5月、勉強の時間
門松千利視点です。
放課後の図書館で、生徒2人が騒々しく騒いでいる。
最初こそ大人しく並んで座っていた2人だけど、今や完全にもみくちゃ状態、密着状態でお互いをどつき合っていて、もう僕もどちらがどちらの手足なのかよくわからない。
「ふは! は! 詰めが甘い、んだよ、ヒガシー!!」
「くっ、そ! 藤城! お前は、いい加減、ノートぐらい、自力で、取れ!」
藤城君が高笑いし、東尾君が食って掛かる。イメージとしては悪の大王と苦戦する勇者って感じかな? 構図からすれば子供の意地の張り合い、取っ組み合いの喧嘩そのものだけどね。
今が中間テスト前で、ここが図書館でなければ、ただ感心して「2人は面白いなー」と呟けるけど--
止めるべき、だよね。校門の閉門まであと30分とはいえ、図書館にはまだ少数他の利用者がいて、こっちを白い目で見てるし。
ああ、でもこの2人の間にどうやって割って入ったらいいのか。
ことの起こりは少しだけ前に遡る。
◇◆◇◆◇◆
5月、中間テストが間近に迫ってきた。
僕、門松千利は金髪です。染めてます。だからなのか、勉強できないと思われることが多い。けど、そんなことはないよ、ちゃんと勉強してるよ。テスト1週間前だしね!
というわけで、僕は昨日からテスト勉強始めました。
テスト前は部活休みで、勉強できる時間が山ほどあって……逆に集中力が続かない。どうしても脱線して--家で妹に怒られたよ。録り貯めた録画を今見るとかアホか、って。あ、この妹は小学生の遊利ね。美月ちゃんじゃないから!
とまあ一人では捗らなくて、今日はクラスメイトと一緒に図書館で勉強中する事にしたんだ。
「門松、英語のノート貸して」
「いいよ。あ、数学の参考書貸してくれる?」
「ほいよ」
「ヒガシー、授業寝てたんじゃね? 古文のノート読めねーよ」
メンバーは僕と東尾君と藤城君の三人。
切っ掛けは東尾君にボールを見つけてくれた御礼をしようと要望を尋ねたら、試験範囲のノートを見せて欲しいということで、お互いの得意科目の話になり、どうせなら一緒に勉強しよう。となりました。
同席している藤城君は東尾君と同中で、テスト前は毎回東尾君のノートをコピーしてるらしい(勉強は一緒じゃないんだって)。
藤城君は授業中は空を眺めて、ノートは取らないんだって。寝むくないのにあえて授業に参加しないなんて、何とも不思議な人だなぁ。
「ヒガシー。腹減った。暇だー」
「購買のパンでも買って来いや。第一勉強してて暇なんてないわ」
「金ない」
「勉強の話は無視かよ! お前んち学校の目の前だろ、取ってくれば?」
最初は駅前のファミレスで勉強しようとしたけど、僕らは誰も駅を使わないから、行くだけ無駄なので図書館になりました。僕も少しお腹空いたなぁ。
藤城君の家は学校の裏門の目の前なんだって。いつもチャイムが聞こえたら家を出るのに何故か遅刻すると藤城君は言ってるけど--当然だよね? それともこれは会話を作るためのボケだったのかな?曖昧な返事しかできなくてごめんね。
にしても、この二人は仲良いな。息もぴったりだし……口が悪いのがたまに傷だけど。
「門松君、古文のノート見せてくれない?」
「いいよ」
藤城君が至って普通に話しかけてくる。僕への言葉使いは問題ないなぁ、ちょっとだけ疎外感。
んー、藤城君とも仲良くなりたいなぁ。
よし、さっきは会話のきっかけを潰してしまったようだし、今度は僕から話題を振ろう!
