手助け
入学してから、1日がたった。
この学校はほかの学校よりも学力が高く、建てられて50年というのになかなか綺麗なものだった。
そして、生徒同士の仲が割といい方でイジメとは無縁である。なので、僕が不良ということがばれたらこの学校から邪魔もの扱いになるのだろうか。
2学期からこの花田学校の3-4に入った僕は、周りより出来ていないところが多すぎた。これから目標を一つ一つクリアしていこう。
「古野君、手が止まってますよ」
その為にはまず、苦手な美術を終わらさないといけないようだった。
美術室から教室に帰ると昼食だった。
花田中学校は、弁当を持ってきて自分の席で食べる制度になっている。
「いただきます」
僕は弁当の蓋を開けて食べようとした。だが、
「あ、箸忘れた」
弁当に箸を入れるのを忘れたのだ。職員室に行ったら割り箸ぐらい貰れるだろうが、入学して2日の人間が忘れ物となると、教師の評価は下がるだろう。さて、どうしよう……。
「古野君、どうして食べないの?」
海田さんが学校で売っている弁当を手に持ち、僕に話しかけてくる。
「箸忘れちゃって食べることができないんだ……」
「あ、それなら……はいこれ」
といって海田さんが渡してきたものは割り箸だった。
「でも、それだと海田さんが食べること出来ないんじゃないの?」
「私の今日のお昼ごはんはサンドイッチだからいいよ」
なんでサンドイッチなのに、割り箸があるのか聞いていいか迷ったけど、貰う身として聞くことはできなかった。
「じゃあ、割り箸ありがとう」
「いいよ、別に」
海田さんは優しいなぁ。
「え? そのお弁当、自分で作ったの?」
「うん。まあ、僕は昔から料理は得意な方だから」
家にお祖母ちゃんしかいないということを伏せて話す。
「凄いね。今度私の分も作ってきてよ」
「まあ、いいけど」
「やったぁ。ありがとう」
「じゃあ、明日でいいよね?」
「いつでも」
海田さんは元気な人だなぁ。
ただいまの時刻、6時。僕は学校から最寄りのスーパーで今日の晩御飯の材料を買いに来ていた。
「今日はハンバーグでいいかな?」
などと呑気に考えていた僕だったが、
「ちょっと、やめてよ」
「いいじゃんかよ」
なんだか喧嘩でもしているようだった。僕は公共の施設で喧嘩は良くないですよ。喧嘩するなら外でやってください。と注意しようと思い、様子を見ると、なんと。
「あれっ?海田さん。こんなところで何しているの?」
僕が見たのは、クラスメイトで隣の席の海田さんと、見知らぬ高1ぐらいの男の人だった。
「こ、古野君?どうしてここに?」
海田さんは度肝を抜いていた。顔は真っ青になり僕に見つかったことがまずいような感じで。
「いや、今日の晩御飯を買いに。で、そちらの方は?」
「え?この人?」
焦る海田さんに、これ以上は聞いてはいけないと思った時、
「恋人だよ」
と、男の人がそう言った。ああ、恋人だったんだ。
…………………は? 高1ぐらいの男の人と海田さんが付き合っているの?
「何言っているのよ。古野君、誤解だからね」
ああ、誤解だったのか。じゃあ、その男の人は?
「じゃあ、そちらは?」
「え?ええと―――――――――――――」
「あ、お兄さん?」
「そう。お兄ちゃん。私たちも買い物しに来たんだよ」
「へ~え。そうなんだ」
「じゃあ、私たちはこっちだから。また明日学校で」
「うん。学校で」
僕の帰り道は海田さんが行ったほうだけど、行くのをやめた。
「おや、今日はオムライスかい?」
「うん」
僕は結局、ハンバーグをやめてオムライスにした。
「いただきます」
「雅、ありがとうね」
「だから、いいって」
最近はお祖母ちゃんの体調が良くなってきている。僕としては嬉しいな。
「雅、明日はお祖母ちゃんがお弁当作ろうか?」
そういえば、海田さんにお弁当渡す約束してたっけな。
「いいよ。別に。明日は」
「そう……」
「でも、また今度作ってね。お祖母ちゃんの料理は美味しいから」
さて、花田学校はこれで3日目だ。授業の用意はいつもと同じなのに、なぜか重たい。きっと、海田さんに会うのが辛いのだろう。
教室に着くと、遅刻ギリギリで普通を目指す俺にとって遅刻なんて問題外だ。
自分の席に着き、海田さんに話しかけようとすると……。
「あれ? 今日は休みなのか」
海田さんがいなかった。あの人に限って遅刻はないだろう。昨日はあんなに元気だったのに……。
海田さんはその日だけ休んだわけではなく、もう3日休んでいることになる。流石にクラスメイトも心配になってきている。
「ちょっと、古野」
と、僕が呼ばれたのは野球部のキャプテンだった飛騨洸君だった。
「どうしたの?」
「これ、先生から」
と、渡されたのは海田さん宛の封筒だった
。
「どうして僕が?」
「お前の家から海田の家がクラスの中で一番近いらしいからな」
