【第6話 一線のその手前で】
心の距離が少しずつ近づくふたり。
けれど、“恋人のフリ”という枠組みが、どこかでブレーキをかけてしまう。
踏み込みたい、でも踏み込めない。今回は、そんなもどかしさを描いていきます。
「ねえ、真壁くん。今週末、空いてる?」
放課後、昇降口で姫野梨央が声をかけてきた。
不意を突かれて、悠斗は思わず立ち止まる。
「ん、まあ……特に予定はないけど」
「じゃあ、どこか行かない?」
「“どこか”? また演技で?」
その言葉に、梨央は少し困ったように笑った。
「……ううん。今日は、ちゃんと“遊びたい”だけ」
その一言に、心が少しだけ跳ねる。
「じゃあ、行こうか。……どこに行きたい?」
梨央は小さく考えてから、ぽつりと答えた。
「水族館……とか」
* * *
週末。
都心から少し離れた水族館は、思った以上に混雑していた。
悠斗と梨央は並んで歩きながら、静かな通路を進む。
「ここ、昔家族で来たことあるな……」
「ふふ。私は中学の遠足以来かも」
ふたりとも私服だ。
制服と違う雰囲気に、少しだけ照れてしまう。
悠斗は梨央の、少しラフなワンピース姿に目を奪われていた。
「ねえ、あれ見て。クラゲ」
水槽の前に立ち、淡い光を浴びながら梨央が指を差す。
青く揺れる水のなかで、無数のクラゲが静かに漂っていた。
「……きれいだな」
思わず漏れた言葉に、梨央がふと微笑む。
「悠斗くんのそういうとこ、好きだった」
「……え?」
「中学の頃から。ちゃんと、見てくれてる感じがした」
まっすぐな言葉が、心に刺さる。
「俺も……好きだったよ。梨央のこと」
そっと打ち明けた瞬間、梨央が目を見開いた。
空気が、ふっと静かになる。
だけどその直後、遠くで子供の笑い声が響いて、ふたりはふと現実に引き戻された。
「……ごめん。変なこと言ったかも」
「ううん。……ありがとう」
* * *
帰り道。駅までの坂道。
夕焼けがふたりの影を長く伸ばしていた。
「ねえ、悠斗くん」
「ん?」
「もし“演技”がなかったら……私たち、また付き合ってたと思う?」
その問いに、悠斗は少し黙って歩いた。
「……分かんない。でも、今なら……“ちゃんと好きになれる”って思ってる」
梨央は足を止め、顔を上げた。
「じゃあ、今度は……演技じゃなくて、私を好きになって」
その言葉に、悠斗は小さく頷いた。
「うん。……そうする」
* * *
帰宅後、梨央はスマホの画面を開いた。
『今日はありがとう。ほんとに楽しかった』
送信しようとした手が、一瞬止まる。
でも今度は、指を引っ込めなかった。
──送信。
心の距離が、もう一歩だけ近づいた気がした。
“演技”を越えた、本音の時間。
今回は、これまで曖昧だったふたりの気持ちが、少しだけ言葉になった回でした。
まだ“付き合う”という明確な言葉は出ていないけれど、恋は確実に進みはじめています。
次回、第7話では──ふたりの関係に“ある出来事”が割り込んできます。
どうぞ、お楽しみに!