「藤城君は部活何してるの?」
「あー、俺は助っ人はするけど、部活はやってないな」
「助っ人! すごいね! サッカーや野球? テニス部にも助っ人にくるの?」
「いやいや、美術部、軽音部、コーラス部、吹奏楽部とか文科系のやつ」
文科系で助っ人? 音楽系の助っ人--歌が上手いのかな? でも美術部の助っ人って--絵を描く? 助っ人はいらない気が……
頭にはてなが浮く僕を見て、東尾君が手を横に振り説明してくれる。
「違う違う。部活動に参加するわけじゃなくて……力仕事を代わりにやってる、のかな? 門松君、夕暮れ魔法使い、って知ってる? 藤城はそれ」
東尾君の説明によると、夕暮れ魔法使いは、日の出・日の入の時刻だけ魔法が使えるらしい。名前から想像はしてたけど、初めて聞いたよ。しかも誕生日魔法使い並に珍しいんだとか。ほー。
僕が感心して声をあげると、藤城君が少し自慢げに胸を張った。
「俺たちは使える時間が短いせいか、力が強くてさ。文科系の奴らって力をかける魔法が苦手なやつが多いから見るに見かねて、俺がやってやってるわけ」
「一回につきお菓子1個でな。親切なんだか、力が使いたいだけなのか、褒められたいだけなのか--」
「うるせー、12月。決まった1ヶ月しか魔法が使えないやつより、毎日使える俺の方がよっぽど偉いわ!」
「意味が分からん」
その理屈だと、同じく毎日使える僕も偉いのかな? なーんてね。毎日使えようが、僕らは魔力少ないからなー、偉くはないなー。
「ふふふ、ヒガシー、強がっていられるのもここまでた。ここからは俺の時間さ--コピー禁止だって? ヒガシーの考えることはお見通しだ!」
不敵に笑い、窓を指さす藤城君。窓の外は茜色に染まり始めていた。夕暮れ時--藤城君が魔法を使える時間。
彼は鞄から真新しいノートを一冊取り出し、真正面に座る僕に向かって広げてみせた。そして少し俯き、再び僕の方を見てにやりと笑う。
何をする気か全くわからなかったけど、僕はとりあえずそのノートを見つめた。すると、真っ新だったはずのノートに次々と文字が浮かび上がってきた!
え、ええっ! なにこれ!? って、これ僕の字! そして内容は古文、何で!?
「これは念写ノート。見たものを転写魔法でこのノートに飛ばすと、紙にしみ込んだ特殊なインクが反応して文字を浮かび上がらせるノートだよ。見た目は普通の大学ノートなのに、お値段は10倍。ふふっ、高い投資だった--しかし、ヒガシーの言動を予測し買って正解だった! これはコピーじゃないぞ! ははは、俺は約束を破らない。しかし、ヒガシーのノートはどう足掻いても俺の手元に来るようになっているのだよ!」
藤城君がちょっと芝居がかった大げさな高笑いとともに勝利宣言をした。でも、笑われた東尾君に慌てた様子はない。自らのノートを一冊差し出し、不敵に微笑んでさえいる。
藤城君はノートを見ていたから、東尾君の不敵な笑みには気づいていないみたい。
「諦めたか。潔いことも時に必要だな、ヒガシー」
藤城君が新しいノートを取り出して広げる。彼は勝利を確信して余裕さえ見せていた。でも、その表情が一気に強張る。
今度は何?
「写せない? 転写のイメージがぼやける--はっきり見えてるのに何で--」
「これは転写防止ノート、転写魔法のイメージをぼかしたり、ずらしたり、別のものに置き換えてくれるノートさ、大学ノートのお値段3倍な」
東尾君が勝利の笑みを浮かべた。お互い相手の考えることを先読みできるなんて--仲良しだね。
は、しかし僕はそんなノートがあるなんて知らなかったよ。でも僕は、見たもの聞いたもの思い描いたものを別のものに転送する転写魔法は1時間かけてスケッチ1枚分がやっとだから、あっても使えない。
そう考えると、1分と経たずにノート1ページを転送した藤城君は物凄いよ。夕暮れ魔法使い、凄い!
「くっ、まさか---この奥の手を使うことになるとはな!」
藤城君は悔しそうに呻いた後、筆箱から万年筆を一本取りだし、ノートの上に立てて置いた。手を離しても万年筆が立ったままのところを見ると、浮遊魔法かな? それとも操作魔法?
今度は何が起きるのかとワクワクしながら、僕は万年筆を見つめた。
藤城君は少しだけ、ん、ん、と唸った後、東尾君のノートを朗読し始めた。内容は化学。すると、藤城君が読み上げる速度に合わせて万年筆が、誰の手も借りずに、独りでに文字を綴りだした!
す、凄い!! これは僕も知ってる超有名かつ理想の便利魔法。その名も自動筆記!!
