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ナインのお話






面白い人だなぁ、とは思っていたのですよ。

コロコロ変わる表情に悪人になりきれない人の好さ、うまく出世に利用できそうだなぁとは思っていたのですが。



「あ、ゲミュートだ! こんにちは!」


「まーたお前か、こんどはなにしにきやがった」


「いらっしゃい」


「こら、クランケ! 皿を持ったまま走るな、密輸犯! アーベントを引きずって移動するなー!」



突然家族が三人増えて、彼は戸惑っていると同時になんだか乾いたエリート街道よりもすごく充実して、嬉しそうで。



私と彼は仕事上の同僚です。ちなみに私の中では同僚とは踏み台と同義です。

だから絶対に言ってやらないのですよ。




私が誰かと一緒にいる事に憧れて、なおかつあなたの状況をうらやんでいるなんて。





『そこのバイク、止まりなさい。繰り返します。止まりなさい』



寂れた街のとある裏通り。けたたましいサイレンの音と共に、追われるバイクが一台。



「ばっかやろう、止まれと言われて止まる馬鹿がどこにいるんだ!」



後部座席に座る少女……正確には、その髪から生えた白蛇が後ろに向かって舌を出した。



「バウム、今更それを言ったとしてもあの人達には他に言い様がないと思うわ」



悪態をつく白蛇を、本体である少女がたしなめた。しっかりと抱えた小包のせいか、黒髪と白蛇は顔にくくりつけたアイマスク同様風に吹かれるがままにしている。



「なーなー、バウム、アーベントぉー」



そんなやり取りを、前で運転していた少年が呼び止めた。つぎはぎだらけの顔が見事なまでに後ろを向く。



「うぉおい、前見ろ前、危ねぇだろが! どうしたクランケ」



少年の名を呼んで注意した白蛇に頷いた後、前に向き直った少年があどけない声で尋ねた。



「道まちがえたんだけど、どうしよう?」


「は……」


「クランケ。前、行き止まりだわ」


「あー、ホントだ!」



複数の叫び声と派手な爆音が聞こえたのは、その数秒後の事だった。





この世界では、『イヴァン』という物質と物質を融合させる電磁波を出す鉱石が存在する。


まだ謎も多く、その厄介な性質のせいで危険も多い。

イヴァンの研究と国の取り締まりを同時に行っている『ポリストリー』という、世界最大の組織が存在することからもイヴァンの危険度が分かってもらえるだろう。


そして俺、ゲミュート・マナーはポリストリーに所属しながらもイヴァンの被害を被ってしまった哀れな研究者の一人である。

同僚と共に密輸犯の取り調べをしている途中、密輸品の一つだったイヴァンが暴発。

膨大な量の密輸品と蛇の血が混ざった密輸犯、そしてていよく免れた同僚とは違い、逃げられなかった俺が巻き込まれた結果生まれたのが……




全ての行程を示してくれる万能ナビゲーター搭載、いかなる物質も意志次第で自在に引き寄せる磁石少年。



元人型密輸犯、喋れる白蛇を髪にくっつけた透明人間少女。



そして触覚のオプション付き、気分次第で百万ボルトの電撃も余裕で放てる不運な研究員……





所有権がポリストリーにあった多額の密輸品の弁償のため、長期休暇をとらされた俺は坊ちゃん嬢ちゃんおまけに白蛇密輸犯の世話までしながら今日も金稼ぎに明け暮れるのだった。


