【第5話 変わらない距離、変わりはじめた心】
放課後に並んで帰る日々。
ほんの少しのすれ違いや沈黙が、どうしてこんなにも胸を締めつけるんだろう。
ふたりの距離が近づいたはずなのに──心は、まだ追いついていない。
「なあ、真壁。お前、最近ちょっと変わったよな」
教室の窓際、昼休み。パンをかじりながら笑う親友・佐伯翔太の一言に、真壁悠斗はノートを閉じた。
「何が?」
「何って、お前。姫野さんと“付き合ってる”って、今や全校レベルの噂だぞ」
「……そうなんだ」
相変わらず、他人事みたいな返し。
でも、心の奥は静かにざわついていた。
(俺たち、そんなふうに見えてるんだ)
たしかに最近は、周囲の視線をよく感じるようになった。
けど、それ以上に気になっているのは、梨央の態度だった。
ふと目が合うと、慌てて逸らされる。
何か言いかけて、でも黙る。
“演技”の関係なのに、胸がざわついてしまう自分がいた。
* * *
放課後、昇降口。
今日も梨央が待っていた。
「ね、帰ろっか」
柔らかく微笑むその表情に、少しだけ照れくささが混じっていた。
「うん」
並んで歩く帰り道。夕焼けに染まる空の下、少し肌寒い風が吹き抜ける。
「ね、悠斗くん」
「ん?」
「昨日、楽しかったね。……“演技”だったけど」
「……うん」
「また、行きたいなって。次は、ちゃんと……ふたりで、どこか」
「演技抜きで、ってこと?」
梨央は答えず、小さく笑っただけだった。
* * *
翌日。放課後。
教室で荷物をまとめていると、同じクラスの女子──加賀谷さんが話しかけてきた。
「ねえ真壁くん。これ、家庭科のノート……落としてたよ」
「あ、ありがとう」
加賀谷さんは、控えめで大人しいけれど、優しい子だ。
でもそのやり取りを、廊下の向こうから梨央が見ていたことに、悠斗は気づいていなかった。
* * *
その翌日、梨央は帰り道に声をかけてこなかった。
駅のホームで偶然顔を合わせたときも、ぎこちない笑顔を浮かべるだけ。
「今日は、部活の子と一緒に帰るから」
そう言って、彼女は電車の別の車両に乗り込んだ。
(……なんでだろ)
胸の奥が、少しだけチクっとした。
* * *
その夜、梨央はスマホを見つめたまま、ベッドに沈み込んでいた。
悠斗とのトークルームを開いては閉じて、また開いて、閉じる。
「“契約”って言葉、便利すぎるよね……」
ぽつりとつぶやく。
「全部、演技ってことにすれば、怖くないって……思ってたのに」
画面には、未送信のままのメッセージが浮かんでいた。
『明日は、一緒に帰れる?』
指が震える。
(また振られるの、やだな……)
そう思った瞬間、送信ボタンにかけた指を引っ込めた。
電気を消した部屋で、布団にくるまりながら目を閉じる。
(……明日、普通に話せたらいいのにな)
その願いは、胸の中でそっと、小さく灯っていた。
読んでいただき、ありがとうございます!
今回は「変化のあとに訪れる静かな揺れ」を描きました。
前回で気持ちが少し交差し始めたふたりですが、ここでまた一歩すれ違います。
恋って本当に、簡単じゃないですね。
次回は──感情の“すれ違い”が、新たなきっかけを呼び込みます。
どうぞ、お楽しみに!




