episode06 脳内のエラッタ
13:30
―暑い・・・。どうして、こんなに暑いんだ。
開発所は元々篭っており尚且つ締め切っていることが多いため湿気も凄かった。
しかし、今丁度錦戸がいたのは開発所の正面玄関の前。
ザッザッザと錦戸はほうきで入念に土を外に追いやる。今パソコンは海と岡本によって占拠されているのが原因。
「当たり前か・・・。八月だぞ・・・。」
夏休みに入ってもう2週間近く。今年の夏休みは早い。
―学校か・・・めんどいなぁ・・・。
と、掃除をしていても邪念が常に邪魔をする。
―エンゼルにでも行くか?
「海!エンゼルに行かないか?」
「んーこれだけ完成すれb」「何ッ!?」
ドタドタと靴を脱ぎ散らかし開発室へ飛び込む。
「きっさま!また、作業用PCでゲームを!しかも、これマインメイド!?メモリ食うだろ!」
と、直後に英文でメモリ不足を訴える画面。「あぁ・・・俺の1時間の結晶。クリパーの爆発に負けず頑張ったのに・・・。」
「そういうのは普通ピースフルかクリエイティブで作れよ。さ、行くぞ。岡本もな。」
13:40 喫茶店エンゼル。
「また、来てくれたんです?」
「あぁ。暑いしな開発所は・・・。」
その点、エンゼルにはしっかりと冷房が入っていた。
―しかし、客多いんだな・・・。
カウンターには3人ほど。4つある普通席も2つは埋まっている。
「ん?ゲーム機があるな・・・何入ってるんです?店主。」
真新しいゲーム機が鎮座しているのを発見した。
店主は外から戻った直後らしく汗をかきながら宇宙侵略者だと答えた。
―懐かしい。
カランコロン。店に人が入った合図がする。
錦戸は出入り口に目をやる。すると、そこには加藤が立っていた。
「あんた、戸締りぐらいしたら?」
「ん?あぁ・・・すまない。」
「あら、そちらは?」
加藤がカウンターに座る岡本に目をやる。岡本は軽く礼をしつつ岡本奈津美ですと名乗る。
加藤も同じ様に自己紹介を済ませる。
14:20
「そろそろお暇するか。」
今日は試しに6杯飲んでみた。店主の顔は有頂天そのもの。
そんなに喜ぶなら最初から2杯目以降の料金も取れば良いんだが・・・。そのサービスが功を期して客がたくさんいるのだろうと考えた錦戸は何も言わず6杯目にして2杯目の料金を払った。
「お、そうだ。今度はホットドック食ってくれ。」
「ホットドック?軽食ですか。他には何かあるんです?」
「いんや。ホットドックオンリーだ。どうだ?」
「変わったことをしますね。構いません。今度注文します。」
いつかの小説のバーの様な感じのメニュー。
錦戸は少し苦笑してしまう。
14:25 開発所。
「何も盗られてないでしょうね?」
「ふむ。大丈夫だ。アルタイルも健在だしな。」
帰ってくるなり加藤は開発所を見回す。
開発室に直ぐ入った必要なものが無くなったりしていないか見ていた。
すると、作業台の隣に前々から使いもせず放置されているロッカーの側面に磁石で何かが貼られている。
「ん?紙・・・?」
小さい字で何かが書かれている。
アンイ ナ コト ヲ スルナ!
―安易なことをするな・・・!?
勿論、こんなことを貼った覚えは無い。
だが、錦戸の中にあるのは可能な人物がいる。そして、未来を勝手に変えていくことに不服のある人物。
加藤だった。
しかし、冷静に考えてみると加藤ははっきりとものを言うタイプ。
こんな警告の仕方をするだろうか。
では誰が?アルタイルはきちんとある。
―まさか・・・ビットソフト・・・?