そして現在、酒場で働いている俺の目の前には当時現場のど真ん中にいたくせに何故かイヴァンの影響を受けなかった元同僚、ナイン・ノルマルがいる。

貼り付けたような笑みを奴が浮かべると、顔の左半分に施されたドクロの入れ墨がくしゃりと歪んだ。

パンク調のファッションに無理やり羽織った白衣、例の暴発事件を機にがらりと変わった奴の嗜好は今日も絶好調のようである。



「お疲れ様です。今回もうまく依頼をこなしてくれましたね」


「情報の行き違いでポリストリーに追い回された挙げ句、バイクで特攻して街を大破させたのが『うまく』と言ってんのなら、俺はお前の思考を疑うよ」



ナインの後ろには正座三十分の刑執行中のつぎはぎ少年、クランケの姿。

半泣きになっている顔に良心が咎めるが、こう毎回物を壊されていてはたまらない。そろそろ常識を覚えて貰いたいものだ。

ナインは声をあげて控えめに笑うと、腕の中に収めていた物をポンと叩いた。



「いえいえ、それでも依頼した物はこうして届けてくれた訳ですから。あなた方にしては上出来ですよ」


「そりゃどーも」



ナインが持っているのは手のひらに収まるほどの小さな小包。

今回奴に頼まれたのは、ポリストリー隣支部のとある人物からそいつをナイン・ノルマル個人へ渡す事だった。

ナインは時折ポリストリーが忙しくて手を回せない事件をこちらに依頼してくる。これまでそれらを人様の迷惑にならないよう完璧に遂行した試しは一回たりとしてないが、それは俺のせいではない。断じてない。



