地域魔法使い 寺坂家
日常系ほのぼの現代魔法使いたちのお話です。
私は寺坂菜緒。
地域魔法使い。得意科目は理科。趣味は町の散策とスケッチ。
散策が趣味になったのは、家族の誘導。休日はいつも家族で近所を散歩し、寄り道しては町の動物たちと戯れ、アイスやらお菓子やらを買って貰った。楽しかったよ。あれだけ楽しい思いすれば、散歩続けちゃうよね。
と言っても私を含めた兄弟五人、全員同じように育てられて、今でも歩いてるのは私と末の弟だけだけど。何故だろう?
「あらま、菜緒ちゃん。こんにちは」
「こんにちは」
「見廻りご苦労様」
「いえいえ」
単なる散歩です。
知り合いと擦れ違い、あいさつを交わす。
5月の日曜昼下がり、日も風も心地よい季節。今日の散歩は一人だ。最近弟は友達との魔法合戦に夢中で、今日も友人たちと近所の公園に遊びに出ている。
私は友達と遊ばないのかって?
今日はゴールデンウィーク最終日。親しい友達は家族旅行で、今は町にいない。
うちは家族旅行に行かないのかって?
我が家は裕福だけど、地域監査家を任命されてから1000年来、先祖代々家族旅行はしたことがない。町のはずれのはとこの家に、家族で泊まったことをはあるけど――同じ町内だし、やっぱり世間一般の家族旅行はしたことないな。
そもそも、町を出たこと自体、数えるほどしかない。
高校生になったから、ある程度の遠出は許されるけど。上の兄弟たちが揃って外に出てる以上、私は修学旅行の参加さえ危うい。
何故って?
だって我が家は、地域監査家だもの。
地方では当たり前の話だけど、都心から来た子は存在さえ知らないことがある、地域監査家。
地域魔法使いの特性を利用した、地元の警備員一家、とでも言えばいいか。
地域魔法使いは生まれ、又は長く在住している地域でのみ魔法が使える魔法使いのこと。家は先祖代々、1000年この土地に住み続け、役割を全うしている。最初に役割を申し渡したお殿様の一族が滅んで、指名された我が家だけが残ってるなんて、滑稽な話よね。
先祖代々この町に住み続けた家は、任された町内でなら、あの誕生日魔法使いでさえ取り押さえられる。20人家族の半分が出動することになるけど。
そうした他の人よりも強い力で、町の治安管理をするのが家の役割。警察は別にいるから、犯罪捜査はしないけど、犯罪予防が私たちの仕事だ。ちゃんとお給金も貰ってる。お陰で我が家は裕福で、普通に働く必要はない。
でも町からの外出は事前申請が必要だし、常に町に家人が居る必要があって友人との外出さえ制限される。そんな窮屈な生活が嫌で、上の兄弟たちは外の学校にいるわけだけど、それだって期間が決まってる。一定期間は家に戻らないといけないし、一生涯の内で外出できる日数も決まってるから、若いうちに使いすぎると後悔するって、大ばあが言ってた。
地域魔法使いは、その土地に、一生の間どれだけいるかで魔法の強い弱いが決まる。期間魔法使いには、いつも魔法使えて便利って思われてるけど、土地に縛られない方が気ままでいいと思う。
私は今のままでいいけどね。
「寺坂ー、散歩かー。ちょっとこっち来いよー」
町で一番大きな公園内て名前を呼ばれて周囲を見回す。鉄棒付近に小学生の頃からの同級生、東尾中道が居て私に手招きをしていた。
「何よー」
立ち止まって訪ねると、更に大袈裟なジェスチャーで呼ばれた。用件ぐらい言ってほしい。
「妹の優花」
東尾家は御近所さんだから当然顔見知りで、優花ちゃんは年も近いからよく話す。
何故わざわざ紹介するの?
