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2 休暇中のはずなのに

 日本帝国化法人ゼロ課というのが、七号のコードネームを与えられたエヌエトの所属する組織である。

エヌエトというのは正式な名であるが、戸籍はない。組織の目的は日本に対する利益の追求であり、日本に存在する独立行政法人である。

ただし、やや通常の組織より、行政の裏側に深く関わることが多い。そのため、ゼロ課が昔から存在する。

 ゼロ課の正体は極秘とされている。特に数字つきと呼ばれる始末役の特殊工作員は、存在さえ隠されている。


 エヌエトは地中海を見下ろしていた。

小高い丘の上に、四号と呼ばれたゼロ課の捜査官の墓があった。

ゼロ課に所属する者は、一切の経歴を抹消される。

その代わりに得るものも多い。

国籍は存在せず、任務に応じて何人なんびとにもなれる。組織の目的は、名前の通り日本の帝国化であるが、外部からの依頼でも活動するゼロ課は、上部組織とは関係なく各国の信頼を得ていた。

日本のゼロ課であることを証明すれば、たいていのことは許された。

 その代わり、命の保証は常に無い。

 地中海を見下ろせる場所に埋めて欲しいというのは、四号の遺言だった。

本来の名前は最後まで知らないままだった。

手にしていた花束を、エヌエトは放った。供えるのは、四号に相応しくないような気がした。

ほんの少し接触しただけだったが、唇を奪われ、逆にエヌエトは命を奪った。


 丘の上から花束が舞い落ちる。エヌエトは、墓碑銘すら刻まれていない簡易な墓に背を向けた。

 携帯電話が懐で震えた。

 電話に応じる気分ではなかった。だが、本部からだ。着信を知って対応しなかったことがわかると、それだけで命を狙われることになりかねない。

「休暇中だ。定時連絡の時間ではないはずだ」

『緊急事態だ』

 聞き知った声だった。

 ――よりによって、Fからとはな。

 ゼロ課の責任者である。重大事件以外にはあり得ないことだった。

「他の捜査官を派遣したらどうです? しばらく休暇が欲しいと言ったでしょう。Fも許可したんだ。もう……銃は握りたくない」

『二度と、とは言わないだろうな』

 ゼロ課の捜査官は、自らの意思で辞めることはできない。

やめるときは、自由を失うことになる。だからこそ、捜査官でいつづけるかぎり、莫大な報酬が与えられるのだ。

「ああ。だが、しばらくは御免だ」

『人を殺すのが君の才能だ。早く思い出すことだ。その才能を買われたんだぞ』

「だからといって、仲間を殺して平気でいられるほど冷酷になるつもりもない」

 携帯電話を懐にしまい、専用の通信装置を耳に入れながら、エヌエトは歩いていた。一方的に電話を切ることができる相手ではない。

『そうだろう。なら、今回の事件も放っては置けないはずだ。危機に陥っているのは、我々の仲間になるはずの少女だ』

「このまま、事件のことを話すのか?」

 ゼロ課から直接かかってきている段階で、一般の電話回線ではない。ただし、傍受される危険は付きまとう。

電話の向うで、Fが笑いながら言った。

『説明を受けろ。引き受けると思っていた』

「引き受けたわけじゃない。どうせ、拒否もできないのだろう」

 笑いながら、Fは電話を切った。緊急事態だと言いながら笑っているのは、エヌエトがしくじることを考えていないからだ。


 墓のある丘を下っていくと、一般車道に黒塗りの車が止まっていた。扉が開き、まだ若い女が姿を見せた。

二〇歳にはならないだろう。死線をくぐり続けているエヌエトからは、幼いとさえ見えた。

「月形コマチです。七号さんですね」

「コードネームは?」

「ありません。私は、ゼロ課所属ではありません」

 月形コマチと名乗った少女は、手の中に突然薙刀を生み出した。日本古来の武器である。先端をエヌエトに向けようとしていた。

「戦う才能に恵まれているらしいな。だが、それだけだ」

 薙刀を持つ手を上から掴み取り、ねじ上げる。薙刀が消えた。別の手に出現する。振り回すまでもなく、エヌエトが足で踏みつけた。

「た、試しただけです。本当に七号さんかどうか、確認するために……」

 情けない声を出す。エヌエトは少女の体を探り、持ち物を確認した。

「お前こそ、本物らしいな。俺が偽者だと疑っていたなら、名乗ったのは間違いだろう」

 身分証には、『月形コマチ』とある。

「これから、気をつけます」

 エヌエトは月形を車の後部座席に押し込め、運転席に座った。

 月形に運転を任せなかったのは、月形コマチという人物を信用していないからではない。

信用していないのは事実だが、月形の正体を疑っても仕方がない。信用していないのは月形の腕であり、無用心に数字つきであるエヌエトと接触しようとした態度そのものである。

 エヌエトは自らハンドルを握った。

 その判断は、すぐに正しいものだった実感することになった。


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