「それでは、予定の物も手に入りましたのでこれで。報酬はいつもの口座に振り込んでおきます」


「おう。街の弁償費も上乗せしてもらえるとありがたい」


「するわけないでしょう。きっちり提示した分だけ払わさせていただきます」



予想通りの容赦ないセリフに、俺は苦笑した。



ここまではいつもと全く違わない。

多少の悪態をつきつつ、ナインが扉の所で振り返って一礼し、そして出ていく。

だがしかし、扉の所で奴は振り返らなかった。



「そうそう、これから私忙しい事になりそうなので。しばらく依頼はしませんから、そのつもりでいてください」


「忙しく? 長期出張でも入ったのか」


「ええ、そんな所です。

たまには私の仲介無しにポリストリーの依頼を受けてみてはどうですか」


「いやいや、できる訳ねぇだろ。俺に関わってこようとする『オトモダチ』はお前ぐらいのもんだ」


「確かに。まあせいぜい生き延びて下さい」



奴は俺に背を向けたまま、その場を去っていった。


その後ろ姿に何とも言いがたい気持ちを覚えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。





「あのドクロ野郎が得体の知れねぇのはいつもの事だろうがよ」



ゴミ出しに行っていたアーベント、の髪にくっついた白蛇が呆れたように言った。



「いや、それはそうなんだが……なんか煮え切らなくてな」


「でも、最近ナイン・ノルマルの依頼は多いように感じたわ。依頼がしばらくないと言うのなら、それはそれでバランスがいいと思う」



べらべらくっちゃべっているだけの白蛇とは違い、グラス磨きをしてくれながらアーベントが呟いた。

言われてみれば確かに最近、奴からの依頼は多かった。

手帳を開いてこれまでに固まってこなしたナインの依頼を調べてみる。



一、ここ、ヘルザニアから北東十キロ先のハナマラ市まで伝染病の発生した地区から避難してきたカノン・ライラバッハ令嬢を送り届ける事


二、生産機械の異常で出来てしまった爆弾を調べるため、手の空いているポリストリー隣支部まで運ぶ事


三、そして今回、同じく隣支部のとある個人から小堤をナイン個人宛に渡す事。



確認してみれば二週間に四回も仕事を引き受けている事が分かった。

一でもあった伝染病の件でポリストリーの手が回らなかったのかもしれないが、確かに多すぎる。



「ナインはあそびに行ったのか?」



罰で足をしびれさせ、しばらく動けなくなっていたはずのクランケがひょっこりと顔を出した。



「いや、本人は長期出張のような事を言っていたがな」



奴の事だ、遊びという事はまずないだろう事を告げると、クランケはつまらなさそうに俺が書き出した仕事内容をめくっていた。



「ふーん、あそびならいっしょに行きたかったのに」


「おいおい、あのドクロと一緒にかよ」


「だって、仕事のやりとりしてるんだからゲミュートとナインはなかいいんだろ?」



苦虫を噛み潰したような白蛇の文句に、クランケは無邪気に言った。

そのセリフになにか引っかかりを感じる。


仕事のやりとり。そりゃ二週間に四回も依頼を受けているんだからクランケにしてみれば仲のいいように映るかもしれない。

だが、これはポリストリーの依頼をナインが仲介しているだけだ。そう言おうとして、俺は口をつぐんだ。



「本当にポリストリーの依頼だったのか……?」


「ゲミュート?」



よく考えてみれば、有り得ない話だ。ポリストリーが俺達に仕事を回してくるのは大抵が忙しすぎて細かな雑用に手が回らない時。爆弾や令嬢を運ぶ程の重要な任務なんてこれまでやった事がない。

百歩譲って人手が相当足りなかったとしても、三の件はなんだ。

隣支部からナイン個人に何を渡した?


いやな予感がする。



「クランケ、アーベント、それから密輸犯。ちょっと出かけてくる」


「あ、おい?」



この時の俺は相当暇だったか、相当血迷っていたのだろう。

よりにもよってナインなんぞのために普段なら絶対に行かないようなトラウマの巣窟に、つまるところポリストリーの支部に俺は向かったのだ。





かなり久しぶりに来る、ポリストリーヘルザニア支部。通りかかったある部屋で、俺は足を止めた。

壁は無機質な白一色、備品はなに一つとして設置されていないがらんどうな空間は心に少しばかりの孤独感を植え付ける。

例のイヴァン暴発事件があった部屋。言い換えればクランケとアーベント、そして密輸犯と初めて出会った場所になる。

そこは今誰も使っていないのか、がらんと一定の空間が空いているだけだった。


思えば俺の不幸が始まった感慨深い場所だ。借金を背負い、数か月が経つ。

その間クランケの暴走を止めたり、白蛇密輸犯の陰謀を阻止したり、アーベントに感謝したりナインに嫌味を言われつつ仕事を仲介してもらったり……


不幸かと聞かれればそうだと言い切れない所がなんとももどかしい。

俺は今や家族になってしまった輩と出会った場所を早足で後にした。




「ナイン・ノルマル氏は長期休暇中で、お取次ぎできません」


受付嬢はあっさりとそう言った。

触覚を隠すために帽子を目深にかぶった俺をかなり不審に思っている事だろう。


あれから。

こっそり調べてみた結果、四件の依頼の内半分はナインの独断による物だと分かった。

残りの令嬢と爆弾の件はナインが担当の事件だったが、どちらも俺達に頼むほどの状況ではなかった。

ちなみに調査方法は秘密である。


そして『長期休暇』の言葉。

無論俺の様な事実上クビのような物ではなく、奴が自主的に取ったものだろう。


明らかにおかしかった。

ナイン・ノルマルはバカンス等で上司の心証を悪くするような有給など取るような男ではない。

あくまで表は穏やかさを保ち、責任を他人に押し付け裏で誰にも悟られないように事を遂行する狡猾で喰えない大魔王のような奴だ。

別に事実を言っているだけでけなしている訳ではけっしてない。

つまり何が言いたいかというと、ナインが何かを企んでいるに違いないという事だ。

また。


大魔王と言えば、俺はふとナインのパンクファッションの事を思い出した。

裏で何かをするためには表で目立たない事が重要になってくる。

そんなナインが何故あんな目立ちまくりの髑髏の刺青をしたのか?