優花ちゃんは一番高い鉄棒にぶら下がってる。足は当然届かなくて、真剣な顔で口を真一文字に結んでいる。……彼女は従妹の紗綾と同じ中1のはず、なら浮遊の練習かしら?
私が2人のそばまで行くと、優花ちゃんは鉄棒を離して着地した。
「菜緒さん、こんにちは」
「こんにちは、優花ちゃん。で、東尾、何か用?」
「いや、優花の浮遊練習の手伝いをしてくれないかと……ふがっ」
東尾が優花ちゃんに足を蹴られる。優花ちゃんは顔を赤くし、歯をぎりぎりと噛みしめて、もう一度兄の足を蹴った。
「いいの! 余計なことしないで! 何考えてんの中兄!」
「えー。お母さんに浮遊の練習相手をしてもらえず、俺も久兄もお父さんも現在魔法が使えなくて誰にも手伝って貰えず、恥ずかしくて友達にお願いにも行けない妹の為に、こうして魔法万能な同級生に練習相手を頼む仲介役をしてやろうと」
「余計なお世話!」
私が優花ちゃんの立場でも同じこと言うな。下の兄弟を心配する東尾の気持ちもわかるけどね。
東尾家は3兄弟とても仲がいい。主にお節介な兄2人が下の面倒見ようとしてやり過ぎて迷惑がられるという報われない構図だけど。
「やっぱり友達と一緒に練習するのが一番いいと思うけど」
「……みんな旅行中で、頼めないんです」
「休みの間に上達して、驚かせたかったんだって。痛っ」
「言わなくていいの! 菜緒さんだって忙しいんだから、お兄ちゃんはもっと考えてよ!」
優花ちゃんの気持ちは分かる。それでもやっぱり、友達と練習した方が楽しいし、上達も早いのだけど。まあ、驚かせたいなら今日は協力しましょう。特別忙しくもないし。
「忙しいってわけでもないし、少しだけ一緒に練習しようか」
◇◆◇◆◇◆
普通の一軒家が裕に10個は入る敷地。家の周囲は塀ではなく垣根で囲っている。門には『110番の家』の札と寺坂の表札。扉とかはなくて、石畳を少し歩いて歴史を感じる我が家の玄関にたどり着く。
「ただいまー」
ガラスの引き戸を開けて、声を上げる。
家に鍵なんてものはない。誰かしら常に家にいるから、泥棒の心配はないし、来たらきたで捕まえれば町の治安も少し良くなるし。
「菜緒ねーちゃん、おかえり」
末弟の陸緒が最近生まれたばかりの子猫を抱えて、玄関に現れた。
陸緒は現在小6のはずなのだが、小学校中学年と言われても納得しそうな感じがする。小学生の男の子らしい可愛い感じだからかしら?
そして成長したら、今は外に出てる兄たちのように武骨になってしまうのかしら……。
「菜緒ねーちゃん、名前決まったよ! ダイスケ! この子ダイスケね!」
「雌じゃなかったっけ?」
1月前に生まれたばかりの子猫たちは、今、陸緒が抱えている子以外は雄で、貰い手が決まっている。
「女の子ってわかったら攫われるかもしれないだろ」
「家から攫おう何て人いないと思うけど……いたとして、雄雌は関係ないでしょ」
「いや、念には念を入れておく!」
だからダイスケ! と力強い主張を、私ははいはいと流して居間に上がと、曾祖父、曾祖母が、残りの子猫たちをあやしていた。
空中でお手玉みたいにコロコロ回って、子猫たちは楽しそうだ。
懐かしいな。小さいときは同じように遊んでもらったっけ。
「大じい、大ばあだけ? おじいちゃんたちは見周り?」
「だーよ。今日は連休最終日だし、4人で見回ってくるって。お母さんは夕食作ってるから、手伝いしておいで」
「はーい」
曾祖父、曾祖母にあやされていた子猫たちを少しだけ撫でて、私は台所に向かった。
メガネ優等生タイプちょっとほのぼのの女の子を思い浮かべて下さい。
そんな子です。