表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/13

【第11話 届かない声、乱れる鼓動】

些細な沈黙や視線の揺れが、こんなにも胸をざわつかせるなんて。

梨央と成瀬、そして俺──三人の間に漂う空気は、もう“契約”の枠では収まりきらない。

それでも、答えはまだ見えないまま。

 朝の教室は、いつもと同じような喧噪に包まれているはずなのに、今日はどこか落ち着かない。

 ガタガタと机を引く音や笑い声の奥に、ひそひそとした囁きが混ざっている気がする。


 黒板の前で何人かの女子が集まって談笑していたが、ふとこちらへ視線を投げてくる。

 その目は、どこか探るようで、興味と好奇心が入り混じっていた。


(……なんだ、この空気)


 席に着く前から、背中がむず痒いような感覚があった。

 鞄を机に置いた瞬間、翔太が椅子を引きずって俺の机の横に座り込み、小声で話しかけてきた。


「なあ悠斗、お前……成瀬となんかあった?」


「は? いや、別に」


「別にって顔じゃねーぞ。さっき廊下で梨央と成瀬が話してたんだよ。しかも、結構真剣な雰囲気で」


「……」


 心臓が、不自然なリズムで跳ねた。

 頭に昨日の帰り道の光景が浮かぶ。あのときの梨央の沈黙。あれと関係があるのか?


 翔太は肩をすくめて、「まあ、余計なお世話かもな」と言って席に戻った。

 けれど、その一言はずっと耳に残り続けた。


* * *


 2時間目と3時間目の間の休み時間。

 何気なく廊下を歩いていると、向こうから梨央が歩いてくるのが見えた。


 周囲の視線を避けるように、彼女は俺に軽く会釈して通り過ぎる。

 その瞬間、ほんのわずかに唇が動いた気がしたが、声は届かなかった。


 ただ、あの目は──昨日と同じく、少しだけ曇っていた。


* * *


 昼休み。

 弁当を食べ終えて教室を出ようとしたとき、廊下の奥で梨央を見つけた。

 彼女は屋上へ続く階段の踊り場に立っていて、ドアにもたれながらスマホを見ていた。

 その姿は、いつもより小さく見える。


「……さっき、成瀬と何話してた?」


 声をかけると、彼女はゆっくり顔を上げた。

 少しだけ驚いたように目を瞬かせ、それから視線を落とす。


「ただ……“ちゃんと考えたほうがいい”って言われただけ」


「何を?」


「悠斗くんとのこと」


 短い言葉だったのに、心の中に重く落ちていった。

 階段の踊り場に、冬の冷たい空気が流れ込んでくるようだった。


「……俺は、別に──」


 そこまで言いかけたとき、後ろのドアが開く音がした。

 きしむ蝶番の音が、妙に大きく響く。


 そこに立っていたのは、成瀬だった。

 制服の上着のポケットに手を突っ込み、薄い笑みを浮かべている。

 けれど、その目は笑っていなかった。


「お、いたのか。邪魔した?」


 軽い調子の声なのに、その場の空気は一瞬で張りつめた。

 梨央が小さく肩をすくめる。

 成瀬は俺をまっすぐ見据えたまま、階段を一段降りてきた。

 靴音が、コツ、コツ、と規則正しく響く。

 そのたびに、空気の緊張が強くなっていくような気がした。


「真壁。お前がどう考えてるかは知らないけど……梨央は、本気で人を想うと、自分のこと後回しにするタイプだ」


「……」


「だから、もし中途半端な気持ちなら、ちゃんと距離置け。あいつを守れる覚悟がないなら」


 その言葉は、胸の奥に鋭く突き刺さった。

 呼吸が浅くなる。視線を逸らしたくても、成瀬の目から逃げられない。

 まるで、心の奥を覗き込まれているようだった。


 隣で梨央が小さく「やめて」と呟く。

 その声には、怒りよりも哀しみが混じっていた。


 成瀬は一瞬だけ梨央に視線を向け、ほんの僅かに表情を緩めた。

 しかし次の瞬間には、また鋭さを取り戻して俺に言う。


「……じゃあな」


 それだけを残して階段を降りていく。

 残されたのは、梨央と俺、そして重苦しい沈黙だけだった。


* * *


「……ごめん」


 先に口を開いたのは梨央だった。

 俯いたまま、制服の袖を指でつまんでいる。


「成瀬くんがあんなふうに言ったのは、きっと私のせい。

 私が……悠斗くんのこと、どう思ってるのか、ちゃんと自分でも分かってないから」


 その言葉に、胸の奥が締め付けられる。

 昨日も同じことを感じた。俺もまた、自分の気持ちを整理しきれていない。


「……俺も、すぐに答え出せるわけじゃない」


「うん。それでいいよ」


 梨央はそう言って、ほんの少しだけ笑った。

 けれど、その笑顔は薄いフィルムのように脆く、指先で触れたら破れてしまいそうだった。


* * *


 放課後。

 昇降口を出てからも、二人の間に言葉は少なかった。

 並んで歩く道はいつもの帰り道なのに、今日はやけに遠く感じる。


 電線の上をカラスが飛び、街路樹の葉が風に揺れる音だけが耳に残る。

 俺は何度も話題を探そうとしたが、どれも言葉になる前に消えてしまった。


(俺は……守れるのか。梨央を)


 成瀬の言葉が、ずっと頭の中で反響している。

 守る──それは簡単なようでいて、たぶん俺が想像している以上に重い意味を持っている。


* * *


 駅のホームで別れた後、帰りの電車に揺られながら窓の外を見た。

 夕焼けはすでに沈み、街の灯りが滲む。

 窓に映る自分の顔は、どこか頼りなく見えた。


 ポケットの中のスマホが震える。

 画面を見れば、梨央からのメッセージだった。


『今日はごめんね。また明日』


 短い文章。でも、その「ごめんね」の一言が胸に引っかかる。

 本当は、俺が謝るべきなのに。


(……俺は、どうしたいんだ)


 問いの答えは出ないまま、電車は暗いトンネルへと滑り込んでいった。


読んでいただき、ありがとうございます!

今回は、成瀬の登場によって悠斗の心が大きく揺らぐ回でした。

梨央の笑顔の奥にある迷いと、成瀬の真剣な忠告。

ふたりの距離は近づいたのか、離れたのか──曖昧なまま夜が更けていきます。


次回は、沈黙の裏に隠された“本当の気持ち”が少しずつ明らかに。

ぜひ続きも見届けてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