そういえばあれを初めて見たのは例のイヴァン暴発事件の直後だったような……


受付から離れつつ熟考していた俺の目に、緑の掲示板が目に入った。

ポリストリーの今後の予定や抱負などが書かれている。

その中でも特にでかでかと書かれていた言葉で、



『○月×日:伝染病地区殲滅開始』




俺は悟った。





「おいおい、帰ってくるなり旅支度ってどういう事だよ!」



帰宅後、大急ぎで必要な物を鞄に詰め込む。

ボヤボヤしている暇はない、掲示板に書かれていた日付はもうすぐそこだ。



「お前ら、以前に伝染病が発生したのは知ってるな?」



白蛇の言葉には答えずに尋ねる。



「カノンのいたとこではやったやつかー?」



送り届けたことで令嬢と仲良くなっていたクランケが元気よく答える。



「そうだ。あれな、今の技術じゃ抗体が製造できないらしくてその地区の感染源全てが殲滅されることに決定した」



が、その元気良さも俺の一言で瞬殺された。凍りついた雰囲気の中、アーベントが恐る恐る尋ねる。



「それは……病気にかかっている人も、という事?」


「全てだ」



別にその事に関して俺は反対意見はない。抗体が製造不可能な上に感染地区は広がるばかりで、時間ばかりが経過している。

まだ感染していない民間人の安全を考えればごく当たり前の判断だ。

少し、気に食わない方法ではあるけれど。



「そこに今から行ってくる」



俺の宣言は先ほどの言葉よりも更に度肝を抜いたらしく、三人はしばらく全ての動作を止めた。

堰をきったように疑問や反論が三人の口からあふれ出てくる。



「そりゃ一体どういう事だ! 自殺しに行くつもりか!」


「ゲミュートはあそびにいくのか?」


「ばかやろ、違うに決まってんだろ!」


「仕事で……殲滅を手伝う、とか?」



が、その騒ぎも俺が首を振る事でピタリと収まってしまう。



「俺の独断だ。本気で首が飛ぶかもしれんし、下手すると伝染病に感染するかもしれん。

お前らの世話の引き継ぎはしておいた、俺が帰ってこなくてもよろしくやってくれ」


「何のために行くつもりだ。理由くらい教えてくれたっていいだろうが」



俺が本気らしいという事を悟った白蛇が忌々しげに吐き捨てる。

その様子に片眉を上げて、俺は言った。



「ただの推測だが……ナインの野郎も恐らくそこにいる」


「!」


「奴のしようとしてる事が俺達がこなした依頼にも関係するような気がしてな。

何も知らずに火の粉がかかったら迷惑だから一言言いに行くんだ」



そろそろ荷物もつめ終わった。

鞄の口を閉じようとした時、俺の目の前にすっと差し出された物がある。

アヒルのおもちゃと、アーベント愛用の毛布と、鱗磨きに使う布。



「……なんだこりゃ」


「せめて一人一つ位は持っていってもいいでしょう? 私、それがないと眠れないの」


「そうじゃない、どういうつもりだ」


「わっかんねぇ野郎だな、俺らも一緒に行くっつってんだよ」



顔を上げれば、一様にみな笑顔を浮かべていた。



「おめーほど単純バカなお人好しはそうそういねーだろうからなぁ、いなくなったら色々やりづれぇし、しょうがねぇから協力してやるよ」



偉そうに溜息をつきながら白蛇が下卑た笑いを浮かべる。

そう言うがお前だって自分になんのメリットもないのに伝染病地区に行こうとしてるんだから結構なお人好しだろう。




「ナイン・ノルマルには色々とお世話になったし……

なにより、あなたには私を育ててもらっているという恩があるわ、マスター。

及ばずながら、手助けさせてください」



控え目な笑みでアーベントが小首を傾げた。

及ばないなんてとんでもない、君が来てくれるなら俺は宇宙戦艦にだって立ち向かえそうだ。



「ナインもゲミュートも、おれのかぞくだぞ!

二人ともいなくなっちゃったらさみしいから、アーベントとバウムとおれもいっしょに行く!