「へえ~……。って、僕が行くの?」
「頼んだぞ」
「ちょっと待ってよ」
飛騨君に置いていかれ僕が海田さんの家までこの手紙を持っていかないといけなくなった。ご丁寧に地図まで付いている。しょうがないか。
「はい。海田ですけど。どちら様ですか?」
「あ、海田さん。久しぶり。古野ですよ」
「なんで古野君がここにいるの?」
「先生が海田さんに渡すものがあるって。じゃあ、ポストに入れとくから。お大事にね」
「待って」
「何?」
「お茶でも飲まない?」
「いいよ。そんなの」
「いいから」
海田さんの気力におされて、家に入らせてもらうことになった。
「おじゃましまーす」
「いらっしゃい」
玄関は驚くほど広かった。周りから見ても大きいほうの家なのに、中がこんなに広いとは……。
「海田さんの家って広いんだね」
「え?普通じゃないの」
いや、普通ではありません。
「古野君、ごめんなさい」
この言葉をかけられるのに5分の間、沈黙だった。
「え? 僕海田さんに謝まってもらうようなことしてないよ」
「この間のスーパー」
あ、あの時のことか。
「でも、別に何も変じゃ無かったよね」
「実は、あの人お兄ちゃんでもなんでも無いの……」
「え?」
「本当は、私が中2の時あの人に告白されて断ったのにもかかわらず毎日しつこくついて来たから私は言ったの『どうしたら、諦めてくれる?』って。すると、『1日だけ付き合って』と言われたからそれならと了解したけど、その日私は眠らされてあの人に私の写真を撮られてしまったの。
それ以来ずっと『付き合わないならこの写真をばら撒くぞ』って言われて嫌だったところ、スーパーで古野君と出会ったの。それで変なこと言ったら写真ばら撒かれるだろうし仕方なく嘘をついてしまったの。ごめんなさい」
海田さんは涙を一筋流しながら語った。
嘘をつかれたことはあの男のせいであり、海田さんのせいではない。僕は2つ海田さんに質問しなければならなくなった。
「あの男の居場所って知ってる?」
「たしか、この前のスーパーの近くによくいるっていうのは聞いたことはあるけど。どうして?」
「後で、まとめて答えるから。海田さんはあの男のことはどうとも思っていないんだよね?」
「うん」
「分かった。答えは今日の夜中に出すよ。それと、おじゃましました」
不良をやめたから、極力喧嘩はしない。話し合いで決着をつけるんだ。それを後押ししたのはやはり、彼女の涙なのだろうか。
「先輩。こんばんわ」
海田さんが行っていた場所にあいつはいた。
「ああ、君はあの時の。どうしたの?」
「あの、海田さんの写真とやらを返してほしいんですけど」
「それは、無理だね」
「なんでですか?」
「あんな可愛い子を手中に納めるにはこの写真が必要なんだよ」
「確かに海田さんは可愛いけど、そのやり方は本当の納め方ではないと思いますけど」
「文句言うな。俺だって苦労したんだ」
「で、先輩はその写真返してくれるんですか?」
「だから、返さねえっていっているだろうが‼」
と言いながら殴りかかってくる。が、不良時代の時に比べたらこれぐらいの攻撃しょぼいけど、俺は喧嘩せずに戦うことを決めたから避けることしかしない。
しばらく避けていると、男は電池切れになったらしく息が荒い。
「さあ、先輩返してくれます?」
「しつこいなぁ。返さねえよ」
お前もしつけーよ。と、思っていたが男は懐からスタンガンを出す。これは、反則じゃね?
「死ねぇぇぇ‼
」
そう叫びながらやってくるが、流石にスタンガンは危ない。避けながら裏拳でスタンガンだけ遠くに飛ばす。
「「…………………………」」
あ、やりすぎた。つい、不良時代の癖が。
「あの、ごめんなさい。これ……」
と、言いながら写真を渡してくる。
「あ、僕もやりすぎました」
一応謝りながら写真をうけとる。
「あと、生意気いってすいませんっした‼ 何でもしますから許してください」
ちょっと、やりすぎたなぁ。でも、
「じゃあ、今のことすべて忘れて海田さんには付きまとわないと約束します?」
「はいっ。かしこまりました‼」
「はい、海田ですけど」
「あ、僕だよ海田さん。入らせてもらっていいかな?」
「いいよ」
ガチャリ、とドアが開く。
さて、と話を切り出す。
「一応、プライバシーとして写真は見ていないけど取り戻してきたよ」
「本当?」
「はい。これ」
といいながら裏向きで渡すと、
「……………………………………」
時が止まるとはこのことだろう。
海田さんはライターで写真を燃やす。そして、
「古野クーン。本当に見てないわよね?」
ライターでカチカチやりながら言われても……。
「はい。本当です」
「なら、よろしい」
本当は少し見えた。その写真は、
海田さんの可愛らしい寝顔の写真だった。




