロマンがないんだから」

現実主義者リアリストって言ってほしいな」


 パクパクと大きな口を開けてガトーショコラを頬張る彼女を半ば感心しながら見つめる。

 こうした喫茶店で人の目を気にせずガツガツとスイーツを食べる姿は、なぜかとてもキュートに見える。


「じゃあさ、私の嫌いな部分を言ってみて」


 彼女はおいしそうに顔を綻ばせながらそんなことを聞いてきた。


「嫌いな部分?」

「リアリストのあなたなら、私の嫌な部分とか見えてるでしょ?」

「そんなの、ないよ」

「ええー? 4年も付き合ってるのに?」

「“まだ”4年だよ」


 未来永劫に比べれば、4年なんてほんの一瞬だ。

 そりゃあ大学時代に出会ってから就職を経ての4年間といえば長くていろいろあったけど、全部楽しい思い出しかない。

 嫌な部分を見つけることのほうが難しい。


「そうね、“まだ”4年よね」

「そういう君はどうなの? 僕の嫌な部分とかあるんじゃないの?」

「うーん、ロマンチストの私としては、ひとつだけあるかな」


 その言葉に、内心ドキッとする。

 いつも甘えてすり寄ってくる彼女は、心底僕のことが好きなんだと思っていた。

 だから期待していた回答と違って少し動揺する。


「あ、あるの……?」


 震える声で尋ねる僕に、彼女はいたずらっぽく笑った。


「ええ、あるわ」

「ど、どんなところ?」

「えー。言いたくないなあ」

「教えてよ。直すから」

「無理よ、絶対直らないもの」


 直らない、と言われて僕はムキになる。


「直すさ。リアリストが嫌いだったら君に合わせてロマンチストにもなるし、未来永劫の幸せを望むなら、君を永遠に幸せにしてみせる!」

「それ本当?」

「本当」


 真剣な表情を向ける僕に彼女は「じゃあ教えてあげる」と言った。


「あなたの嫌いなところはねえ」

「うん」

「嫌な部分がひとつもないところ」

「へ?」


 思わず、間の抜けた声を出す。


「それ、どういう……」

「つまりあなたは私にとって完璧だってこと。ひとつくらい欠点があればいいのにっていつも思ってる」


 その言葉に僕は「はああああぁ」と大きなため息をついた。

 なんてこった。騙されてしまった。まさかそんな回答をされるとは思ってもいなかった。


「ふふ。安心した?」

「安心した」


 安堵の想いと共に、コーヒーを口に運ぶ。

 口の中が苦みでいっぱいになる。

 僕が彼女と会話をするたびにブラックコーヒーを求めるのは、目の前に彼女がいるからなんじゃないかとふと思った。


「それよりも、あなたがさっき言ったことなんだけど……」

「なに?」

「未来永劫の幸せを望むならって言葉……」

「ああぁぁ……」


 僕はカチャンとコーヒーカップをソーサーに置いて頭を抱えた。

 なんだか恥ずかしい。一人で誤解して必死になって。我ながら滑稽だ。

 チラッと見ると、彼女は何かを期待する眼差しでこっちを見ていた。


 僕はちょいちょいと彼女を手招きした。

 ぐい、と顔を近づける彼女。その耳元でそっとささやく。


「わかった、約束する。僕は未来永劫、君を幸せにします」


 彼女は顔を近づけたまま、嬉しそうに笑った。


「それって、プロポーズ?」

「う、うん……」


 僕は恥ずかしくてうつむいてしまう。

 何もこのタイミングで、とは思うけれど、彼女の何かを期待している眼差しを裏切りたくはなかった。

 彼女はとても嬉しそうに顔を真っ赤にさせて僕の耳元で同じようにささやいた。


「ありがとう、嬉しい」

「それ、オーケーということでいいの?」

「もちろん」


 僕と同じように恥ずかしそうにうなずく彼女がものすごく可愛くて、心の中で悶えてしまう。

 すぐにでも目の前の彼女を抱きしめたいという衝動を必死におさえた。

 でも今は我慢しよう。

 それは帰ってからいくらでもできるから。


「あ、それから」


 彼女はさらに耳元でポツリとつぶやいた。


「私も未来永劫、あなたを幸せにします」


 その言葉に、僕は慌ててコーヒーカップに手を伸ばす。

 けれど、もはやブラックコーヒーの苦さは彼女の甘い言葉にはかないそうもなかった。

 おそらくこれから先、僕はもっと苦いものを求めるようになるだろう。



 お互いに一目惚れしたカップルは、未来永劫幸せになれる。



 それはきっと真実に違いない。



お読みいただき、ありがとうございました。


※こちらは「一目で恋に落ちる春」企画参加作品です。と言いつつ春の描写がなくてすいません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 今日も、今日もなんて破壊力なんですかーー!!! やだー!!もう、喫茶店でとか!! きゃーー耳元でとか!!! だめーーー!!! 悶死ーーー!!! ゴロゴロゴロゴロゴロ!!!!
[良い点] こんばんは。またまたお邪魔します。 読み終えて、第一声 「あ」 少しして、第二声 「ま」そして、促音(「っ」) どこが現実主義者なんですか、 彼女の甘さにブラックコーヒーって、 「…
[一言] たこすさんの短編は相も変わらずあまあまですな。 ブラックコーヒー飲みすぎ注意です。 胸がドキドキしたらそれは、彼女のせいじゃなくてカフェイン中毒かも知れません(笑)。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