かぞくはいっしょにいるもんだぞ!」



クランケが眩しいくらいの笑顔で答える。

きっとこの子は現状を半分も理解していないだろうけど、その言葉はなによりの決め台詞だよ。



どうやらこの三人を振り払うためには相当の説得が必要なようだ。

俺にはうまい説得の言葉も、それを考えるだけの時間もなかったから、一つ息をはいてこう言った。



「こりゃ旅行代がかさむなぁ」









○月×日、伝染病殲滅開始当日―――

 問題発生。侵入者三名。

・ポリストリーヘルザニア支部、ナイン・ノルマル研究員。三日前に目撃、只今捜索中。

・覆面をかぶった十代前半の少年、十代後半の少女。白蛇を連れている以外細かな詳細は不明。バイクに乗って逃走中。只今追跡中。





「よお」



ナインはいつになく驚いた表情をしていた。

それはそうだろう、ヘルザニアで別れたはずの同僚が伝染病地区のど真ん中で手を振っているのだから。



「ゲミュート・マナー……あなた、なぜここに?」


「最近下らないおとぎ話を思いついてな。お前以外に聞かせる奴がいなかったんだ」


「それでわざわざ来たんですか? 耳を疑いますね」



ガスマスクをはめた奴は数日前に見た時よりやつれていた。

それはそうだろう、伝染病地区でずっと仕事をこなしているのだから。

俺は大げさに肩をすくめると、ごほんと一つ咳払いをした。



「文句はこの話を聞いてからにしろ。

むかーしむかし、ある所におばかな研究員がいました。

そいつは責任を他人に押し付け裏で誰にも悟られないように事を遂行する狡猾で喰えない大魔王のような奴で、みんなに嫌われていました」


「……それはそれは、一体誰がモデルでしょうね」


「ところがある日、イヴァンの暴発事故でその研究者はなにかと合体してしまいます。

幸い外見に大きな変化がなかったため、研究者は必死でカモフラージュしました」



当時現場のど真ん中にいたくせに何故かイヴァンの影響を受けなかった元同僚、ナイン・ノルマル。


もしも、影響を受けていたとしたら?

でかい組織に紛れ込んでこっそりと悪い事を企むナインの事だ、イヴァンに巻き込まれたなど死んでも周りには悟らせないだろう。


以前と変わってしまった左半分の顔を隠すため、ドクロのタトゥーを入れてパンクファッションに見せかける位の事はするはずだ。



「手に入れた能力は自分の才能と仕事をサポートする物でした。

ある時伝染病の発生を知った研究者は分かってしまいます。

今のポリストリーにはその伝染病の原因を分析して治療にまでこぎつける事はできない。だけど、自分と自分の能力を使えばできる、と。研究者は画策しました」



伝染病地区からやってきた令嬢をだしにして、あらかじめ病気にかかっていた令嬢の従者を連れてこさせ、伝染病の病原体を手に入れる。


爆弾の防護カバーに紛れ込ませて隣支部の知り合いへと何らかの協力を要請する。

先日奴個人に届けた小包が、その結果という訳だ。



「さて、その研究者は伝染病の治療でどれだけの見返りを貰ったんでしょうね?」



わざとらしく丁寧に話すと、俺の話が終わるまでじっと黙っていたナインが、ようやく口を開いた。



「花がね、綺麗だったんですよ」


「は?」



意味の分からないセリフに聞き返すと、ナインはめずらしく笑みを貼り付けずに言った。

顔の左半分に手を当てる。

指の間から見えた奴の目は、右の物よりも若干色が違っていた。



「確かに、私は暴発事故に巻き込まれました。

手に入れたのは合体能力……濃度や状態を調節して薬物を混合できる力です。隣支部には病原菌分析の協力を要請しました」



その顔は恐ろしい程に無表情だったが、少し寂しそうな印象を受けた。



「この能力を手に入れた時、私は正直絶望しましたよ。

なにせ人間でなくなってしまったのですからね、ポリストリーでの出世も断たれたと思ってがっくりきていると、一人の少女に出会いました。


彼女は伝染病に侵された家族から隔離されてヘルザニアに来ていましてね、私がポリストリーの研究員だとわかるやいなや家族を助けてくれとすがりついてきました」



まあそれはぶっちゃけうざいだけだったんですけど、と両手を広げるナインに俺は奴を鬼畜だと再認識した。



「その時私はあなた方にポリストリーの雑用を依頼しにいく所でした。いつもの酒場に行って、一番初めに目に入ったのは少年と密輸犯が暴れているのを叱るあなたと、密輸犯に引っ張られながらも黙々と仕事をする少女の姿でした。

