Part8 リシィと里石
前半は過去話です。前後編に別れてます。
夜営も前後編になってます。
私は元々は日本の生まれだ。日本名、霧崎里石。ほんの少しだけ裕福な家に生まれ、親の愛情を注ぎ込まれてきた。しかし、愛情に溺れることもなく、真面目で物覚えの良い娘に育った。
私には、妹が1人いた。里花という名前で、いつも臆病だった。私の影にいつも隠れていて、自分から何かを起きそうとはしなかった。しかし、人付き合いが苦手という訳ではなく、友達もそれなりにいた。
そして小学生になり、中学生になり、高校生になった。そんな高校2年のある日、事件が起こった。
里花が、何者かに誘拐されたのだ。学校帰りに、連れ去られたらしい。
私はそれはもう必死に探した。両親と一緒にチラシも配った。聞き込みもした。それでも、一向に見つからないまま、時間だけが過ぎ去っていった。
何ヵ月も経って、突然事態は解決に向かった。犯人は日本にはいなかった。アメリカに逃げていたのを、偶然近場に住んでいた海兵隊の隊員が捕獲したのだ。
私はその時両親に連れられて、件の海兵隊員に話を聞いた。
あの時は再び里花に会えて嬉しさの余り箍が外れていたのかもしれない。自覚もおそらく、なかったのだろう。
――通訳越しで日本語で会話していたはずが、気付けば隊員と2人で流暢な英語で話していた。
高校では教師顔負けの英語を話していた私だが、その本質は『異文化理解力の高さ』だ。
里花は一応守られた部分もあったが、汚された部分もあった。犯人の動機が『可愛い少女を奴隷にしたかった』という意味不明なものだったからして、まともに帰ってくる可能性はなかった訳だ。
しかし、悪いことばかりが訪れる訳ではなかった。
隊員と対等に話せていたのが幸いしたのだろうか。卒業の少し前になって留学の話が飛び込んできた。
私は一も二も言わず即座に承諾した。
だが、そこで一つ問題が起こった。
里花が、強硬に反対したのだ。里花は私に離れてほしくなかったらしい。それでも留学に行こうとした私の意思に里花はついに折れた。折れたように見えた。
しかし、里花は更に斜め上を行った。
『私も留学させて!』
親も大慌てで止めようとしたが、余りの決意の高さに私も思わず説得に参加して、紆余曲折の末親を説き伏せた。
その後の行動は早かった。ホームステイ先に人数が増える旨を伝え、里花の分のパスポートや旅券を手配してもらった。ホームステイ先からは歓迎すると言われ、準備は整った。
私と里花は、アメリカへ飛んだ。
アメリカに着いてからは何もかもが新しかった。とにかく全てがだだっ広い。歓迎会で出された料理の量は余りにも過剰だったのに、それを平然と平らげたアメリカ人の一家。米よりパンがメインの食事。
逆にこっちがしたこともある。日本食を里花が出したり、一家全員でトランプをしたり。とても楽しい日が続いた。
……少し悔しかったことは、『里花』は『リカ』と普通に呼ばれていたのに、『里石』は『リシィ』と微妙なニックネームで定着してしまったくらいか。
里花も英語が話せるようになっていた。1ヵ月も経てば、雑談に普通に参加できるくらいには話せた。どれだけ努力したのか分からなかったのだが、そのことは里石にとっても嬉しかった。皆でほのぼのと話せるのが楽しかった。
渡米から2ヵ月が経ったある日。ホームステイしている家の父親――里石と英語で話し合った海兵隊員だ――が、軍人の養成学校に行ってみないかと誘ってきた。顔を出して見てから決めると保留させたものの、正直乗り気ではなかった。
そんな否定的な考えは当日に跡形もなく消し飛んだ。
とても楽しそうに活動している訓練兵。厳しく扱きながらも生き残るための技を教える教官。
私にはその関係が、今までの18年の決して長いとは言えない人生の中で最も魅力的に映った。
だからこそ、躊躇いなくこう言った。
『是非私をここに入れさせてください』
連れてっただけなのに突然低姿勢で来られたのは堪えたのだろう。軍人らしくない慌てっぷりに全員が笑った。訓練兵達はその後存分に『教育』されたようだが。
更に、里花は通信兵として志願したいと言ってきた。私としても妹が近いところにいればとても心強い。父親はそれに満足そうに頷いて、入学手続きをしてくれた。もちろん、保護者名義はホームステイ先の父親だ。私も里花も、各々が署名すべき場所に自分の名前を書き込み、その数日後から実際に通い始めることになって――。
「交代の時間ですよ、隊長」
まだ少しおぼろ気な意識のまま周りを見渡せば、街灯のない夜空と微かに響く森の囀り。
時間は深夜、夜営地での交代時間だ。
結局さっきはあのまま全行程の7割を走破し、安全を第一に考えて一晩夜営をすることになっていた。
「……ああ、すまない。少し寝過ぎていたようだ」
簡素な毛布を剥いで立ち上がり、一つ大きな伸びをする。かなり肌寒い風が吹いていたが、軍服を着ている私達には無関係だった。
「疲れているなら代わりましょうか?」
「いや、そこまでは必要ない。そのまま寝てくれ」
「了解です、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
夜営の時のいつも通りの挨拶を交わし、ライフルを持ちながら輸送車の上によじ登る。周囲が一望できるこの場所で、一人夜空を見上げる。
「星が、綺麗だな」
ボソッと呟いたそばから風に掻き消されていく。夜闇に瞬く星々は、物思いに耽る少女を静かに照らしていた。