【第1話 再会と契約のはじまり】
夏休み明けのある日、再び交差した“元カノ”との視線。
偽りの契約から始まる、切なくも甘い恋物語。
第1話、ぜひお楽しみください。
通学ラッシュの朝。ぎゅうぎゅう詰めの電車のなか、真壁悠斗は吊り革を握りながら、ぼんやりと窓の外を見ていた。
「……夏休み、終わっちまったな」
高校2年の2学期初日。制服の黒い学ランをきちんと着こなし、背筋をまっすぐにしていても、彼の存在感は周囲にほとんど気づかれない。
"空気みたいなやつ"――そう自嘲するのにも、もう慣れていた。
そんなときだった。ふと、正面から鋭くも懐かしい視線を感じる。
「……っ」
視線の先にいたのは、姫野梨央。
長い栗色の髪に、どこか大人びた表情――彼女は、間違いなく学年一の美少女で、かつての“元カノ”だった。
二人の視線が一瞬交錯する。梨央は静かに目をそらし、それきり車内には再び沈黙が戻った。
(……夢でも見てるのか?)
そう思った瞬間、ドアが開き、電車は清水学園の最寄駅に到着。騒がしさの中で、彼女の姿は人の波に紛れて消えていった。
* * *
教室に入ると、悠斗は親友の佐伯翔太に声をかけられる。
「よう、夏休み明けってのに、相変わらず地味だな。なにか変わったことあった?」
「いや、特には……」
梨央に会ったことは、なぜか口に出せなかった。
その日の放課後。悠斗が昇降口で靴を履いていると、突然、誰かに名前を呼ばれた。
「悠斗くん、ちょっといい?」
振り向けば、そこには制服姿の梨央が立っていた。
「……え、姫野?」
「放課後、少しだけ話したいことがあって」
ドキリとする心臓を押さえながら、悠斗は頷いた。
* * *
ふたりは校舎裏のベンチに座る。西陽が差し込み、淡いオレンジ色が梨央の髪を照らしていた。
「久しぶりだね、ちゃんと話すの」
「……うん。ていうか、なんで俺に?」
梨央は少しだけ口元をゆるめた。でも、その笑顔はどこか無理をしているように見えた。
「お願いがあるの。私と――“恋人のフリ”をしてほしい」
「……は?」
言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
「詳しくは言えない。でも、どうしても今、“恋人がいる”って状況が必要なの」
「……俺が、それを演じるってこと?」
梨央は真剣な目で頷いた。
「他の誰にも頼めない。悠斗くんじゃなきゃダメなの」
その言葉に、悠斗の胸が騒ぐ。
(なんで……俺なんだよ)
過去に、彼女を“自分にはふさわしくない”と勝手に決めつけて傷つけた。今さら、何をしてやれるというのか。
それでも。
「……わかった。条件がある」
「え?」
「“契約”でいこう。ちゃんとルールを決める。お互い、本気にならないように」
そうでも言わなければ、自分の心が揺れるのが怖かった。
梨央は小さく笑った。
「うん。契約成立だね」
こうして、“偽りの恋人”としての関係が始まった。
でも、悠斗はまだ知らなかった。
この演技のなかに、かつて伝えきれなかった“本当の気持ち”が少しずつ滲み出してしまうことを。
──二人の距離は、再び動き始める。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
2話以降では、ふたりの“偽りの関係”が少しずつ揺れ動いていきます。
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