みな表情は違いましたが、一様に楽しそうでしたよ」


「……で……それがどうした」


「で、そこの花瓶にたまたま活けられていた花が綺麗だったからこの仕事を受けたんです」



この地区にしか生息していない花ですから、殲滅されるともう見られないんですよー、とか言いやがるナインの手には、確かに以前いけた覚えのある種類の花が数輪握られていた。



「お前は、それでその花を自分の部屋にでも飾るつもりか?」


「いいえ? あなた達のいる酒場にプレゼントするつもりでした。この花はあそこにあってこそ美しいですから」




ああ、なるほど。最初の方こそ意味不明だったが、なんとなく分かった。


要はこいつ、なんだかんだ理由をつけて俺達の処を訪ねる口実が欲しかっただけなんだな?



『ナインもゲミュートも、おれのかぞくだぞ!

二人ともいなくなっちゃったらさみしいから、アーベントとバウムとおれもいっしょに行く!

かぞくはいっしょにいるもんだぞ!』



クランケのセリフを思い出して、俺は思わず笑ってしまった。

家族の絆という奴は、思った以上に俺達の中に侵食していたらしい。






突如として伝染病の被害拡大が停止。原因不明。

侵入者の追跡を一時中止、伝染病の現状把握のため殲滅作戦に携わる全研究員出動命令発令。







結局。



伝染病地区に広がっていた病気はナインの作った抗体のおかげで全て解決したらしい。

ガスマスクなしで地区に突入するという無謀な行為を果たした俺達四人も、そいつを貰ったおかげで大事に至らずに済んで良かった良かった。


ナイン・ノルマルの伝染病地区侵入の件はなんやかんやでうやむやになっていた。

奴がどんな手を使ったのかはあえて聞かないでおく。



要するに、俺に関するポリストリーの長期休暇と借金の件はなんら変化がない、という事で。



「こらっ、クランケ! 壊れ物は丁寧に扱え、壊れる!」


「『壊れ物』なのに壊れちゃいけない訳が分かんないぜ、なークランケ」


「なー!」



俺はもはや日常と化してきている酒場のバイトを健気にやっていた。

相変わらず黙々と仕事を進めるアーベントにはほんと感謝。

クランケにいらん事を教える白蛇密輸犯はあとで飯抜きだ、この野郎。


俺とナインのためにポリストリー研究員の陽動までしてくれたというのに、どうしてこいつら、特にクランケは俺に感謝する時間を与えてくれないのか。

いいけどな。

感謝は常日頃からしているし。


そして変わった事といえばもう一つ。



「あーあー、あのグラス結構高いんじゃないですか? あなたの借金本当に減りませんね、ゲミュート」



ポリストリーからの常連客が一人増えた。

酒一杯で延々と居座り続けるし、俺の精神を消耗させるしで別にいてほしい訳ではこれっぽっちもないのだが、



「ナインー、またポーカーおしえて! イカサマ!」


「クランケ、ポーカーはイカサマをする物じゃないわ」


「いえいえアーベント、ポーカーとはイカサマの真骨頂ですよ」



家族がやつを歓迎してしまっているのだから仕方ない。



「おや心外な、私は家族じゃないんですか?」



ナインがおどけたように肩をすくめた。

貼り付けた笑みは相変わらずだ。

てかどうやって俺の心を読んだ。読心術か。



「ただの腐れ縁だ、お前が家族であってたまるか」



苦々しげな言葉に、ナインは唇をほころばせた。



「それは光栄だ」


「今のどこに光栄だと思える点があったんだ!」


「ナインー、ポーカー!」


「はいはい、今教えます」


「おうこらドクロ野郎、俺でもできる遊びにしろよ! 楽しめないだろ!」


「手足がないのに楽しもうとする根性は称賛に値しますよ」


「クランケ、マスター……仕事」





騒がしい酒場の片隅には、綺麗な花が数輪活けられている。



              

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