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京都にての物語

御金神社~金、金、金~

作者: 不動 啓人

 二条城にじょうじょうを出た家族旅行中の金子かねこ一家は、父親である高行たかゆき先導の元、堀川通ほりかわどおりを渡り、御池通おいけどおりを東へと歩んだ。

「その御金みかね神社って近いの?」

 娘の直子なおこの問い掛けに、

「えっとなぁ……三本目の道を左だ」

 高行は地図をプリントアウトした用紙をじっと睨み付け、行く手を指差した。

 春近し二月も後半。けれどピルの間を吹き抜ける風はまだまだ冷たかった。

 息子の泰行やすゆきは、母の紀子のりこと並んで歩きながら問うた。

「なんで、あんなに必死になってるの?」

「それがね、隣の北浦さんが御金神社でお参りした後に宝くじに当たったんだって」

「だから、お父さんもお参りに行こうとしてるの?そりゃまた、ご苦労な」

 後ろで交わされる会話が耳に入ったのか、高行が突然振り返り、

「神仏を馬鹿にしちゃいかんぞ」

 と一言だけ告げ、また前を向いて歩き出した。

「馬鹿にはしてないよ。ただ、祈願することで宝くじが当たる確率が左右されることはないって言いたいの」

「いいじゃない、お父さんの気が済めば」

 紀子が間に入るが、

「うるさい。もうそろそろ当たりそうなんだよ」

 前を向いたまま、高行は自分に言い聞かせるように告げた。

「だからさぁ、その、もうそろそろってのは――」

 また皮肉を言おうとした泰行を、紀子はその腕を軽く揺さ振って押し留めた。

 泰行もこれ以上言っても仕方ないと思い、苦笑いに頷いた。

 高行は、競馬やパチンコなどのギャンブルはしないのだが、三十年来宝くじを買い続けていた。だが、これといった当たりを出した試しがない。それでも高行は当たりを信じていて「もうそろそろ」が口癖になっていた。

 三つ目の筋、西洞院通にしのとういんどおりを左に曲がり、少し歩くと、金色に輝く鳥居が見えてきた。

「うわっ、趣味悪ぅ」

 直子の率直な感想だった。

 鳥居の足元の銅版に神社の由来が記されていた。

伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみ、ニ柱神の皇子にして金山毘古神かなやまひこのかみと稱え奉る――金乃神かねのかみ、金乃類を司り給う神で――明治十六年(一八八三年)今の名を附して社殿を建立し、爾来、金色様の愛称で親しまれ――

 鉱山、鉱物の神として人間の営みの中で用いられる全ての金属類――特に通貨として用いられる金、銀、銅の御金を護り給う事から、近年は資産運用の神として――ひろく崇められております。

金属類を護り給う神を祀る神社は国内唯一です。

――』

「なるほど、金属の神様な訳ね。だから鳥居も、こんな金ぴかなんだ。なんか確かに目立っていいのかもしれないけど、見慣れないせいか、あんまりありがたくないね」

 泰行は金の鳥居を指先でなぞりながら、皮肉な笑みを浮かべた。

「お父さん、どう思う?」

 すでに境内に入っていた高行に感想を訊く。

「別にいいじゃないか。大事なのは気持ちだ」

 と、すぐ目の前にある本殿に進んだ。

 境内は非常に狭い。左手前に御手洗があり、その前に注連縄の付いた石碑が建ち、更に前にテントが立っている。右手には絵馬が飾られ、そして正面に小ぶりではあるが立派な本殿が設えてあった。

 本殿の前に立った高行が、下から上へと見上げた。

「お兄ちゃん、これ見て!」

 高行の横に立った直子が泰行を呼んだ。

 泰行も本殿の前に来て、それを見た時には少しだけ呆れてしまった。なぜなら、鈴緒までもが金色に塗られていたのだ。反対に、金色であってもおかしくないイメージのある鈴は金色になっていないので、予想を悉く覆してくれる社だなと、呆れる反面、面白かった。

 金色の鈴緒には高行も驚いたようで、一体どう着色しているのかと確認しているようだった。

 本殿の屋根を飾る瓦にも『金』の文字が躍っていた。まさに『金』尽くしの社だった。

「金属の『金』だというのはわかるんだけど、どうもこっちは最初から金銭的な下心満点で来ている訳だから、全てがお金の『金』にしか見えなくて、逆に守銭奴神社って感じで嫌らしいく思えてくるな」

