昼間魔法使い 門松千利
普通に現代を生きる珍しくもないほのぼの魔法使いたちの日常です。
「朝―――おはよう!」
目覚めて朝だと認識した瞬間、僕は勢い良く体を起こし朝の挨拶をする。
自分の部屋で誰に向けて? 挨拶は生活のメリハリだよ、ただ声に出すだけで、心が豊かになる。
着替える前に、今日の持ち物をチェックする。家族旅行のお土産をクラスメイトに配るんだ。数はきちんと足りているだろうか?
女子にはご当地キーホルダー、男子には郷土菓子。差があるんじゃないかって? いやいや、キーホルダーは小さいのまとめ買いで、お菓子は1つの量がそこそこあるものを買ったよ……まあ女子の合計値の方が少しお高めだけど。
ひいふうみい………
うん、大丈夫だ!
身支度を整え、朝食を食べて家を飛び出す。
「行ってきます!」
学校までは自転車で30分ほど。電車通学も出来るけど遠回りになるし、何より体を動かした方が気持ちいいよね。
自転車の荷台に片手を置いて接着魔法をかけ、お土産の紙袋を並べて載せる。坂道で中身がこぼれださないように、紙袋の口の部分にも接着魔法をかける。
接着魔法は中学校で習う魔法で、接着威力や持続時間をどれだけ自由に変えられるかが、状態変化魔法への適合性の判断材料になっている―――初歩魔法の一種だよ。僕が最も得意な魔法で――強度については超えられない壁があるけれど、接着力のコントロールでは誰にも負けない。
今だって、紙袋を荷台から剥がすときに紙袋が破けてしまわない程度の、丁度良い強度の接着力をかけてる。もちろん、坂道での振動には耐えられる威力の範囲内でね!
僕は昼間魔法使い、門松千利。得意科目は地理。家族は両親と妹2人。織部高校1年生。
中学の時まではサッカーをしていたんだけど、高校はテニス部に入るつもりなんだ。ゴールデンウィーク明けの今日から1年生も部活解禁で、気持ちがワクワクして落ちつかないよ!
登り降りを繰り返す坂道は、きっといい筋トレになるよね!
◇◆◇◆◇◆
「おはよう!」
そこに誰も居なくても挨拶は生活を豊かにしてくれる! けど相手がいるに越したことはないよね。教室には先客が居て、僕は彼に朝のおはようを言った。今日こそは一番乗りで教室に到着したつもりだったんだけどな。
「おう、おはよ。早いな、門松」
いやいや、僕、君より早く教室に着いたことないよ、東尾君。
教室窓際から一つ手前の一番後ろの席で、東尾君が窓の外を眺めていた顔をこっちに向けた。
「その紙袋何?」
「旅行のお土産だよ。先にみんなの机に置いて、驚かせようと思ったんだけど、東尾君には敵わないな」
いつもよりも早く家を出たんだよ。これでもね。
お菓子が入った方の紙袋を空けて、顔の描かれたピーナッツの袋を東尾君に手渡す。
「ぶはっ、変な顔。どこ土産?」
「千葉だよ。房総半島の先っちょに行ったんだ」
「へー。海に入ったのか?」
「まさか! まだ5月だよ! 潮干狩りに行ったんだ」
実際はそのあと少し海で遊んだけどね。寒かったなぁ。アサリの方は時期的に終盤も終わりだから、あまり取れなかったし。
でも楽しい旅行だったよ。
父がゴールデンウィークなのに仕事があるっていうから、家族で仕事先の近場のリゾートホテルに泊って一緒に過ごしたんだ。家族と過ごす時間は大切にしないとね。
「へー、いいな。俺も見てみたいよ」
お土産を早速食べながら、東尾君がため息をつく。
「東尾君の家は、旅行は?」
「毎年じいちゃん宅に行ってるんだけど、今年は金婚式で旅行中でさ。うちは旅行を仕切るタイプの奴いないから、今年は家でのんびりだった」
ゴロゴロしたと東尾君が笑う。ははは、と僕もつられて笑う。
東尾君は席が離れていて関わりがない上に、地元の中学から上がってきた子で、同じ中学出身の子といることが多くて普段あまり話す機会がないんだよね。話しかければ返事をしてくれるんだけど、4月の内は朝よく会うけど話が続かなくて、嫌われてるのかと思った。
今はこうして少しは気軽に話せるようになったけどね。
