第7話 星空の下の対話
夜の帳が村を覆うと、静けさは一層深まった。
昼のざわめきが消え、遠くの森から獣の声が細く響く。
火を囲む村人たちの笑い声を背に、私はひとり丘の上へと歩いていた。
足元の草は露を含み、靴を濡らした。
その冷たさが、むしろ心を落ち着かせた。
丘の上に出ると、空一面に星が広がっていた。
見慣れぬ星座が瞬き、線を結ぼうとしても形は浮かばなかった。
けれど、その不確かさが不思議と私を慰めた。
ここでは、誰も正しい図形を知る者はいない。
星々はただ散らばり、沈黙のうちに光を放ち続ける。
私はその沈黙に、自分自身の在りようを重ねていた。
そのとき、背後から小さな足音が近づいた。
振り向くと、少女が立っていた。
手には小さな籠を抱えている。
その中には白い花がいくつか、夜露を帯びて光っていた。
彼女は私の隣に腰を下ろした。
言葉は交わさなかった。
ただ籠から一輪を取り出し、私の手にそっと置いた。
花弁は冷たく、指先にやさしく張り付いた。
私は声を失い、ただその贈り物を見つめていた。
やがて彼女は空を指差した。
何かを語りかけているようだった。
その声は私の理解を超えていたが、抑揚や途切れ途切れの息遣いから、星にまつわる物語であることが感じられた。
私は耳を傾けながらも、言葉の意味を追おうとはしなかった。
ただ、その響きを胸に受け入れた。
やがて彼女は問いかけるようにこちらを見た。
私は答えを持たなかった。
かわりに、星空を指差し、自分の知る星座を描く仕草をした。
三つの星を結び、腰を傾ける狩人を示した。
けれど彼女には伝わらなかっただろう。
それでも彼女は笑った。
その笑みは、意味を欠いた対話の中で初めての「共有」を告げていた。
言葉は壁でありながら、沈黙は橋となることがある。
その夜、私はそれを知った。
彼女と私は同じ星空を見上げ、互いに異なる物語を心に抱きながら、それでもひとつの時間を分け合っていた。
夜が更け、風が強くなった。
彼女は籠を抱き直し、立ち上がった。
去り際に一度だけ振り返り、静かに頷いた。
その仕草が胸に刻まれた。
私は手の中の花を見つめた。
その白は闇に浮かび、やがて露に濡れて輝きを増していった。
――言葉は通じなくとも、残るものがある。
その確信に似た思いを抱きながら、私は星々に目を閉じた。