藤城君が読み上げた通りの内容が、机に置かれたノートに綴られていく。漢字のところで少し動きが鈍くなるけど、万年筆は止まることなく滑らかに動いた。
そこそこ時間が経って、藤城君がテスト範囲を読み終わりノートを静かに置いた。
額には汗が浮かび、イケメンな顔が本日最高の笑顔と達成感に満ちていた。
「どうよ」
「………」
東尾君はこめかみを抑えて俯き、顔を上げない。
「お前--自動筆記を習得するよりも、普段ノート取った方が絶対楽だろ……」
「ふっ、今後一生使える魔法の習得と、学校の勉強を一緒にすんなよ。俺はより価値のあるものを手に入れ、お前は目の前の利益に踊らされたのさ」
カッコいいセリフだなー、でも僕はどっちも大事だと思うよ。うちの両親は大人になっても勉強してて、勉強は一生必要だって言ってたし。
「敗者よ。さあ、俺様にノートを献上するのだ!」
勝利の余韻に浸りながら鷹揚に手を出した藤城君を、東尾君はすごい形相で睨み付けて、ノートを後ろ手に隠した。
「そんな態度の奴には、貸さない」
「何を! いつノートコピー禁止とかいうかわからないお前のために、俺がどれだけ苦労してこれ覚えたと思ってんだ!! 披露させろ!」
あれ? 藤城君、趣旨がおかしくないかな? 披露するのが目的なの?
苦労して出来るようになったことを人に披露したい気持ちはわかるけどね。
藤城君が東尾君の後ろに手を伸ばし、ノートを略奪する。でも東尾君がすぐに奪い返す。奪って、奪い返して、また奪われての無限ループが始まった。2人は密着状態でお互いをどつき合っていて、もう僕もどちらがどちらの手足なのかよくわからない。
いくつかの攻防の後、背の高い藤城君がノートを手に立ち上がった。
「ふは! は! 詰めが甘い、んだよ、ヒガシー!!」
東尾君は普通より背が高い方だけど、藤城君は確かクラスで1、2を争う長身だ。東尾君がどう足掻いても届かない。
「くっ、そ! 藤城! お前は、いい加減、ノートぐらい、自力で、取れ!」
藤城君が高笑いし、東尾君が食って掛かる。イメージとしては悪の大王と苦戦する勇者。構図からすれば子供の意地の張り合い、取っ組み合いの喧嘩そのもの。
今が中間テスト前で、ここが図書館でなければ「2人は面白いなー」と呟けるけど--
止めるべき、だよね。校門の閉門まであと30分とはいえ、図書館にはまだ少数他の利用者がいて、こっちを白い目で見てるし。
ああ、でもこの2人の間にどうやって割って入ったらいいのか。
「大体、黙読で自動筆記出来るならまだしも、声に出さないとできないなら、手で書き写した方が早いじゃん! 手で書き写せ!」
「はんっ! やなこった!」
いい加減まずいと、僕が意を決して腰を浮かせたとき、僕らのいる席に女子生徒が1人やってきて、机をトントンと叩いた。そこに乱暴な感じは全然なくて--
少し髪の長い、くせ毛のような巻き毛の女子生徒が東尾君と藤城君を見て、ゆっくりと口を開いた。
「ここは図書館で、あなたたち以外の人も使っています。みんなが気持ちよく使うために、できれば静かにして頂けませんか?」
「「……………すみません」」
見知らぬ人の苦言に、2人は素直に謝り、東尾君が、以後気を付けます、と言葉を足した。僕もちゃんと立って、すみません、と謝罪した。だって、一緒にいたのに止められなかった僕にも原因はあるわけで。
女子生徒は、そうですか、とだけ言うと友人らしい他の生徒数名と図書館を出ていった。
「そろそろ閉門の時間だから、あなたたちも早めに帰った方がいいわよ」
まあ、あれだけ騒いでそのままいられるほど僕らの神経は太くないので、彼女たちが出てから少しだけ時間をずらして図書館を出た。
日は殆ど暮れていて、夕暮れ時もそろそろ終わりだ。
東尾君と藤城君はぶっきら棒ながらにお互いに謝って、僕も2人に謝った。
「ごめんね。僕がテスト勉強一緒にしようなんて言ったばっかりに--」
「門松君のせいじゃないよ」
「そうだよ。明日は俺らも気を付けるからさ」
「「!」」
「なんだよ。2人してその反応は」
「いーや。別に」
明日も一緒なら、藤城君と仲良くなる機会はまだまだあるね。
校門に着いた。藤城君の家はすぐそこだし、僕は駐輪場に自転車をとりにいくし、東尾君の家は校舎沿いの左の道を真っ直ぐ下った方で、帰り道は全員バラバラだ。
「明日も頑張ろうね」
最後は騒いでしまったけど、いい一日だったな。明日はもっと楽しくなるかな。
僕は明日を楽しみにウキウキしながら別れた。
でもこのときに、明後日の騒動のことを知っていたら、この日は全員後悔しながら帰ったと思う。
東尾中道と藤城が同中ということからもわかるように、藤城は寺坂菜緒とも知合いです。夕暮れ時の藤城でも寺坂菜緒にはかなわないので、調子に乗った彼はよく彼女に抑え込まれていました。
くせ毛、巻き毛の少女は誰だ!?
もうすでに出てきている人ですよ。