他のクラスメイトが来て僕がお菓子を手に駆け回るまで、僕らはたわいのない雑談をしていた。
◇◆◇◆◇◆
待ちに待った放課後、僕は仮入部届けと体操着を手に、テニス部の部室に入った。
僕以外の入部希望者は5人。同じクラスの人はいなかった。
簡単な自己紹介の後に、部活についての簡単な説明を受ける。
仮入部だし最初は体験としてラリーとかさせてくれるかと思ったんだけど―――甘かったです。初っ端からボール拾い。しかも、コート内で不正が起きないように、僕と他4人は魔力感知器(ブレスレット型)を付けるよう言われました。
仕方ないか、不正をしなくても、魔法が使えるだけで疑われることもあるし。
この感知機は魔力の流れを感知すると凄い音が出るもので……防犯ブザーのお仲間と説明した方が分かりやすいかな? 防犯ブザーは恐怖による魔力の乱れを検知して音を出す。これは、体内の魔力の流れから魔力消費を検知して音を出す。もちろんボタン電池が必要だけど。
原理事態は江戸時代にはすでに発見されてて、その頃は魔法を使うと布に切れ目が入る仕組みになっていたそうだよ。それは一回限りの使い捨てで、そこそこ高価だったんだって。
さて、持ってるなら次から持参するように、と言われても中学まで使ってたのは引っ越しで捨てた気がする。今度探しに出ないとなぁ。
学生証を持参するように言われたのは、何の魔法使いか確認するためだったんだね。でも嘘の付きようがないと思うけど……。
そんなことを考えながら、ずっとボール拾いをしてた。準備運動は僕らが説明受けてる間に終わってた。本格参加は明日からだって。でも、ボール拾いだけで体へとへと。
帰り道。日が伸びてる季節だから魔法で自転車の後押しができるけど、日の入りの早くなる時期までにもっと体力つけないと、帰りの坂道が苦しい。サッカーとは使う筋肉が違うみたいだし、ここ2カ月引っ越しだのなんだので忙しくて筋トレしてなかったから、体力落ちてるっぽい。
テニス部はもちろん入部するよ。1人は辞めてしまいそうだけど、残りの仮入部4人も残る気みたいだった。初日だから実際のところは分からないけどね。
ああ、ライバルいっぱいだな。
「嬉しいことでもあったの?」
家で自転車を止めると、一個下の妹、美月ちゃんがニコニコと話しかけてきた。
「えへへ。美月ちゃんは、どうしたの? まさか今帰り! 遅くない!」
「まさか。千利ちゃんが自転車でゆっくり帰ってくるのが見えたから呼びに来たんだよ。もう夕飯だし」
「あれれ、そんな時間?」
「ほら、丁度日が暮れる」
空を見れば、夕暮のオレンジが地平線沿いに広がっていた。その上に少しだけ青白い空がのってきて、更に上には星空が瞬き始めている。自転車の籠から鞄を取り出す、浮力魔法を使おうとしたけど鞄の重みは変わらなかった。
「ママさんが、廊下の電球の付け返え、お願いしたいって言ってたんだけど……日が暮れちゃったら千利ちゃん魔法使えないもんね」
魔法で? 電球の付け替えなんて、背が届けば普通にできるのに。
母は地域限定魔法使いで、前の地域から外出することも離れることもほとんどなかったから、何でもかんでも魔法でしようとするんだよね。それで、引っ越したこっちの土地では魔法が全く使えないからちょっと苦労してるみたい。引っ越しする前は平気だと言っていたのに、いざ使えなくなった途端、魔法の便利さとそれがない事をさめざめと嘆いてた。僕ら期間魔法使いには、使えるときと使えない時があるのが普通なんだけどな。
無理かな? と首を傾げる妹に僕は笑って返事をした。
「机か、椅子があれば十分届くし、できるよ」
それに僕は魔法で力を込めるのは苦手だから、電球を魔法で付け外しするのは最初から無理なんだよね。力入れ過ぎて割れてしまうとかではなく、力が入らなさ過ぎて電球の取り付けができないというか―――
新しいお兄さんのそんな頼りない魔法事情を知られたら、失望させちゃうかな?
日が暮れてよかったなんて内心思いつつ、僕は新しい家族と家に入った。
個人紹介を含めたプロローグみたいなお話です。
もう一話、プロローグを出します。