テキスポ800字バトル参加作品「ヒューマンライト」
「人類のために戦ってきました」
客席についた裸の青年が言った。
身につけているのは黒いパンツだけで、裸足だった。
寂れた商店街にある潰れかけの店とはいえ、ここはソバ屋だ。こんな奴は困る。
だが主たる省三が気付いたときには、もうこいつは席にいた。
黒革の手袋をテーブルの上に置いて。
省三は睨み、低い声で言った。
「それでぇ?」
青年は安らかな表情と澄んだ瞳で応える。
「食べ物を」
「金ぇあんのか?」
「悪との戦いにおいては、誰も金銭的支払いをしてくれないのです」
青年の目は、狂気によって澄み渡っている。
省三は諦めた。
「食いてぇ物言いな、昔はおめぇみたいな可哀想な奴を、商店街の持ち回りで世話したもんだ」
三十分後、丼に顔を突っ込んでいる青年に向かって、省三は尋ねた。
「おめぇ、どうやってここまで来た、そのカッコでよ?」
「手袋の力で。最後の力を使い果たす前に、たどり着きました。お礼に、その手袋を受け取ってください」
「フン」
「ごちそうさまでした」しばらくして食べ終わると、青年は何事も無かったように店から出て行く。手袋を置いて。
「あっさりしたもんだ」省三が呟いた直後、女の悲鳴が聞こえた。
裸の男が歩いていれば、当然の反応だった。まさかこの手袋、本当に……。
省三は手袋をつかんで店を飛び出し、裸の青年の足元に手袋を投げつけた。
「御代はいらねえよ!」
青年は身をかがめて手袋を取り、両手にはめた。
「暖かい。あなたの善意がこもって、手袋に活力が戻りました」
青年の裸身から、みるみる汚れが落ちていく。輝くような姿になって彼は言った。
「これで最後、なんてこと人の善意にはないんですよね」
それだけ言うと、青年の姿は消えた。
「世の中、計り知れねえ……」
省三は呟き、立ち尽くすばかりだった。