 泰行がそんな感想を述べると、賽銭を投げながら高行が、

「そんな失礼なこと言うな」

 と嗜めた。

 泰行は空いた高行の左手に並んで、本殿の中を覗きこんだ。

「別に貶している訳じゃないよ。かえって一つの効果を誉めてるんだよ。この造りを見て嫌らしさを感じる心は、自分の金銭に向けられている欲望に対する嫌らしさに繋がってくるんだよ。金銭に執着する自分の心が醜いと思うから、この造りを忌まわしく感じる。一つの金銭至上主義に対する抑止効果があるんじゃないかと俺は思ってね。逆にこの嫌らしさを感じない人は、正しくこの社の性格を理解している人か、もしくは金銭に溺れている人か――」

「それは俺に言ってるのか?」

「違うよ。お父さんは金銭至上主義者じゃないでしょ。それに、守銭奴だったら苦労してないでしょ」

 高行はどうも人が良い所がある。頼みごとをされると断れない性質なのだ。そのお陰で、お金には苦労させられてきた。だからこそ、宝くじという夢を見てしまうのだが、決してお金だけの人ではなかった。

「それでも、あった方がいいだろう」

 鈴を鳴らし、拍手を打った。

「そりゃあ、そうだよ。あるに越したことはない。だから、こうして付き合ってるじゃないか。当たったら、俺にも頂戴ね」

 高行はそれには答えず、手を合わせて深く祈願した。

 その姿に泰行は微笑むと、財布から百円を取り出して賽銭箱に投じた。普段よりもだいぶ奮発してみた。鈴を鳴らし、拍手を打つ。

――父にそろそろ、お願い致します。

 祈願し、頭を下げた。

「お母さんもお願いしておいた方がいいんじゃない?」

 と紀子を呼んで、高行の横に並ばした。夫婦はそろって頭を下げた。

「当たるといいね」

 直子の言葉に、高行は、

「そろそろ」

 と答えた。

 一家は何気なしに設置されたテントの中に入る。長机の上に、御守りや絵馬が置いてあって、表示されている金額を所定の箱に入れる仕組みになっているようだ。そこに神社の人の姿はなく、まったくの無人だった。

「これって、盗まれたりしないのかな?」

 御守りを手に取りながら、直子が呟く。

 すると、なぜか怒ったように高行が答える。

「盗んだものにご利益がある訳がないだろう」

 絵馬を一枚取って、表示された金額を所定の箱に収めた。マジックを取り、なにやら書き出す。

 その横で泰行は、にんまりと頷いた。

「なるほど、確かに。これまた面白い」

「どうしたの、お兄ちゃん」

「いやな。今時、神の存在を意識する故に悪事を控える人間は少ないけど、少なくてもこの神社では、例えそのご利益を期待するという目的が前提にあるとはいえ、神の存在が犯罪の抑止力になっているんだよ。いわば治安という分野においての『古き良き日本』と表現してもいいような一面が、ここには残っているんだ。だから、こうして無人販売を行える」

「……それは面白いことなの?」

「そう思わないか?更には最も物質的とも言っていい現世利益の願いが、非物質的であり不可視である神の存在感を、最も強める結果になっているのが面白い。とんだバラドックスだな」

 泰行は絵馬を手に取り、その絵柄を見詰めた。と、横から高行よりマジックが差し出された。

「ごたごた屁理屈をたれてないで、書くならさっさと書け。そんな屁理屈ばかりたれているから、三十にもなってお前には誰も嫁に来てくれないんだよ」

その言葉に泰行は苦笑いを浮かべると、絵馬を元あった箱の中に置いた。

「それじゃぁ、俺が書かなくちゃいけない絵馬は、ここじゃないみたいだ。どこか、縁結びの神様にでもお願いしなくちゃね。こんな屁理屈男に嫁いでくれる、嫁さんとの出会いを」

「また屁理屈を」

 高行はマジックの蓋をして机に置き、所定の場所に絵馬を飾った。


「さて、早速宝くじを買いに行こう。そろそろくるぞぉ――」

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