5月、クラスメイトを知っていく月
魔法が使える世界の、魔法が使えたり使えなかったりする学生たちの、山も落ちもない、日常の物語です。
今回は、東尾中道視点です。
5月。桜が散り、若葉が芽吹き青々と輝く月。
ゴールデンウィークが明けた翌週、部活の仮入部期間が終わり、みんな本格的に部活動を始めていた。
かくいう俺、東尾中道も飼育部に入り忙しく日々を過ごしている。今日も早朝から学校の兎に餌をあげ、飼育小屋を掃除する。昔は10羽ほどいたそうだが、今は5羽だけ。広すぎて少し寂しい感じだ。
仮入部中は先輩と二人で兎と小鳥の世話をしてたけど、入部した途端、兎専門になった。
朝と昼は一人で兎の世話して、放課後は先輩と兎含め多種多様な動物の世話を手伝う。
犬、猫、小鳥、鼠、蛇、猿、蜥蜴などなど、普通科の学校でよくこんなに飼えるよな。
餌をあげながら兎の背中を撫でる。
しっかし、可愛いよな~。
家で猫や犬を飼いたいと言っても、兄が「金魚の水槽をひっくり返されたらたまらない!」と断固拒否している為に、何も飼えないし。
この間も、ご近所さんの寺坂家で可愛い子猫が生まれたから1匹引き取ろうと言ったのに、金魚が食べられる、ダメだ、の一点張りで……!
ちょっと怒りが込み上げてくる。そんな俺のストレスに反応して撫でていた兎が震えだした。
「あー、ごめんごめん。何でもないよー。平気だよー」
兎は肉食動物に襲われない予防策として、体毛をアンテナのようにして周囲の|ストレス(空腹)を受け取るという魔法が使える。
幸い今の俺は期間外で魔力弱者なため、兎に伝わる|ストレス(魔力)も少なくて、ちょっとイライラしても兎に直接触らない限りはストレスをあまり与えずに済む。
そういう理由もあって、俺は兎担当になったわけだ。
うーん、12月に兎担当から外されない為にも、魔力隠蔽か遮断魔法覚えようかな。
ざっ
突然、近くの茂みで音がして、兎たちが一斉に小屋へ逃げた。あー、まだ掃除してないのに……。
「大丈夫だよー、怖くないよー」
餌を小屋から離れた場所に置き、様子を見る(勿論、音がしたのとは別方向)。でも、待てど暮らせど出てこないから、俺は強硬手段に打って出た。
小屋の隅で固まっていた兎を、一匹ずつ抱きかかえて餌のそばに置く。
……うん。素直に食べてくれてる。
兎が食事している間に、さっさと掃除を済ませよう。
箒と塵取りを手に、小屋に入ろうとした瞬間、やたらでかい声がした。
「すいませーん。ボールこっちに来てないか、探させて貰っていいですか---東尾君?」
大声、知らない人間の出現、しかも魔力を隠してない昼間限定魔法使いの出現。小屋の外に出した兎たちは俺の足元をすり抜けて、我先にと小屋に飛び込んでいった。
……
声の主は、クラスメイトの門松だった。飼育小屋の隅からひょっこりと顔を覗かている。
もしかしたら振り返った瞬間の俺は、残念な顔か、嫌な顔をしていたかもしれない。
「門松。何? ボール探し?」
「う、うん。東尾君はどうしてここに?」
「ここ、飼育部の兎小屋で、俺、兎担当なんだ」
「へーそうなんだ。似合うね」
苦笑いしながら、門松が邪魔してごめんと頭を下げた。似合うだと、門松、褒め言葉のつもりか? 男子にそれは褒め言葉じゃないんだが--にやけてしまう。動物好きにとっては褒め言葉なんだよな。
そんなんで機嫌を直す俺って単純すぎやしないか。
単純すぎるついでに、俺はボール探しの手伝いを申し出て、門松と一緒に草むらのテニスボールを探し始めた。
「やー、偶然に偶然が重なってね。僕のホームランボールが、野球部の本物のホームランボールと空中衝突して弾き飛ばされて、走り込みをしていた空手部の列に突っ込んで跳ね返って、ドリブルの練習をしていたサッカー部に蹴られてこっちに転がってきちゃったんだよね」
「……偶然の域を超えてるだろ、もはや奇跡だよ」
草むらは朝露で湿ってて正直冷たいし、ジメジメしてる。探し始めてそこそこたつし、そろそろ見つけないと学校に着いてるのにホームルームに遅れるというよくわからん自体になりかねない。
……そうだ、俺はともかく門松は今魔法が使えるんだから、探査魔法使えばいいじゃないか!
「門松、探査魔法で見つければいいんじゃないか?」
俺は期待を込めて言ったのだが、門松は残念そうに首を横に振った。
「ごめん。さっきから使ってるんだけど、何せ草とか……虫がね、探査にやたら引っかかって、見つけられないんだよ。この辺りカマキリやコウロギがね……うー」
門松が何とも言えない嫌そうな顔をしている。俺は虫嫌いじゃないから平気だけど、苦手な奴は探査魔法で虫見るのも嫌だろうな。結構間近に感じちゃうしなー。
そんなわけで魔法で探してもどうにもならず、見つからないまま、始業時間が近づいてきた。
「門松、そろそろ諦めないか? 俺もお前もいいかげん着替えに行かないと、学校いるのに遅刻になるぞ」
「もうそんな時間? 仕方ない、休み時間にまた探すよ」
「諦めてもいいんじゃないか? テニス部なんだから、テニスボールなんていっぱいあるだろ?」
「うーん。そうだけどさ、俺はテニス部だから、粗末にしたくないんだよね」
門松、主語が抜けてる。
でも、気持ちはなんとなくわかったよ。
よいしょと立ち上がり、部活に戻ると背を向けた門松の肩を思いっきり叩いた。
「お前は真面目だな」
「……褒めて、ないよね?」
「感心したんだよ」
皮肉なんて言ってないぞ。素直と見せかけて、意外と捻くれてるのか?
5月。桜が散り、若葉が芽吹き青々と輝く月。出会ってひと月のクラスメイトたちの素顔をどんどん知っていく、そんな月。
これも何かの縁ってことで、ちょっとは手伝ってやるかな?
のほほんと始まり、なんとなーく終る。