episode01 脱却からのシングルセッション
「ここか・・・。’あいつ’の示した場所は。ん?来たな。」
一人の男がそんなことをブツブツと呟いていた。向こう側からは’見つかる’わけにはいかない男の姿。
しかし、その男が見つかってはいけないのはその男だけではなかった・・・。
ガンッ!!
その鈍い音がしたのは直ぐ直後だった。
―しま・・・っ!?
鉄パイプで殴られたのだろう・・・。頭からは一筋の赤い線が流れる。
ガンッ!ドンッ!!
続いて二発目、三発目と攻撃が繰り出される。
相手は毎度、毎度頭を正確に叩き、男はその度に脳内をゆすられていた。
―ここまでか・・・?
バタリとその場に倒れこむ。
それを確認して相手も攻撃を止め、鉄パイプで突き生死の確認をする。
本格的に動かない男を確認した相手はその場を離れた。
「ま・・・だ・・・だッ!」
男は立ち上がり・・・。
・
・
・
・
「なッ!何してるの!?」
男が再びその場に転がっていた時に一人の女が顔を出す。
そして、血を流して倒れている男を背負う。
□■
ガタンゴトン・・・・・。
電車が一定のスピードで出発する。男の体にはまだ夏の暑さが染みていた。
今は2014年の7月23日。夏休み2日前だ。
男は高校の最寄り駅から3つ先の駅にあるパソコンパーツショップへ向かう。
その男―錦戸直樹はその光景をある意味普通と受け取っていた。
「オギャーン!!」
誰も騒ぎ立てる集団など無く静寂を保っていた空間に子供泣き声が響き渡った。
そして、わざわざそれを誰かが何か言うことも無いだろう・・・だとか、微笑ましいとも言える光景だと誰もが認知していた。
「ちょっと!その子供!何とかならないの!?」
初老の女性がその車両全体に聞こえる大きな声で母親に訴える。
母親は二つの問題の中で大きく困惑した表情だ。
勇気を持っていなかった錦戸は心の中では「アンタは誰にも迷惑をかけず成長し子育てをしてきたのか」と考えてはいた。
考えてはいたが常識やプライド、体裁が邪魔をしてそれを主張することが出来なかった。
すると、一人の30代になるかならないかの男が突然立ち上がる。
ガラガラの車両で突然立ち上がるという別行動のおかげで男が目立つ。
カツカツ・・・。
少しイライラした表情に、体現する足音。
それはゆっくりと騒ぎの大本に向けられている。
そして、ベビーカーの前で屈伸の状態になると、
ポンッ
という擬音がすっぽり入る様に子供の頭の上に手のひらを置いた。
一同はこの空間の中で少し驚いた。
すると、その物腰の柔らかそうな表情をキッと変え代わりにそれは初老の女性へと向けられる。
その敵意がはっきりと現れた表情に「何よ!」と凄む女性。
「アンタはだれにも迷惑をかけず成長し子育てしてきたのか」
その言葉に皆が感動した。
錦戸を除いて・・・。
―あの男・・・心を読めるのか?
などと困惑も入る。
理由は簡単で男の言った発言が一句違わず自分の考えたことと同じだったから。
PCパーツショップ「GoodJob」
錦戸はパーツをあれこれ手にとって観察する。
―んー・・・と。こっちはこいつと使えたかな?
この間壊したパソコンの修理のためにメモ書きを片手にいろいろと思考にふけりながらパーツを買い揃える。
「兄ちゃん・・・。わりぃが今日は店じまいだ!」
「はっ?え・・・?」
錦戸は突然の事で何が何かさっぱりだった。
幸いにも目的のものは全て買い揃えていたため、言うとおりに外に出た。
すると、店主はシャッターを下ろす棒を既に用意しており、錦戸が出たのを確認すると・・・。
ガラガラガラガラ・・・・。
大きな音と共に店との入り口を絶つシャッターが降りる。
そして、
現れた大きな赤い文字。
14-NKYKANHT-20
「な・・・何だこれ!?」
一番最初に驚いたのは店主の方だった。
勿論毎日見ているからであろう。錦戸も遅れてそれが異常たるものだと知る。
「こ・・・これ・・・血・・・!?」
指で擦りべったりと付く赤い液体。それはまだ生暖かく・・・そして、自分の体内にも流れているものだと一瞬で悟る錦戸。
「し、失礼!」
何かの焦りを覚えた錦戸は思いっきり走っていた。
時刻はまだ3時。昼の真っ盛りで太陽が頭上で照っている。
駅まで徒歩15分。
体力には自信があった。思いっきり走り続け・・・5分で駅に到着。
流れるように電気定期を機械に流し込み階段を駆け上がる。
4番ホームに到着。
と同時に先刻とは少し違う生暖かい空気が全身を包み、汗をじっとりかきはじめている。
走った暑さが後になって急激に熱を持って体内に張り巡らされる。
それを悟ったのは本人の脳。脳は汗を出す指示を出したのだろう。錦戸の首筋には既にいくつもの汗の筋が浮かんでいた。
そして、それらは全て錦戸の輪郭を辿って最終的に重力に従ってアスファルトに落下する。
汗が衝撃で広がり染みこんだ痕をじっと眺めながら今日一日を思う。
―奇妙な日だ・・・。
ブーブー!