「どうしたの?深刻そうな顔をして。」
「いいや。何でも無い。」
そう介錯している隙に錦戸は紙を握り潰す。そして、加藤が談話室に戻ったのを見計らって灰皿の上に紙を置き隣においてあった古いライターの火を紙に当てる。
音も無く煌々と輝きながら紙は原型をどんどん崩していく。
やがてはその原型を疑わせるほどに真っ黒い灰と化した。
灰は開発室にある窓から捨てる。
―・・・。
15:00
錦戸の中に未だ不安だけはあった。
しかし、それでも日常はらしく稼動している。さすがに八月に入って宿題に手付かずというのも些かどうかと感じた錦戸はテーブルとは別にもう一台のネット専用のパソコンデスクの椅子に腰掛けた。
ネット用は開発室にあるデスクトップとは異なりノートパソコンだ。
そのためデスクの奥の方に置くことが出来た。
「あなたも学生だからね。」
「あんたはハタチでそれかよ。」「うるさいわね。数学?」
「あぁ。」
加藤は数学の問題集を見つめている。それを他所に別のノートに計算の途中式と計算結果を書き綴る。
最初は加藤の声も聞こえていたが・・・。
やがて、それは無くなり・・・。
周りの音が一切しなくなり・・・。
錦戸は高校2年生の計算「ベクトル」を’暗算’で解きだす。
計算結果だけが目に映る。
考えてなどしていない。分かっているのだ。
はっきりと形では無いが。
16:00
「よし。今日の分は終わりだな・・・って?あれ。全部終わってる・・・?」
「あんた、どうしたのよ。途中から目の色を変えて計算してたわ。数学得意なの?」
「いや、あまり得意では無い。文系クラスだぞ。」
「・・・・・・・そう。」
奇妙なことに錦戸が丸付けをすると、答えや教科書を見たわけでも無いのに正解ばかり。
―どうなってんだよ・・・。
時々あったといえばいいのだろうか。こんな経験が彼にはあった。
中学1年の二学期。彼は数学の苦手さから数学を一度捨てたのだ。勿論その分他教科で補ったつもりだった。
しかし、他教科では惨敗。
惨敗の理由は概ね分かっていた。あまり集中できなかったのだ。だが、勉強したという謎の優越感に浸った教科で惨敗だったのだ。
数学は0点も覚悟した。
しかし、予想は大きく上回ったでは恐らく言葉が足りないだろう。
100点だったのだ。
’答え’のみならば。
中盤以降、途中式を一切書いていなかったのだ。それ以来、究極に緊張感と不安感が高まると何故か計算速度と精度が異常に上がる。
しかし、何故かいつも彼はそれを覚えていなかった。
彼はこれを一人でに「セコイア」と名づけていた。
―勝手にセコイアが発動した・・・。いや、まさかな。
自分の中に蠢く不安が久々にそれを呼び覚ましたらしい。
「あんた、本当にどうしたの・・・?」
「何でも無い。気にするな。」「でも・・・。」「気にするな!」
錦戸は宿題を片付けソファーに腰掛ける。
そして、クーラーボックスに入った飲み物を手に取り一口、二口と暫く飲み続ける。
いつの間にかそれが続き最終的には飲み干してしまう。
にも関わらず体内にある渇き。
その正体が分からなかった。そこで不意に岡本の手首が目に入る。
―リストカット・・・か・・・。
悪い奴でも陰気な奴でも無い。だが、どこかで苦しんでる証拠なのだろうと錦戸は感知した。
16:30
ほとんどの人間が電車の時間やバスの時間で開発所を去っていた。
残っていたのは錦戸のみだった。すると、開発所の古い正面玄関が開けられる。
「ん?」
「あーその。また、」「構わんぞ。」
客人の中森はキョトンとしていた。が、直後に少し顔が緩み喜んだ表情が露わになる。
「さて、行くか。今日はどんなルートが良い?」
「へっへ~自転車です!」
開発所を出ると隣に一台のマウンテンバイクが駐車している。
「なるほど、遠出してみたいわけだ。」「はい!」
錦戸は正面玄関の鍵を中からかけ裏口の戸も鍵を閉める。
そして、裏口に無理やり駐車してある通学用自転車に跨る。
「よし!じゃ行くぞ!」
シャーと国道を下り始める二つの自転車。
スーパーや商店街があるのは隣地区。と言っても自転車で15分程度だ。
だが、実際には行きは下りのみのためその時間で着くことができる。逆の場合では倍の30分は余裕で超える。
「気持ち良いぃです!」
「おー良かったよ。」
風の音で少し聞き取りにくいが二人の声がスピードに乗り田んぼの中を行き来する。
16:45 商店街
「ちっさいですね。」
「小さい。」
開口一番がそれだった。基本的に衣料的な店が多く錦戸たちが学生が挙ってみるものなど無かった。
すると、中森が一軒の店に目が止まる。
「和菓子・・・。」
見るからに好物を見つけた目だった。
中森が立ち止まったのは和菓子店:善行堂。錦戸自身は買ったことも無かった。
流石に見ていられなくなった錦戸は「買ってやろうか?」と促す。
しかし、「い、いやいいです!」とまるで邪念を払うかの様な表情となる中森。
「いいよ・・・負けた。何がほしい。」
「い、良いんです?でしたら・・・そのようかんを!」
「おやじさん。ようかん二つ。」「あいよ。二つで500円だ。」
すると、変な事に気がつく錦戸。
一つ300円なのに何故か100円少ない。ミスかと感じ店主に伝えようとすると「いいよいいよ。その子の目を見ていたら値下げするしか。」
「なるほど。」
丁度、ワンコインが財布の中にいる。
ラッキーなどと考えワンコインで商品と交換する。
「ほらよ。」「ありがとうございます。」
二人は早速3つに分けられたようかんを口に運ぶ。
「う、うまい!」「おいしいです!」
二人は一斉に賛美の声を上げる。
その様子に店主も満足げな表情をしている。すると、後ろからお客がそれを見ていたらしく同じ様にようかんを買っているのが見受けられた。
「はは。知らない内にステマしてたな。」
「そうですね。」
16:50
「そろそろ、上ってくか。」「はい。」
神部ラインと呼ばれる車が通れない道を通り上っていく二つの影。
丁度地区と地区の境界線らへんの登りはきついが体力の有り余っている二人には難など無かった。
すると、小さな小学校の前で突然錦戸が自転車を止める。
「中学の頃は1年の時に数回来たが・・・それ以来は一度も着ていなかったな・・・。」
「もう知っている人、少ないでしょうね。」
「あぁ。下の奴らもだし先生方も古株以外は全然知らないだろうな・・・。」
暫く子供達が校庭でサッカーしているのを見つめる二人。
すると、先に沈黙を破ったのは錦戸だった。
「なぁ、何でかは言えないんだが・・・最近よく不安に感じることがあるんだ。」
「不安・・・ですか?」
「何だろうな。何か見えないおぞましい不安みたいな。見えないこと自体が不安かも知れないけどな。」
「・・・どんなことです?」
「’神の領域に首を突っ込みすぎた’そんな感じだな。」
―俺は何を言っているんだろうか。
錦戸は心の中で少し苦笑した。
すると、中森の答えは少し変わったものだった。
「でしたら、とことんやってみるのはどうですか?」
「とことん・・・?」
「見えない不安なら見えた方が良いでしょ?それでも困ったことなら私に相談してください。必ず一緒に解決しますから。」
「な、中森・・・。」
―俺は何を迷っていたんだ・・・?
