21 エピローグ
月形コマチは病院で目を覚ました。
地下の基地で巨大な爆発に巻き込まれたことまでは覚えていた。
その後、一体どうして地上に逃げ延びたのか、覚えていなかった。
爆発に巻き込まれ、救急車のサイレン音を聞くと同時に、月形コマチは意識を失い、気が付くと病院に居た。
月形コマチは一人だった。一緒に居たはずの黒いコートの男と、左目の無い少女の行方は知らなかった。
看護婦が入ってきた。
「点滴をします。警察の方が、事情を聞きたいと言って来ています。容態が安定しているようですから、構わないと思いますが、どうします?」
初対面の見知らぬ看護婦は、点滴の準備をしながらコマチに尋ねた。
――警察……事情聴取……。
何か、悪いことをしただろうか。目覚めたばかりで、思考が働かなかった。
看護婦が点滴用のパックをセットし終え、注射の針を確認した。
ベッドの中に手をいれ、月形コマチの腕を取った。
「私……どうしたんですか?」
「覚えていないんですか?」
看護婦は、半ばあきれたかのように、あるいは失望したかのように言った。
「はい……気が付いたら、倒れていたんです」
嘘はついていない。あの時起こった目まぐるしい事件は、実際に理解できていなかった。まるで、狐に化かされたような気分だ。
「それでも、警察の方の質問を受けていれば、何か思い出すかもしれません。警察を通してもいいですね?」
看護婦の持つ注射針が近づいてきた。
病室の外に、黒い影が立った。
「待ってください……注射、嫌いなんです」
「子供じゃあるまいし。ちょっと痛いだけですよ。点滴を打てば、元気になります」
嫌な感じがした。看護婦は、有無を言わせなかった。
「嫌です。元気になんてなりたくない」
自分でも、どうしてこんなに拒否しているのかはわからなかった。注射が嫌いだというのは嘘だ。どうしても、看護婦を信用できなかった。
「何を言っているの? 大丈夫?」
看護婦の声が上ずる。
コマチは扉に向かって叫んだ。扉の外にいるはずの人物に叫んだ。
「警察の人、外にいるんでしょ! 入ってきて! この人、私に針を刺そうとしているの!」
看護婦の顔つきが変わった。単純に腹を立てているのかもしれない。だが、それだけにも思えなかった。
「先に精神病院にいかなくちゃならなくなりますよ」
「そうでもない」
聞き知った声だった。重く、深い声だ。こういう声を聞くとき、近くで誰かが死んだのを覚えている。
「エヌエト!」
病室の前に居た影が消えていた。外にいたのは警察ではなかった。この男だったのだ。
「やはり運がいいな。生存本能とでも言えばいいのかな」
エヌエトは相変わらずの黒いコートを着ていた。
かちり、と鉄の鳴る音が聞こえた。
看護婦が床に倒れる。
「……殺したの?」
「コマチを殺そうとしていたからな。ゼロ課の秘密を狙っている連中の手先だ。警察にゼロ課の情報が流れると、困る連中が多い。動けるか?」
「……うん。いや、やっぱり駄目」
布団の下には、包帯以外何も着ていないことに気が付いたのだ。
「痛むのか?」
「ううん。でも……駄目」
「いつまでもここには居られない。動けなければ、俺が運ぶ」
エヌエトに強引に布団をはがされた。
月形コマチは枕を投げつけた。エヌエトはさすがに察したらしく、視線を外して看護婦の着ていた服をはがし、月形コマチに投げつけた。
「エンドルフちゃんは?」
死体の服でも、着ないわけにもいかない。我慢して袖を通しながら、月形コマチは尋ねた。
「元気だ。コマチに会いたがっている」
「あれから……どれぐらい経ったの? 私、ずっと寝ていたから……」
「三時間だな」
「……ついさっきね」
服を着ると同時に、エヌエトが振り向いた。タイミングが良すぎる。覗いていたのだろうか。
月形コマチが不審に思ったのを知っているのかどうか解らないが、エヌエトは今度こそ抵抗を許さず、月形コマチを抱き上げた。
「自分で歩けるから」
断ろうとした。
「誰が歩いて出ると言った?」
月形コマチは、病院の五階から飛び降りるという体験を強要された。
地下組織は無数にあり、月形コマチはエヌエト、扇エンドルフと共に、かつてゼロ課で活動していた特殊な能力者たちと戦う運命に飲み込まれた。
完結です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