携帯が己の存在を必死にアピールする。
何かゾクッとしたものがあったが親か友達かと思いメール画面を開く。
From:
Sub:無題
本文:Altic.Facter
―アルティック・ファクターッ!?
己の造語を突然匿名メールで送られ、心底驚く。と同時に誰かに監視されている様な感覚。
ブーッブブー。
直後に画面に表示されるのは通信アプリ「トレイン」
相棒である中村海斗こと海からの連絡だ。そこには「パソコンを修理するなら俺も開発所に行くわ」とだけ書かれている。
パソコン修理の手伝いかとも思ったが恐らく相棒も暇なのだろうと悟る。
了解と返信。
□■
学校のある市より2つ隣の市。
ここがどこかって・・・?
そんなことは今はどうでもいいのだろうが、敢て教えてやる。
ここは未来を研究する「みらい技研」の開発所だ。
俺か・・・?
俺はこのみらい技研の創設者の錦戸直樹だ。
向こうでパソコンを弄っているのは相棒の海だ。
それからもう一人。
絶賛リア充の女。木村洋子だ。
しかし、錦戸がそう話したところで相手方は何も反応しない。
みらい技研 開発所の談話室。
錦戸が現在プレイ中のゲームは既に販売・製造が中止したゲーム機。「ドリームキャッチャー」の「ソーマン」
マイクで声を通して相手の反応を待つが画面には「?」とだけ書かれている。
「ていうか、それちゃんと育ててるの?」
海もどうも気になっていたらしく画面を見ながら錦戸に問いかける。
「知らん。最終的には蛙みたいなんになってどうのこうのらしいがこの先が意味分からん。」
画面の稚魚は餌を待っているようだったがその時点でドリームキャッチャーの電源を落とした。
彼が立つ場所はその開発所の談話室。
談話室には無造作に床に敷き詰められた畳とソファー。それから机が置かれている。
向こう側には開発所を創設した時の荷物を入れていたダンボールがこれまた無造作に並べられている。
開発所には扇風機が3台あるが、それでも湿度は高めで蒸し暑い。
ガラガラ・・・。
錦戸は談話室と開発室が仕切られた扉を開ける。
グッチャリとした空間の中にある椅子にかけられた作業服を手に取り上に羽織る。
流石にクーラーは無いため、袖を捲くる。
「捲くるなら着るなよ。それに大体スラックスと作業服は合わんでしょ。」
「ばっか。エンジニアたるもの作業服だろ!」
「・・・。」
その返答に海は半ば何を言っても無駄だと理解し、開発室に入る。
そこに置かれているのは一台の奇妙な箱。
箱には大量のLEDとトグルスイッチ。そこからUSBコードでディスプレイに繋がっている。
アルタイルNo.1。
と呼ばれる彼らの修理したマイコン以上パソコン以下のコンピュータ。
「そういえば、ここって元々は何の場所だったん?」
「あー。確かパソコン開発に使われていたとか何とか。親の所有だけどな。」
アルタイルは元々壊れた状態でここにあったのだ。
たまたま興味を持った錦戸が海がみらい技研に入るより前からずっと修理してきた。
それが遂に修理し終えたのだ。
そして、ネットにも接続することは一応可能だ。
コマンドプロンプトで入力するシステムとなっている。
修理したのは構わなかったが。
彼らが見つけたのは奇妙な機能。最初はコマンドプロンプトにネット接続を自動で行ったら発生したことだった。
錦戸は前行ったとおり通常のパソコンの補助をつけながらアルタイルをネットに自動で接続させた。
キュゥゥゥゥ・・・。機械音が混じりだしアルタイルが稼動する。
0101010001011001010101000110000000111001100101010010100000110010000100100100101001010101000101100101010100011000000011100110010101001010000011001000010010010010100101010100010110010101010001100000001110011001010100101000001100100001001001001010010101010001011001010101000110000000111001100101010010100000110010000100100100101001
画面に陳列するマシン語。
最初は驚いたのだが一緒に置いてあった説明書を見るがそんな機能は確認出来ない。
パソコンにはさっぱりの海はその焦った錦戸の表情を理解出来なかった。
が、いつも違うことぐらい理解出来た。
すると、マシン語は姿を消し、今度はコマンドプロンプトには何も書かれていない。
「何だったんだ・・・?」
「テストしてみれば?」
この間アルタイルには保存したテキストファイルを検索することを提案する海。
錦戸は直ぐに従い、それを実行する。
テスト
と入力する。
「しまっ!」
本来はテストの後ろに.txtの文字が必要なのだがうっかり焦りも混じってつけるのを忘れてしまう。
1.ア
2.ウ
3.エ
4.ア
5.イ
6.ア
7.ア
8.エ
9.イ
10.ウ
▽
―な、何だこれ・・・!?