16:53
「そろそろ戻るか。」
満足した彼らは再び自転車に跨る。
そして、帰路を上っていく。
まだ辺りは十分明るい。小学校からは自転車で15分程度。
彼らはたわいも無い話をしてエンゼルに戻っていく。
17:05 みらい技研。
「迷うな・・・迷う必要はない。」
今、俺はアルティック・ファクターに立っているんだ!!
錦戸が気にしていたこと。
それはある人物の命運にも関わってくるともいえた。彼女のあの傷。
直ぐにアルタイルを起動させる。
スマホの画面をタッチする。
「一週間後・・・岡本奈津美は生きているのか・・・?」
アルタイルの打ち出した答え・・・。
□■
同日 同時刻ごろ。日本のどこか。
「・・・・・・・・。直樹たちは良い人ら・・・・・・あんな人らともっと一緒に・・・・うちは・・・・?」
自問自答で真っ暗な部屋、ベットに座り込む一人の女の子。
「うちは生きている・・・・必要・・・がある・・・?でも・・・・・・・・・。」
何でもいいや・・・・・・。
女の子は一人立ち上がり、紙を取り出す。
友達に出すような封筒。そしてルーズリーフ。
書き綴る字。それは字体だけで空しさがくっきりと分かる。
□■
【2014/08/04 21:20 神部高校にて飛び降り自殺△】
「やっぱり・・・か。」
錦戸はスマホの画面をひとりでに見ている。
「彼女の命を無駄に出来るか?知っていて放置出来るか・・・?」
スゥと息を吸い込む。
「無理に決まっているだろう・・・?」
2014/08/04 09:30 開発所。
「ん?加藤来たのか?」
「あんた、またここで寝たの?」
珍しく加藤と木村のセットで開発所に現れる。
錦戸はあの後倒れるように眠ってしまったのだ。
「あんた、昨夜?アルタイルで何したの?」
「どういう意味だ?」
すると、まだ開発室でアルタイルが動いているではないか。
「あんた・・・何を見たの?ねぇ!」「ねぇ・・・。」
すると、状況を見かねた木村が二人に話しかける。
実のところは錦戸に向けてのものだった。
「なお・・・何をして・・・いるの?」
その質問に思わず身が震える。
「お、俺は・・・・・・・・・。」
口元がゆがむ。
音が消えていく。
「俺・・・・。」
・
・
・
・
・
20??/??/??/??:??
―ここはどこだ・・・。俺は・・・・?
俺は錦戸直樹で間違いないな。
だが、ここはどこなんだろうか。
周りには何も無い。
携帯は・・・どこにも無い。
と思えば珍しく胸ポケットに入っている。
しかし、残念ながら携帯に電源は入っていない。
真っ白な世界。
この世界が異常だと俺は一瞬で悟っていた。
俺は座り込むしか出来なかった。
俺はどうなるんだろう。
アルタイルにメールを送れば何かわかるかも知れないのに。
―ねぇ・・・。
・・・!?
木村・・・?
―なお・・・何をしているの?
何って・・・。俺が・・・聞きたいくらいだ。
いや、待てよ。
俺は・・・・・・・・・。
俺は・・・・・・・・・?
2014/08/04
「・・・・」
「・・・・・お!」
「・・なお!!」
「錦戸!!」
「はっ!?」
錦戸が咄嗟に目覚める。
「何だ?」
「錦戸、あんたどうしたの?」
―何だ?
錦戸は何かの焦りに襲われる。
「あんた、何かガクガク震えた感じで数字ばっか呟いて。」
「ま・・・さか。」
記憶が途切れた感じと言え、数字・・・?
―セコイア・・・か?
だが、今までそんな机上以外で現れたことは無かった。
「俺は・・・本当にどうして・・・しまったんだ・・・?」




