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第4話 少女との邂逅

村に滞在する日々は、いくらかの習慣を帯びはじめていた。

朝、井戸から水を汲み、昼は畑に出て土をいじり、夜は火を囲んで静かに息を整える。

人々の言葉はまだ理解できないままだったが、指示の仕草や表情から意味を探り、私はなんとかその輪に身を寄せていた。


そんなある夕暮れ、畑の端で彼女に出会った。


腰を下ろし、草を束ねている姿が目に入った。

年の頃は私と同じくらいに見えた。

夕陽に照らされた髪は淡く光り、麦畑の穂と同じ色をしていた。

その横顔は穏やかで、どこか遠い記憶に重なるようでもあった。


私に気づくと、彼女はゆっくりと立ち上がった。

言葉を投げかけられたが、やはり意味は分からなかった。

けれど、その声音は澄んでいて、まるで川辺を渡る風のように柔らかく響いた。

意味を欠いたままの言葉が、それでも胸の奥に温度を残すのだと、そのとき知った。


私はどう応じるべきか迷った。

結局、ぎこちない笑みを返すしかなかった。

すると、彼女は首を少しかしげ、それから控えめに笑った。

その笑みは、私を拒むでもなく、迎え入れるでもなく、ただそこに並んで立たせるだけの柔らかさを持っていた。


彼女は手にした草を差し出した。

薬草なのか、ただの野草なのか、私には分からなかった。

けれど、その小さな束は言葉よりも雄弁に「ここにいてもいい」と告げているように思えた。

私は受け取り、胸の奥に小さな熱が広がるのを感じた。


その後、彼女は空を指差し、何かを話しはじめた。

雲の流れを語っていたのかもしれない。

私は耳を澄ましながらも意味を掴めなかった。

けれど、その仕草や声の抑揚を見ているだけで、彼女がこの世界を私よりも確かに生きていることが伝わってきた。

私はその確かさに、言いようのない羨望を覚えた。


別れ際、彼女は振り返り、小さく手を振った。

その動作は一瞬だったが、なぜか胸に深く刻まれた。

孤独に慣れかけていた心に、ふいに柔らかな波紋が広がった。

それは心地よいと同時に、どこか寂しさを伴っていた。


夜、藁の寝床に戻ると、私は草の束を手元に置いた。

香りはかすかで、ほとんど消えかけていたが、それでも確かにそこにあった。

私はそれを見つめながら思った。

出会いとは、必ずしも喜びだけを運んでくるものではない。

それはまた、孤独の輪郭を鮮やかにするものでもある。


私は胸の奥で、今日の夕暮れを反芻した。

もし彼女の笑みが夢であったとしても、それを信じたいと思った。

そうでなければ、この静かな世界の中で、私はどこに立てばよいのか分からなくなるからだ。


その思いを胸に抱きながら、私は静かに目を閉じた。

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