「何これ?」
流石のこの異常な記号共には海も驚いた表情。
単なるエラーが出るものばかりだと思えば・・・なんと記号が出てきたのだ。
「これは本格的に意味が分からん・・・。」
パソコンが得意な錦戸にとっても未経験と言える状況下。
ピリリリリ・・・!
電車に乗る配慮からマナーモードにしていたが解除した錦戸の携帯が鳴り響いた。
最初は何か異様なものを感じたが相手はどうやら母親。
【夕飯どうする?】
「す、直ぐ帰る!」
【分かった。】
プッと通信が途絶える。
とりあえず、この奇妙な機能をスクリーンショットで保存し、後々から考えることにし彼らはそこで解散した・・・。
□■
名西高等学校 2年1組教室。
ここは約650人程度の生徒が生活する公立学校の普通科クラス。
そして、今日は学校最終日だ。
だったのだが、教室内にはブーイングの波が広がっていた。
普通科クラス全体で英語の小テストを15分間やるらしい。文系に進学する予定の俺からするとそこそこ出来る程度の英語。
勉強は一応したつもりだから問題は無いように思えた。
すると、問題は別のところから発生したのだ。
間違いないと書き込んだ回答。
1.ア
2.ウ
3.エ
4.ア
5.イ
6.ア
7.ア
8.エ
9.イ
10.ウ
それらが昨夜見たものと一字一句違わず陳列しているのだ。
―な・・・!?
思わず声で言いそうになるがテスト中だということで抑える。
放課後。
「錦戸ー部活行くのかー?」
同じバドミントンに所属するチームメイトがそう話しかける。
「わ・・・わりぃ・・・。よ、用事があるから!!」
それだけ言い残すと錦戸は思いっきり走る。
バスで10分。電車で50分。徒歩で20分。
俺は急いで開発所へと向かった。
電車の50分は特に長く、錦戸は海にトレインで「開発所に来てくれ!!」と送っていた。
海は最初は難しいと言ったがそれでも4時頃には開発所にやってきていた。
4時ごろ 開発所。
「んでー何?」
という海の言葉を最初にまずは錦戸は紙を差し出す。
海は最初それが何を意味しているのか理解出来なかった。
今度は錦戸はパソコンを起動させ、昨日保存したアルタイルの機能に関してのスクリーンショットを見せる。
最初はそれを見比べていたものの―。
「・・・・・・・・・・・・・・・・!?」
明らかに表情が変わるのが読み取れた。
そして、お互いがお互いの顔を見た。
「まさか・・・学校にハッキングしたとか・・・?」
「それも一つの発想だ。だが、まぁ不明な点が多すぎる。」
彼らはそれ以上の結果を出す方法に迷いを覚えていた。
「まぁ、まだ何かアクションが必要そうだな。」
「うーん・・・。」
カラカラ・・・。
古い一軒家の開発所のこれまた古い扉が開けられる。
「え・・・っと。こんにちは・・・。へへ。」
「何だ。木村レボリューションか・・・。」
木村はその言葉に顔をしかめる。
「レボッ!?」
「まぁまぁ。上がってよ。」
御座の上に靴をわざわざ丁寧に置き、開発室に足を踏み入れる木村。
「何してるん?」
ロボット研究部から引き抜いてきたマシン大好き少女はまじまじとアルタイルとモニターを見ている。
「あ、なお〜。」
「その呼び方止めろ。」
「ん〜。なお〜。向こうの自販機の置いてある喫茶店行かない?」
距離にして200m程度の喫茶店エンゼル。
最初はどうしようかとも考えたが・・・。
―まぁたまにはいいか。
さらに海も「いいんちゃう?」などと言っていたので俺達はエンゼルへと向かうことにしたのだった。
#01 脱却からのシングルセッション 完
次回予告
手に入れた小さくとも大きな力を元に錦戸は自分の思い描いたままに行動をする。
小さなことから大きなことまで・・・。
そして、同時に紐解かれるアルティック・ファクターの世界・・・。
#02 自己のオーバークロック
ComingSoon