第8話 村に迫る影
季節が移ろうのを、空の色で知った。
朝は薄く霞み、昼はやや重たく、夜は冷たさを増していた。
村の人々の動きもわずかに変化した。
薪を割る音が多くなり、家々から立つ煙が濃さを増していた。
冬が近づいているのだと悟った。
その頃からだった。
村に、かすかな不安の影が差し始めたのは。
夜更けに外に出ると、犬の吠える声が森の奥へと消えていった。
それは一度きりではなく、数夜にわたって繰り返された。
村人たちは翌朝、顔を見合わせ、小声で言葉を交わした。
その響きは私には理解できなかったが、声の底に沈んだ色が恐れであることは分かった。
私もまた、森を見つめることが多くなった。
昼なお暗いその奥には、何が潜んでいるのか。
目を凝らしても答えはなく、ただ風が枝葉を揺らすばかりだった。
しかしその揺らぎは、どこか人の気配に似ていた。
ある日、畑で作業をしていると、少女が駆け寄ってきた。
息を弾ませ、早口で何かを告げた。
私は意味を理解できなかった。
ただ、その瞳に宿る緊張が、状況を雄弁に物語っていた。
彼女は森の方を指差し、しばらく動かなかった。
その手はかすかに震えていた。
夜、焚き火を囲む輪がいつもより狭く感じられた。
村人たちは声を潜め、火のはぜる音ばかりが響いた。
私はその沈黙の中に閉じ込められ、胸の奥で波打つ不安を持て余した。
影はまだ姿を見せぬまま、確かに村の周囲を歩き回っている。
その気配が、火を囲む私たちをじっと覗き込んでいるようだった。
やがて私は思った。
――もし影が村を覆うなら、私はどうするのだろう。
勇者ではない。ただの一人の少年にすぎない。
剣を振るうことも、魔を祓うこともできない。
けれど、それでも。
私は少女の声を、村人たちの暮らしを、失いたくはなかった。
その思いだけは、胸の底に灯りのように残っていた。
冬の訪れとともに、影は近づいていた。
見えない輪郭が、次第に濃さを増してゆく。
村人の瞳にも、少女の沈黙にも、その影は映りこんでいた。
私は夜空を仰いだ。
星々は何事もなく瞬いていた。
だが、その光の下で、小さな村とひとりの異邦人が影に怯えていることを、星は知っているのだろうか。
答えはなく、ただ夜風が頬を撫でた。
私は息を吐き、胸の奥でその影の気配を抱えながら、静かに目を閉じた。