表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12月の魔法使い  作者: もとよ
5月
8/21

5月、日が暮れるほど忙しい頃

寺坂菜緒視点です。

彼女は地域内なら魔法がバンバン使える人なので、出し惜しみせずに使っていただきます。

 5月。高校生になって1ヶ月が経った。

 新しいこと尽くめで毎日が忙しかったせいか、あっという間で、もう1ヶ月過ぎたんだ、って感じ。今日は生徒会に呼ばれてて、忙しい日々はまだまだ続きそう。

 放課後暫くしてから、私、寺坂菜緒は滑りながら生徒会室に向かっていた。

 滑りながらというのは、別に転んでるとかそういうドジっ子的なのではなく、スケートのようにという意味だ。浮遊魔法で体を少し浮かせて、反発魔法でちょっと強めに地面を蹴る。それだけでスイスイ地面を滑ることができる。バランスを取るのが難しいけど、普通に歩くよりずっと早いし、春の風を切って進む感覚が気持ちいい。

 どれぐらい気持ちいいかといえば、両手を後ろで組んで鼻歌を歌ってしまうほどだ。

 鞄は浮遊魔法で浮かせて、牽引魔法で私の傍にあるようにしてる。人に見られたら恥ずかしい目立ちようだけど、この時間なら帰宅部の子はもういないし、部活も始まってるから、校舎内をぶらぶらしてる人なんてほとんどいない。

 人目をはばからずおおっぴろげに魔法が使える数少ない時間で、私は思いっきり浮かれていて上機嫌だった。


「寺坂ー」


 だから名前を呼ばれた瞬間心底、ビクッとして、牽引していた鞄を背中にバシンとぶつけてしまった。

 高校の教科書が詰め込まれた鞄は、鈍器と呼ぶに相応しく、相当痛い……。転ばなかっただけ、ましだけど。


「寺坂、大丈夫か?」


 普段なら、平気よ、心配してくれてありがとう、とか言うけど、相手は東尾中道。ご近所さんかつ小学校高学年から中学3年間同じクラスという腐れ縁は、人当たりが穏やかな私でさえ、東尾中道は多少乱雑に扱っても大丈夫、という気持ちを持たせた。


「急に呼び止めないでよ。驚くでしょ。背中打ったし」


 眉間にしわを寄せ、不快感を訴える。怒ってるわけではない、でも痛かったことは事実だ。

 東尾は校内の林からガサゴソと姿を現し、ごめんなー、と間延びした声を出した。つなぎみたいな青い作業着姿で、手には軍手をして頭に唐草が付いている。

 これで切狭持ってたら庭師の職人見習いそのものだ。


「庭師? 東尾は飼育係でしょ?」


 彼は無類の動物好き--とうより世話好きで、小学生の頃もずっと飼育係をしていた。中学は動物いなかったけど、学校の木に小鳥小屋を勝手に作って取り付けて怒られていた覚えがある。

 小屋をつけようと木に登って、足を滑らせて枝折ってねん挫したのだ。


「係って小学生かよ。飼育部だよ、飼育部--あれ? 俺、寺坂に言ったっけ?」


「うんん、勘。でも何で林から出てきたの? 林でなんか飼ってるの?」


「この先に兎小屋があんだよ。この辺は学校の外れで静かだから、動物飼うのにちょうどよくてさ」


 東尾曰く、小鳥小屋もこの近辺にあるらしい。へー。


「それで、何か用?」


「あー、なんか済んだわ。ありがとな(寺坂呼び止めた瞬間、ボール見つかったし)」


 なんか済んだ? どういうこと?

 東尾は時々意味が分からない。


「あ、そう。じゃあ私行くとこあるから、飼育係頑張ってねー」


 東尾に手を振り、再び浮遊魔法と反発魔法を使って滑りだす。小中校の知り合いの前なら気にせず魔法が使えるんだけど。

 高校は広い範囲から人が集まってきてて、我が家のこと知らない人ばかりだから、おおっぴらに使うと目をつけられそうなんだよね。上の兄弟たちも苦労したって言ってたしなー。


「おー、あんま滑り過ぎんなよー」


 私はぬけてる人か! と思いつつ、後ろ手に手を振り委員会校舎を目指す。

 今度は鞄の牽引はしない、しかし持つとバランスが取りにくいので浮遊魔法だけで運ぶ。片方の指でずっと鞄を指さし続けるのは恥ずかしいけど、私は指さししないで浮遊移動させられるほど上手ではないので仕方ない。

 人目につかないことを確認して滑っているから、問題はないのだが、東尾のような伏兵が周囲にいないとも限らない。

 そうこう心配しているうちに、委員会校舎が近づいてきて、校舎に差し掛かったところで、スピードを緩め鞄を手に持ち、魔法をやめた。


◇◆◇◆◇◆


「それでは改めて。初めまして、寺坂菜緒ちゃん。私は生徒会長の江田柚希えだ ゆずき。こっちは副会長の山藤瑞樹さんとう みずき。お姉さんの寺坂莉緒りお先輩には、すっごくお世話になりました」


