何も変わっていない
「五月蝿いで、うるさいっていうんだ」
今は12月10日。今日は、僕・海田さん・飛騨君・田井さんの4人でいつもの勉強会をしていて田井さんに漢字を教えてもらっている。
「う、うん」
しかし田井さんは戸惑っている。どうしてだろうか?
「田井さん、どうしたの?」
心配して僕が声をかける。すると、
「あの、お昼のことで……ありがとうございました」
そういえば田井さんは昼、弁当を忘れていてたまたま海田さんが弁当を持ってきていたので(もう海田さんに弁当を渡すことが日課になっている)田井さんに弁当を渡したんだっけ。僕としてはあまらずに済んで助かったけど……。
「僕こそあまらずに済んでありがとう。残ったら困るし」
「で、でも……」
「お互い利害が一致してたんだしこの話はもうおしまい。今日は特に寒いね。雪も降ってるし」
「そうだね」
「古野君、もうすっかりクラスのみんなと馴染んだね。1学期間なのに」
海田さんにそう言われて初めてそう思った。普通に学園生活を送っているとこんなに楽しい日々があったなんて。
「そうだね。結構普通に過ごしていてもみんなと仲良く過ごせるし」
「いや、俺に言わせると古野は普通じゃないと思うけど……」
そうだった。飛騨君は3カ月前に〇〇中学の人と喧嘩して本当の僕を知っているんだっけ。このことは飛騨君には内緒にしてもらっている。僕もあの事件を内緒にする代わりに。
あれ以来、僕はこの地域で喧嘩が強い平和主義者という噂が回っている。けど喧嘩はする気ないし、したくもない。実際にあれから喧嘩はしていない。
だから、飛騨君以外誰も僕が喧嘩しているところをみたことがないため、噂はすぐになくなった。
まあ、そのうわさのおかげで真偽を確かめるために僕と話すクラスメイトが増えたからすぐに馴染めたんだと思う。
プルルル。
僕の携帯が鳴る。
「はい。古野です」
「君は……お孫さんですか?」
誰だろう。お孫というからにはお祖母ちゃんの知り合いかな?
「あ、はい。で、どちら様ですか?」
「そうか……雅君だね」
「あ、はい。で、どちら様ですか?」
「落ち着いて聞いてくれ」
「あ、はい。で、どちら様ですか?」
さっさと名前ぐらい言えよ……。
「君のお祖母さんが亡くなった」
君のお祖母ちゃんが亡くなったさんか……。どこが苗字で、どこが名前だろう。
「えっと……苗字は何ですか?」
「俺の? 田中だけど」
どこにも田中なんてついてないだろ……。
「あの、名前のイタズラ電話とか初めて来ましたし今度からそういうこと控えてもらえますか?」
「分かった。で、病院の場所は―――」
「なぜ俺を病院に連れていく? 痛い子だと思ったの?」
それはちょっと悲しい……。
「いや、君のお祖母ちゃんが亡くなったのになんでそんなに明るいんだろうと思って精神科の病院に連れて行こうかと」
なんで、精神科なんだよ……。皮膚科で良かったからせめて精神科は言われたくなかった……。
「って、田中さん?今何て言った?」
「精神科の―――」
「その前っ」
聞き間違いであってほしいワードがあった。
「ああ、君のお祖母ちゃんが亡くなったんだよ。今日の4時前」
………………………。
「おーい?雅君?」
う、うそだろ?あのお祖母ちゃんだぜ? 今朝なんか余裕で歩いていたのに。
「あの、田中さん。病院の場所を教えてください」
まだ見ていない。きっと生きているはずだ。早く看病してやらないと。
「病院は――――――――」
「今日は来ていただきありがとうございます。天国でお母さんも笑っていると思います。今日は本当にありがとうございます」
12月13日。お祖母ちゃんのお葬式が行われた。お母さんが仕事を休みみんなの前でスピーチをする。周りを見ると泣いている人ばかりだ。
僕は……泣いていない。どうやら悲しみより後悔のほうが大きいらしい。
「結局、普通に暮らしていても悲しむ人は出てくるじゃないか……」
お祖父ちゃんのお葬式の時は涙があふれて止まらなかったけど、今は一滴も涙が出ない。周りからは冷たい人間だと思われるかもしれない。僕だって泣きたいんだ。でも、でも――――――
「雅はこれからどうするの?」
半年ぶりにお母さんに会う。お父さんはもう帰ったようだ。
「とりあえず今から転校は嫌だから」
ぶっきらぼうにそういうと、
「我が儘言わないで。お母さんも忙しいんだから。でも、どうせ私たちの家にいても1人なのは変わらないし……」
「じゃあ、転校は無しで」
無理やり話を進める。早く一人になりたい。考えたいことがたくさんあるし……。
「じゃあ、田中さんと暮らすなら許すわ」
あの人か……。でも、あの人は悪い人ではなさそうだし……。
「分かった。じゃあね」
これでやっと一人になれる。
「ここなら大丈夫かな……」
僕は近くの公園で考え事をする。
おじいちゃんが死んでから僕は普通を目指した。
あのときは不良でその時の自分を見つめなおすと他人を悲しませるだけだった。だから、人気者でも悪者でもない普通になりたかった。
でも、お祖母ちゃんの死から学んだ。
何も変わっていない。不良から何も変化していないんだ。みんな悲しんでいる。
それは僕が普通に接したからだ。僕がもっと積極的に看病したらお祖母ちゃんが死なず、だれも悲しまなかったんだ。
今から積極的な人間に戻るのには無理がある。もう精神的にキツイ。どうしたらいいんだ、僕は……。
悩んでいた僕の目の前に――――――
□ □ □
年も明け、俺は新年初めての学校に行く。
「あ、飛騨君。あけましておめでとう」
「ああ、海田か。おめでとう」
海田は一拍置き、
「今日は来てくれるかな?」
と、俺に問いかける。どうやら俺と同じことを考えていたようだった。
「分からないけど、今日来てなかったらこれから出会う希望は薄いだろうな……」
「そうだよね……」
俺たちは共通の悩みを抱えていた。
それは、古野がお祖母ちゃんのお葬式以来学校にも古野の家にもいないのことだった…………。
長く冷たくそして緊張した通学路を終えクラスの扉を海田が開ける。すると……。
「ふぇ?」
海田が思い切り驚いている。なんだ? なにがあったんだ?
俺も恐る恐る教室を覗くと――――――――