 生徒会室に着いて生徒会長に呼ばれたことを告げた途端、別室に案内された。

 普通の教室の3分の1ぐらいのサイズの部屋で、普段使う机や椅子よりも古いものが数個並べられている。各委員毎に複数の部屋を持っているとは聞いてたけど、こんな小さな部屋もあるんだ。

 正面に生徒会長、その隣に副会長が座っている。生徒会長はニコニコ笑顔、副会長はキリリとした釣り目が似合うピシりとした表情を浮かべている。

 上級生2人相手に、私は比較的落ち着いていた。

 家の職業柄、目上の人、知らない人に会うことは多いので慣れで緊張しないのと、姉からよく話を聞いて2人のことを知っていたからだと思う。


「1年C組、寺坂菜緒です。お2人には姉が大変お世話になりました」


「違うって、お世話になったのはこっちの方。3月の卒業式の前も--」


 暫く、姉の話が続いた。

 私の緊張を解こうとしてくれているんだと思う。もとよりあんまり緊張してないけど。


「寺坂先輩は、隣県の大学に行ってるんだよね。しかも一人暮らしとか」


「はい。家から通えないことはないんですけど、夏が終わるまでは一人暮らしを満喫するそうです」


「山一つ越えたショッピングセンターにさえ、滅多に行けなかった寺坂先輩がねー。今後大丈夫なの? 地域監査家って、あんまり担当地区から離れちゃいけないんでしょ」


 離れてはいけない、とうか地区から出てはいけない、のだ。

 行先が隣町だろうと海外だろうと、地区の外に出るときは外出届が必要なことに違いはない。--海外は手続き多いけど。

 この半年間の一人暮らしが終わるころには、姉は生涯の外泊許可の半分を使い切る。18歳を超えて規定が緩くなったとはいえ、大学4年間通えるほどの外出許可は下りないと思うんだけど……どうする気だろう?

 私が首をかしげて、うーん、と悩んでいると副会長がパンパンと手を叩いた。


「寺坂先輩なりに考えがあるんでしょ。そろそろ今日の本題の話をしましょう」


 私は背筋を伸ばして、気を引き締めた。


「寺坂先輩から伺っていると思うけど、うちの書記をしている子が--早乙女鈴夏というのだけど、暴れるタイプの誕生日魔法使いでね。昨年の騒動は寺坂先輩が収めてくださったんだけど、今年はあなたに力を借りたいの。お願いできるかしら?」


「それはもちろん。我が家の仕事ですし--当日は学校用務員の杉本さんもいらっしゃるんですよね?」


 学校用務員とは、地域魔法使いの一種で、学校敷地内でのみ魔法が使える特殊な魔法使い--学校魔法使いだけが付ける職業だ。全国各学校を飛び回る彼らだが、一応担当地区のようなものがあり、この地域の担当は杉本さんなのだ。


「学校側が手配してくれてる。……地域監査家に事前に手を打ってもらうことはできないのかしら?」


「普通は出来ますけど、学校は管轄が違うので……。連絡を受ければ家の者がすぐ来ます。そうすれば収められますから。その書記の方が暴走を始めたら即連絡、そして地域監査家がくるまでの被害を最小限に抑えるのが、私と杉本さんの役目になります」


「うん。去年もそんな感じだったよ。暴走してる早乙女を寺坂先輩が相手して、地域監査家が着いたら事態はほどなく収集したし」


 ちなみに、その去年の騒動に私は参加していない。

 何故って? 中学3年生だもの。授業中でした。


「早乙女が暴れたのは午前中だけだったけど、被害はすごかったよ。最初は自分のクラスを制圧。次に1年全部を、で2年、3年と来たから、対応できる寺坂先輩が気付くのは遅れたし。今まで暴走したことはないとかで、学校側も警戒してなくて対応が遅れたし」


「中学までは暴走してらっしゃらなかったんですか?」


「高熱出して休んでたんだって。それが去年は熱も出さずに登校して、結果暴走に至ったと。それでも前歴がないとはいえ誕生日魔法使いだから、一応学校用務員さんを呼んでて、寺坂先輩と2人でなんとか相手した感じだなー。あの日の午後と翌日は、全校生徒で片づけしたよ」


 懐かしいなー。と生徒会長が遠い目をした。

 副会長も大変だったと頷いている。

 ……苦労って、時に自慢の思い出になったりするよね。


「前日から杉本さんが来てくれることになってるから、魔法が関わる細かい打ち合わせはその時にお願い。今日は、生徒の避難や対応について意見を聞きたいと思って--」


 真面目な副会長山藤先輩による、真面目な進行の元、会長江田先輩のちゃちゃが入り偶に脱線しつつも、話し合いはしっかりと進んでいった。

 全てが終わって帰路に着くころには、5月だというのに日がとっぷりと暮れていた。

 本当に、忙しい日々はまだまだ続きそう--

舞台になっている地域内にも大学はありますが、菜緒の姉、莉緒はそこだけは受験しませんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